マリアンヌ・クライネット・ルーズベルト 【ルーズベルト公爵視点】
すみません、投稿遅くなりました。
マリアンヌ・クライネット・ルーズベルト。ルーズベルト公爵家の次女で、未婚で婚約者も居ない女性の中でライラック姫の次に高い地位を持つ人物。社交界の鑑と名高いジャネット・ルーズベルト・マクレーン公爵夫人を姉に持ち。前王妃の姪。
そんな彼女が外出から帰ると部屋へ駆け込み、ぐしゃりと握り潰した手紙を片手に、自室で泣き濡れていた。婚約者であったマロウ公子が亡くなった時でさえ、毅然とした態度で正に貴族といったふうに過ごしていたのに。
彼女の侍女や乳母はオロオロと、マリアンヌを宥めるが、その行為は虚しく、食事すらまともに取ろうとしない主人に心を痛めていた。
「マリアンヌの様子はどうだい?」
ルーズベルト公爵の言葉に、乳母は力無く首をよこに振る。
「そうか、大公殿下から断られたことが、そんなに応えているのか…」
この結婚の打診に、勝算があった。マリアンヌは婚期が過ぎ、事故で婚約者を無くした身だが、相手は10歳以上も年上、婚約を亡くしたなど気にするまい。また、我が家に借りのある身だ。本来なら、王太子妃にと育てたマリアンヌをくれてやるのも惜しいが、マリアンヌがどうしてもと頼み込むので渋々申し込んだ縁談だった。公爵には文章での断りを、マリアンヌには例に漏れず一輪の白いチューリップと、貴女には相応しい方がいるというメッセージカードのみで断りを入れてきた。
白いチューリップの花言葉は、失われた愛。全く馬鹿にしおって!
我が娘の何が気に入らぬというのだ。家柄、容姿、立ち振る舞いともに完璧だというに…。大公殿下の決まった相手といえばエルニア公爵夫人。29歳の女盛り、妖艶な美貌の持ち主だが…。彼女がネックに?いや、夫人となら婚姻後も…。
はっ、そうか、マリアンヌと結婚したら、我が家に遠慮す必要がでるからな。マリアンヌは軽んじて良い娘では無い。まあ、大公殿下が躊躇なさる理由もわからんでもないな…。
だが、泣き濡れる娘が不憫でならないのも親の心情。
「どうしたものか…」
と零せば、家令が妙案とばかりに進言する。
「陛下に御相談なさるのはいかがでしょう」
全くわかっていない。それができれば苦労はせぬ。
「そんなことをしたら、王太子の後妻にと丸め込まれるのが落ちだ」
その昔、王太子との婚約を嫌がって、本人がさっさと婚約者を決めたというに…。あちらは廃妃となり処罰を待つ身、こちらは亡くなるとは…。大公殿下との婚姻をと言えば、大公より王太子の方が身分も歳も釣り合おうと言われるのは目に見えておる。娘は王太子の顔が生理的に受け付けないとは口が裂けても言えん。娘が大公殿下に惚れているといえば、王太子も娘に惚れていると言われるだろう。難儀なことだ、久々に王都へ帰還なさったから我が娘のことを聞き及んでと思っていたのだが、思い違いだったとは。
「この国の盾として使い潰されている大公より、王太子殿下の方が、ルーズベルト公爵にとっては有利では?」
そうなのだ、家令もいう通り、王妃の立場を約束されている王太子との婚姻が最善だとは理解している。だが、マリアンヌが嫌がっているのだ、無理意地はしたくない。王太子の見目がもう少し良ければ…。
「だが、マリアンヌがそれを望んでいないのは、お前もわかるだろ。あれは、昔から大公殿下を慕っておったのだから」
「なら、王太子妃の座を埋めなければなりませんね」
しれっと正論をぶち撒ける家令に公爵はイラッとした。
それが、すんなりいけば問題ないのたが、この件も問題が山積みだ。他の家門から妃が出れば、近年高官を輩出できていない我が一族は衰退の一途を辿る可能性を孕む。義姉上の威光も我が息子まで照らすのは難しいだろ。あれだけ栄誉を極めていたディーン家の没落ぶりを目の当たりにすれば、何としても手を打ちたい気持ちに駆られるのは致し方ない。
「わかっておる。だが」
もう一人娘がいる。だが、アレが王太子妃となれば、家門は守られ、アレもルーズベルトを名乗らせてやれるのだが…。侯爵家に嫁に行ったジャネットはましだが、マリアンヌは相当惨めな思いを強いられることになる。そもそも、妻が了承するとは思えないが…。
ああ、あれもこれも、大公殿下がマリアンヌを拒むからややこしくなるのだ。想い合ってであれば身分差があっても結婚に穏和な国風だ。マリアンヌが大公殿下に嫁いだ後なら、伯爵家から適当な娘を養女にし、王太子殿下との婚姻を積極的に進めることが可能なんだが。もし、養女が王太子妃に、マリアンヌが子爵家以下に嫁ぐことになったら目も当てれんからな。
断りの手紙を見た当初はマリアンヌを宥め、王太子妃にと目論んでいないことも無かったが、あの憔悴振りを聞くとと堪えるものがあるな…。
「旦那様、念の為、お嬢様の買い物に付き添った者念の話をお聞きになりますか?」
原因はメッセージカードと白いチューリップだとはわかってはいるが、一応と執事が機転を利かせてくれたのだろう。
「いや、いい」
時間の無駄だ。マリアンヌのことも心配だが、王太子妃の席をどう埋めるかが最重要課題だ。
「お嬢様はいかが致しましょう?」
「ほおっておけ、その内回復するだろう。アレも、もう子供では自分の責務はわかっておろう」
主人の言葉に家令の顔は暗い。
「ですが」
尚も食い下がる家令に苛立ちを露に言い捨てる。
「ジャネットを呼んでやれ!」
姉を呼んでやれと命令すると、家令は満足そうに部屋から出て行った。




