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寳来 1

 謁見の翌朝、書類仕事をしているツェツェリアのいる執務室のドアがノックされる。


「お嬢様、大公殿下がいらっしゃいました」


 執事の声にツェツェリアは耳を疑う。


 何故?大公殿下が?今日は、お城から来るのは使者と使用人だけのはずよね?


「お嬢様、いかがなさいました?」


 ドアを開けて入ってきた、年老いた執事は不思議そうにな目をツェツェリアへ向ける。


「大丈夫よ。問題ないわ」


 そう、ツェツェリアが答えると、小柄な執事はとても嬉しそうに、ツェツェリアを急かす。


「さ、さ、お嬢様。大公殿下が馬車でお待ちです。今日はドレスと洋服を買いに行かれるそうですね」


 え?本当に大公殿下がいらっしゃったの?で、私が大公殿下と服を買いに行く?


「ええ、そうなの」


 寝耳に水だわ。何んで、大公殿下が我が家の前に馬車を止めて、私を待っていらっしゃるの?何よそれ?早く行かなきゃ、とんでも無いことになってしまうわ。


 ディーン邸の前は人通りが多い上、王族の馬車はその紋章が大きく入っていて非常に目立つ。


 長らく駐車していたら、よい噂の種だわ。せめて、殿下が車内で待っていらっしゃいますように…。


 ツェツェリアは慌てて準備をし玄関から出ると、期待虚しく、大公殿下は馬車をディーン家の門の真前に止め、こともあろうに馬車から降りて待っているではないか。遠巻きにではあるが、美しき大公を一眼見ようと野次馬が集まって来ていた。


 ああ、せめて、敷地内まで馬車を乗り入れて下されば良かったに…。門の正面で待たれるなんて…。


 急足で大公殿下の前に行き、ツェツェリアは淑女の礼で挨拶のまま口上を述べる。


「大公殿下、本日は迎えに来て下さる感謝致します。ですが、私ごときにの為に、殿下自ら来ていただくなど恐れ多いことにございます。遣いの方を寄越してくだされば充分でございます」


 目の前の男から盛大な溜息が聞こえるが、ツェツェリアは頭を下げたまま微動だにしない。


 私、何を間違えたのかしら?


 大公殿下の返事がないことに不敬罪で捕まるのかもと、内心ビクビクしていると頭上から声がした。


「頭を上げなよ。ツェツェ、つれないね。婚約者に対してこんなに他人行儀だとは」


 クックと笑いを噛み殺したような笑い声と共に、品の良いバリトンが降ってきた。


 ツェツェリアが恐る恐る顔を上げると、良く日焼けした肌に、濡羽色の黒髪の長身の男性が、磨き抜かれた黒曜石の瞳をツェツェリアに向けている。武人らしくその身体は引き締まり、すらりと伸びた手脚は長い。しかし、王族であるまじき姿で服装はだらしなく着崩し髪も下ろしたままだ。


 30歳と聞いていたけど20代半ばに見えるわね。若く感じるのはこの格好のせいなのかしら?それとも顔の作り?それより、これはどうゆう状況なの?大公殿下のインパクトが強すぎて、どうしていいかわからないわ。どうすれば正解なのよ!


 ハクハクと金魚のように口を開け閉めするが言葉が出てこないツェツェリアに、大公殿下はクスクスと楽しそうに笑うと、さっさとツェツェリアをエスコートして馬車へ乗り込んだ。


「あ、あの…」


 出鼻を挫かれ、パニックを起こしていたツェツェリアはやっと落ち着きを取り戻し、意を決して大公殿下に話しかけた。


「なんだ?」


 ツェツェリアから外れない大公殿下の視線に居心地の悪いものを感じつつも、現在の状況を確認しようと大公殿下に視線を合わせる。


「この馬車は何処へ向かっているのでしょうか?」


「服屋だ」


 服屋?ああ、執事がそんなことを言っていたわね…。城へ来て行ったドレス、やっぱり時代遅れだったわよね。でも、ほかにドレスは無かったし…。新たにドレスを買うお金なんてないわ。早目に伝えとかなきゃ、恥をかいてしまう。


「た、大公殿下」


「セザールだ」


 え?


「セザール、私の名だ」


 それは知っているわ。


 目を丸くするツェツェリアを見て、セザールは片眉をピクリと動かす。


「昨日、ツェツェ、君は私をセザールと呼ぶと約束したではないか、もう、反故にすれのか?」


 え?大公殿下をセザールと呼ぶ???


「ん?どうした?今、初めて聞いたような顔をして、昨日、馬車まで送る時に、ツェツェ、君は承諾したぞ」


 ツェツェ?帰り?そもそも、何故愛称で呼んでらっしゃるの?


「で、ですが…」


「うーん、呼びにくいか?」


 ツェツェリアはセザールの問いかけに全力で頷く。


「そうか、なら、セイでも良いぞ。最近では、この呼び名で呼んでくれる人も居なくなったからな」


 いえ、殿下、そういうことでは無く、お名前で呼ぶ事が恐れ多いといいますか。


 心の中必死に訴えるツェツェリアに、セザールは何食わぬ顔で名前を呼ぶように更に促す。


「ふ、不敬でございます」


 やっとのこと、そう絞り出すように抵抗をみせたツェツェリアをセザールは鼻で笑う。


「俺がいいと言っているのだから、不敬にはあたらない。名前で呼べと言っているのに、大公殿下と呼ぶ方がよっぽど不敬だ」


 こう言い切られてしまうと、ツェツェリアになす術はない。


「セ、セ、セザール様」


 なんとか、か細く消え入りそうな声で名前を呼んだ。


「まあ、最初だからな、次からはしっかり呼ぶんだぞ。大公殿下と呼んだら、人前でも呼び直しさせるからな」


 酷いわ。なんて意地悪な人なの!


 ツェツェリアは悔しくてキリッとセザールを睨むが、セザールはその様子さえ楽しそうだ。目的地に着いたのか馬車が止まる。


 まだ、ドレスを買うお金なんて家には無いと、伝えていなかったわ。


「殿下…」


 ツェツェリアがそう呼びかけるが、セザールは無視を決め込む。


「セ、ザール様」


「何だい、ツェツェリア?」


 慣れないわ。でも、今は背に腹はかえられない。勝手に注文されて、はい、払えませんとう事態は何としても避けなきゃ。


「あ、あの…ですね。ディーン家の財政は逼迫しておりまして…、ドレスをあつらえれる状態ではないのです。せっかく、連れて来て下さいましたのに申し訳ございません」


 深々と頭を下げるツェツェリアに、セザールはツェツェリアに気付かれないよう、肩を震わせながら必死に笑いを噛み殺す。


「ゴホ、あ、失礼。お金の心配はいらない。俺がプレゼントしよう」


「で、ですが」


 焦り、セザールの申し出を断ろうとするツェツェリアの言葉を、セザールは遮った。


「君は、俺の婚約者だ、ツェツェリア。君は俺が贈った服を着る義務がある」


 ツェツェリアは自分の服装に目を向ける。令嬢とは言い難い時代遅れのワンピース姿だ。みっともない格好はするな!→俺に恥をかかすなって言いたいのかしら?


「わかりました。お気遣いありがとうございます」


 まあ、昨日の陛下の話では、私の存在が命を繋いでいるのだから、服ぐらい買っていだだいてもいいわよね。よく考えたら、殿下も私と同じで選択の余地は無いのよね。いえ、私よりも悲惨なだわ…。子爵家の娘が自分以外の誰かと結婚したら、その時点で命が無いとか理不尽以外なにものでもないわ…。それは、服ぐらい買ってくれるわよね…。


 お祖父様ったら、とんでもない約束をして下さったわ。ああ、でも、その約束がなければ、殿下はここにいらっしゃらないのか…。それならば、お祖父様のしたことは人助け?殿下もお祖父様の弟子だったのだから、命をなんとか御守りしたいと思うのは当然で…。それでも、私が他の人を好きになっても、罪悪感を抱かないように20歳まで猶予を設けて下さったわけで…。殿下にも命がかかっているにかかわらず、昨日まで、この話をなさらなかったことに感謝すべきよね。この事実を知らずにほかの方と結婚していたらと思うと、ゾッとするわ。


 ツェツェリアがぐるぐる考えているうちに、セザールはさっさとと促し入店すると、待ち構えいた店員にテキパキと指示を出し、生地やら、デザインやら選び注文していく。ツェツェリアは声を発する間も無く、部屋の奥へと連れ行かれ、目の前のカーテンが引かれたかと思うと、数名がかりでパッパと着替えさせられると、バッとカーテンが開けられた。目の前のソファーにはセザールがゆったりとソファーで寛ぎワインを飲んでいた。


 セザールが縦に首を振ると、さっさとカーテンが閉められ、新たな服に着替えさせられる。その繰り返し。セザールはカーテンが開く度、首を縦か横に振る。幾度となくそれを繰り返し、ツェツェリアが精魂尽きた頃、やっとセザールが口を開いた。


「サイズもピッタリじゃないか、今来ている服はそのまま貰って行こう」


 終了の言葉を聞き、ほっとしたのも束の間、さっさと馬車に連れ込まれる。


 これでセザール殿下から解放される。家へ帰れるわ。服を買うのって、こんなに大変だったかしら?そう言えば、服なんて久しく買っていなかったわね。


 ツェツェリアは両親が健在だった頃は乳母は母に付き添われ、ドレスや服を新調していた頃の記憶を辿る。最も幸せだった頃だ。


 

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