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賓客 2

 あれよあれよと言う間に、靴屋に宝石店に、雑貨屋にと連れ回され、気が付けばもう昼をとっくに過ぎていた。


 ここは王都の南区にある雑貨屋。


 海の貴公子と呼ばれるルーディ・ヒューゴ・ナッツが率いる十字貿易商会が直営する店で、趣向を凝らした商品が並ぶと若いメイドが騒いでいたのを思い出す。


 このルーディ・ヒューゴ・ナッツ。どこぞの国の皇子であるとか、女神も恥じらう美貌の持ち主だとか、全ての海を網羅しているとか、伝説にことかかない人物。そもそも実在しているのかも怪しい。


 そして、レースやフリルをたっぷり使った布物や、細工を凝らした可愛い小物が所狭しと並ぶ店内にそぐわぬ横の男。勿論、店内は女性客のみで、ちらちらとこちらをいや、横の男を盗み見る視線がチクチクと痛い。


 何でこんなに平然としていられるのかしら?


 真剣な面持ちで、ショーケースを覗き込む男の横顔から、彼の視線の先の品物へと目線を動かすと、そこには、黒曜石で出来た髪留めが並べられていた。その横にあるピアノを模したオルゴールがツェツェリアの目に留まる。


 表面を本物のピアノの材質で作られたそれは、昔家にあったピアノにそっくりだった。母がよく弾いていたピアノ。


 えーっと、曲のタイトルは『トロイメライ』ね。このピアノにピッタリだわ。


 『トロイメライ』は大人が、子供の頃を懐かしんで弾く曲だ。


「店主、そのオルゴールを包んでくれ。あと、この髪留めとその日傘も」

 

 オルゴールに興味があるような人には見えないけど…。誰かへのプレゼントなのかしら?


 ツェツェリアの目に正札が入った。金貨三枚。


 高。金貨三枚。ドレスが買える値段だわ…。


 周りの客層に目がいく。


 身なりの良い方ばかりね…、ん?一瞬、物陰のフードを被った人物と目が合ったような…。気のせいかしら?


 高そうな白いフードを被った人物は、さっさとスタッフルームへ入って行った。


「欲しいものはあるか?」


 これだけ連れ回し、ツェツェリアの物を購入してくれていたセザール殿下から、初めて、ツェツェリアは欲しいものを尋ねられた。


 貴方が買ったオルゴールよ!なんて言えないわね。


 ツェツェリアの目に使い勝手の良さそうな、シンプルな万年筆が目に入る。


 銀貨三枚。これなら自分で買えるわ。レイの万年筆、古くなって使いづらそだったわね。新しく新調しようと思っていたのよね。


「あの、これを、あっ、自分で買います」


 レイモンドの喜ぶ顔を思い浮かべて、ついついツェツェリアの顔が綻ぶ。


「いや、俺が出すよ」


「いえ、自分で買いたいんです」


 他の買い物と一緒に会計を済ませてしまおうとするセザールを制して、ツェツェリアはポケットを探ろとして、顔を青くした。レディーの着る服にポケットは無い。彼女達が一人で買い物をすることは無い。小額の硬貨はお付きの人間が払うし、多額の支払いは小切手に金額を書き指輪の印を押す。


 あっ、服を着替えたんだったわ。硬貨の入った巾着をセザールの従者へ預けたことを思い出した。


「女性に払わせるのは気が引ける。それが婚約者なら、尚更だ」


 ツェツェリアの様子がおかしいのを見取ったのか、そう店主に告げると、自分の買った品物と一緒に万年筆もさっさと会計してしまった。


 馬車に戻ると、ツェツェリアはセザールへお礼を言った。


「先程は有り難う御座いました」


「いや、気にすることはない。その万年筆、自分で使う物ではないだろう?誰にやるつもりだ?」


 お礼を言ったのに、何で不機嫌なのかしら?


「レイ、あっ、弟にあげようと思って。今、使っているのが古くなって使いづらそうだったので…」


 何で私、こんなに言い訳みたいにセザール様に話してるんだろ?あれ?少し機嫌が直った?


「ああ、弟が居たんだったな…」


 セザールはそう言うと、口元を抑えて黙り込んでしまった。


 いい加減、疲れたわ。お腹も空いたし…。お城からゼロニアスと使用人が来るっていうのに、私は帰れず終い。レイに無理はさせたく無いけど、殿下相手に帰りたいという訳にも行かないし…。


 ソワソワと落ち着きなく、窓の外を見たり、万年筆の箱を見ながら、セザールの様子をチラチラと窺うツェツェリアにセザールは堪らず声を掛ける。


「何がそんなに心配だ?」


「今日、城からゼロニアスさん達がいらっしゃるので…後、お腹も…」


「ああ、もうそんな時間か…」


 セザールはそう呟くと、座席の背後にある小窓を開け、御者席に座った従者へ何やら話しかける。


 やっと家に帰れるのね。


 解放されると安心したのも虚しく、ツェツェリアは何故か小洒落たレストランに入っていた。当たり前のように腰に手を回されてエスコートされ、当たり前のように椅子を引かれ、ちょこんと座るとアフタヌーンティーセットがテキパキと用意される。セザールの前にはクラブハウスサンドにコーヒー。


「お腹が空いたのだろ?食べろ」


 確かにお腹は減ってます。ですが、私は食事がしたい訳では無くて、家に帰りたいんです!


 必死で目で訴えるが、ジッと見つめ返される始末。食べなければ解放されない気がして、ツェツェリアは一番下の段の皿に乗っていたサンドイッチに手を付けた。それに合わせ、セザールも自分のクラブハウスサンドを手に取る。ツェツェリアが一口食べれば、セザールも一口食べるといった具合だ。


 ああもう、何なのよ!何がしたいの?


「あの、私、帰らないといけませんわ」


「心配しないでいい」


 意を決して伝えたのに話が通じない、どうしたらいいの?早く帰らなきゃならないのに!もしかしたら、もうゼロニアス達が来ているかもしれないのに!


「ですが…」


 何と言ったら良いのか分からず、ツェツェリアの言葉は続かない。


 城からの使者より、身分の高い大公殿下。そもそも、大公殿下との婚姻が原因で我が家に使者が来る。イコール、使者が来ることは知っている。なのに、私はその要因の発端である大公殿下とこうしてアフタヌーンティーを共にしている。本来なら、大公殿下と共に我が家で今後のことを話し合うべきではないのかしら?何を考えていらっしゃるの?取り敢えず、私が食べなきゃ、この人も食べないわけで…。


 ツェツェリアは考えるのを放棄して、目の前の食べ物を胃袋へ入れることに専念した。


 慌てて詰め込んだから気分が悪いわ。早く帰りたいのは山々だけど、このまま馬車に乗るのは避けたい。


「セザール様、この後のご予定を聞いても?」


「ホワイト宮へ行く」


 ホワイト宮は城にある宮殿の一つ。一番離れにあり、静かな所だと聞いている。


「私はいつ家へ帰れるのでしょうか?」


 この後、家へ送って貰えるものとばかり思っていたツェツェリアは狼狽した。


「帰る必要は無かろう?」


「弟が心配します。それに、そのような話、聞いておりません」


 ツェツェリアの心臓がドクンと大きく跳ねる。


「ツェツェ、安心しろ、ディーン殿も今頃ホワイト宮に着いているころだ。それに、これは君が了承したと思って居たんだが…」


 セザール有無を言わせぬ声色にツェツェリアは竦む。


 私が了承した。だから、今日は連れ回し、レイモンドをホワイト宮へ移した。


「いつ、あっ」


「思い出してくれて良かったよ。約束通り、ディーン邸の補修と清掃が終わるまで、ディーン殿とツェツェ、君は我がホワイト宮に居てもらう。その間、ディーン殿には治療に専念して貰えばいい。ホワイト宮なら、宮殿医者総出で治療が可能だろう。もしかすれば、今使っているより、もっと効果的な薬が見つかるかもしれない。ディーン邸には執事に残って、財産の管理を頼んである。彼なら信用できるだろ?君達の乳母にはディーン殿の世話を頼んだ。ゼロニアスが万事上手く取り図ってくれるさ」


 セザールの言葉に、ツェツェリアの力が脱ける。はは、何それ、話を聞いて無かった私の自業自得じゃない!なら、早く、ホワイト宮でレイモンドに謝らなきゃならないわ。いきなりホワイト宮へ移動だなんて、さぞかし驚いたでしょうから。


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