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結婚命令

 没落寸前の子爵家令嬢、ツェツェリア・デール・ディーンに、今まさに人生最大の事件が起こっていた。


「ツェツェリア・デール・ディーン、其方に余の弟であるセザールとの婚姻を命じる」


 王に呼ばれて馳せ参じれば、いきなりの婚姻命令。それも、相手は大公であられるセザール殿下。ツェツェリアの頭の中はパニックだった。


 セザール殿下は陛下の弟君ではあるが母親が違う。彼の母は国の存続の為、貢物として異国より贈られた美貌の姫君だ。小国一国の存続の対価であるから、その美しさは女神にも引けを取らなかった。彼はその母の血を濃く受け継ぎ、その顔は美しくこの国には無いエキゾチックな黒髪に黒い瞳をしている。浮名を流した相手は数知れず、ただ、一度肌を合わせても二度目は無いと有名。だだ一人、麗しの未亡人エルニア公爵夫人を除いては。


 ツェツェリアは引き攣る顔を懸命に平然と装い、頭を垂れたまま、なるべく声が震えないように心掛ける。脚はガクガクと震えて、今にも崩れそうだ。


「分不相応にございます、陛下。私はしながない子爵家の娘、それも、我が家は今にも消えそうなか細い家でございます。そのような者が大公様との婚約など重荷にございます。持参金額を用意する余力すら、我が家にはございません」


 陛下は何をお考えなのだろう。我が家の収入の殆どを賄っていた将軍であった祖父を亡くし、病弱な弟が形だけ爵位を継ぎ、なんとか体裁を保っているディーン家。その姉であり、デビタントのドレスすら用意できず社交界デビューすらしていない行き遅れの娘と、大公であられるセザール殿下と釣り合う訳がない。社交界デビューをしていたとしても爵位が不釣り合いだ。


 貴族はそれなりに同等の相手と婚姻するのが普通だ。高すぎるても、低くすぎても双方が不幸になるだけだというのに...す


「持参金額など気にするでない、余の命で結婚するのだ。身一つで嫁ぐが良い。必要な物は余の后が準備いたす」


 王は猛禽類を彷彿とさせる黄金の瞳をツェツェリアへ向けると、口元のみ笑みを称え、威圧的ではあるが努めて優しい声色でツェツェリアへ語りかけてくる。


「ですが、私が嫁げば弟はどうなりましょう。病弱な弟が一人で子爵の仕事などこなせるはずがございません」


 ツェツェリの言葉に、王は掛かったとばかりに髭を蓄えた口元をニヤリと歪める。


「案ずるでない。其方の弟の面倒は余がみよう、世話はライラがするゆえ、安心して嫁ぐが良い」


 ああ、やっと合点がいったわ。この婚姻はライラック姫の意向なのね。ライラック姫が弟との婚姻を望んでいらっしゃるという噂は耳にしたことがあるわ。でも、身分が違い過ぎるが故に、まず私が大公殿下へ嫁ぐことで、ライラック殿下が弟と結婚し易くなさるおつもりなのだろう。


 姉の欲目かもしれないが弟は美しい。長い銀色の睫毛に、大きな黄金の瞳。病弱であまり外に出れていないせいか、身体の線は細く肌は白く透き通るよう。儚げな雰囲気を纏い母性本能を擽る。時折り見せるふんわりとしたその笑顔は姉である私さえ、心を奪われる。


「ですが…」


「余裕が無いのであろう?余が後見人になれば、城の医者を遣わすこともできるのだぞ、高価な薬も手に入るし、領地経営に頭を悩ますことも無い。なにより、ライラは優秀だ。其方の弟の面倒をしっかりみるだろう」


 こう言われてしまえば、ツェツェリアに返す言葉など無い。返事も出来ず口を紡ぎ、下をみるしか出来無い。ライラック姫君が優秀なのは国中の者、皆が知る事実だ。少し我儘なきらいもあるが、姫が男であったなら、賢王になったであろうと謳われるくらいなのだから。その上、陛下が我が子の中で一番可愛がっているのも事実だ。


 溺愛していらっしゃるからと言って、ライラック姫の望むまま、困窮した我が家に輿入れするなんてあり得ないわ。格が違いすぎる。姫であれば相手は公爵家かそれに準ずる家が妥当。基本的には他国の王族に嫁ぐのが通例ですのに!


 陛下はふむと、白髪混じりの金色の顎髭をひと撫ですると、柔和な顔付きになった。


「まあ、いきなりで戸惑っておるのだろうが、この話が其方達姉弟にとって決して悪い話では無いだろう。ディーン子爵令嬢、そなたも婚姻する歳は過ぎておるではないか。亡き将軍もこのままでは心配であろう。一週間やるからゆっくりと考えなさい。良い返事を期待しておるぞ」


 お爺様のことを持ち出さないでほしいわ。


 良い返事をと言われても、それが正式な王命として下れば、ツェツェリアに拒否権など無い。黙って嫁ぐ他ないのだ。それでも、一応、打診して下さるということは、王命ではなく自然な出逢いの中、二人が恋に落ちたという物語りを欲しているのだろう。なにせ、これだけ格の違う婚姻だ。王命を下すには流石に都合が悪いし、その方が世間受けがよいからだろう。


 ツェツェリアは放心状態のまま、屋敷へ帰った。

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