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失意

 こんなはずじゃなかったのに…。


 婚約の話を辞退してそれで終わり、そう思っていたのに…。大公殿下の延命は陛下がお祖父様との約束を果たす為だったなんて…。ライラック姫の婚姻もお祖父様との約束の可能性が高いわね。困ったわ…。これじゃあ、お断りできないじゃない。はあ、もし、私が他の誰かと婚姻していたら、その時点で大公殿下は死を賜わっていた?


 ツェツェリアは自分の考えに、恐ろしくなりガタガタと体を震わせた。


 王家の忌まわしき悪習は、ツェツェリアが産まれる前には無くなったが、その事実は聞き及んでいる。王子達は生を受けその日から、命をかけて戦わなければならない。そして、生き残っただだ一人が王座に座る。そのゲームは王子が王座に座った時点でスタートする。側室を迎えても良いとされる時期が、即位と同時だからだ。前王の時は子が多かった為、熾烈を極めた。


 よく考えたら、前陛下の男児で、王座に座られた陛下以外で、生き残ったのは大公殿下ただお一人。陛下の他に皇后様にはもう一人、男のお子様がいらっしゃったと聞いている。その方は同然、今は墓跡の下に眠っていらっしゃる。


 婚姻を断るイコール大公殿下の死。弟と離れたくないから、大公殿下に死ねとは言うことはできない。そもそも、大公殿下のお命と比べると、弟の側に居たいなんて感情はただの我儘にすら思えてくるわ。


「レイに何て言ったらいいの…」


 ツェツェリアはそっと、馬車の窓から外の景色に視線を移した。車窓には見慣れた光景が広がっていた。


 極度の緊張と陛下の話がショックすぎて、謁見の間から、ここまで帰ってきた記憶が曖昧だわ。でも、こうして馬車に乗り、この景色を眺めていると言うことは、何とか一大イベントをこなして馬車に乗ったのよね…。


 馬車までの道を大公殿下が気遣って下さったような気がするが、陛下のお言葉があまりにも衝撃的で…。その内容が全く思い出せない。


 失礼なことをしていないといいんだけど…。


 手入れの行き届いていない我が屋敷の前に馬車が停まり、ドアが開いた。


 エスコートしてくれる御者に礼を言い、馬車から降りると、御者から封書を手渡された。


「どうぞ此方を、陛下の従者ゼロニアス様からでございます」


「ありがとうございます」


 馬車が戻って行くのをツェツェリアがボーっと眺めていると、ツェツェリアを心配した乳母が屋敷から駆け寄ってくる。


「お嬢様、お帰りなさいませ。無事、お断りでしましたか?」


「乳母、走ったら危ないわ。もし、怪我でもしたら大変よ」


 優しい乳母。我が家がこんなに困窮しなければ、もっと良い暮らしをさせてあげれたのに、苦労ばかりかけてしまったわ。


 慌てて握りしめた乳母の手は、ささくれと赤切れが目立ってカサカサとしていた。ツェツェリアは、お祖父様が生きていた頃の、シミ一つない白魚のようなスベスベで柔らかな手で頬を撫でくれた乳母を思い出す。まじまじと改めて見る乳母の顔は美しかった面影は残しつつも、茶色の髪に白髪が混じり、真っ白だった肌は日に焼け、しみと皺が目立つようになっていた。


「苦労を掛けたわね」


 しみじみと労うツェツェリアに乳母は、ビックリしたような顔をしたが、目尻と口元の皺を濃くしふんわりとわらう。


「何を言ってらっしゃいます、お嬢様。私は苦労なんてしておりませんわ。なんたって、大好きなお嬢様とお坊ちゃまの側にいれるんですもの!はあ、でも、その様子ですと、婚約はお断り出来なかったんですね」

 

「ええ、そうなの。レイに何て言ったら良いか…」


 直ぐに見抜かれてしまうわ。


「そのままお伝え下さい。数日癇癪を起こされるでしょうが、嘘をつけば事実を知った時、その倍傷付かれるでしょうから」


 優しく抱きしめてくれる乳母の腕が心地よかった。


「うん。レイに話してくるわね」


 挫けないように勢いのままレイモンドの部屋へ向かうと、ドアをノックする。


「レイ、入るわね」


 返事が無いがそっと部屋へ入ると、レイモンドはカウチに座り、手に資料を持ったまま眠っている。ツェツェリアはそっと近寄ると、手から髪の束を取り上げ、脚元のブランケットを首まで引き上げ掛け直した。


「姉さん?」


 レイモンドが、ゆっくりと形の良い瞼を開けると、花もはじらう笑顔をツェツェリアへ向けた。


 ああ、レイ、私の天使ね。


「ただいま、レイ。今帰ったわ」


「お帰り、姉さん。結婚の話はちゃんと断れた?」


 上目遣いで首を傾げて不安そうに聞いてくるレイモンドに、ツェツェリアは胸が痛む。ツェツェリアはレイモンドを抱きして、諭すようにゆっくりと言葉を選ぶように返事をする。


「ごめんなさい、レイ。私の力が及ぶ話では無かったわ」


 ツェツェリアは城での話をレイモンドに詳しく説明した。


「そんな!じゃあ、大公殿下の命は姉さんの婚姻で決まるってこと?」


 レイモンドはツェツェリアに抱きついたまま、声を張り上げた。


「ええ、そうよ。そして、もしかしたら、姫様のお命も貴方次第かもしれないの…」


 ツェツェリアの声は沈む。自分達の判断が王族の生命を握っているという事実は、一子爵家の貴族としてはあまりにも重責だった。ましてや、優秀な騎士を輩出している家紋であっても、ツェツェリアとレイモンドは命のやり取りなどしたことが無い。その上、いつ尽きるやもしれないレイモンドの命に、家財を投げ打ってでも執着しているのだ。命の重みには人一倍敏感だった。


「陛下は最初の謁見で、私達を気遣って、そのことを仰らなかったの。今日、お会いしてすぐに承諾していたら、一生話されることは無かったのでしょうね」


 陛下が大公殿下を可愛がっているという話は有名。側室制度をなくなされたのも、あの悲劇を繰り返さない為。陛下は家族に深い愛情を持っていらっしゃる方なのだろう。でも、王族の約束は命より重い。なぜなら、王の一言で、何十万もの人が命を落とすから…。だから、陛下であっても、私が婚姻を拒んだら、大公殿下を…。ああ、そう考えると、胸が張り裂けそうだわ。私はたった一人の弟であるレイモンドに死んでほしく無いわ。どんなことをしても助けたい。陛下も同じ気持ちなのかも…。


 レイモンドがツェツェリアの肩から顔を上げた。


「姉さん、まだ着替えてなかったね。優しい乳母がお風呂を用意してくれているよ。着替えおいでよ。僕は疲れたから、ベッドで一眠りするね。夕食が出来たら起こして?一緒に食べよう」


 癇癪すら起こさないレイ、相当ショックだったのね。


「そうね、お母様のドレスのままだったわ。食事ができたら呼びにくるわね。ゆっくり休んでね、レイ」


 ツェツェリアはレイモンドがベッドに入るのを見届けると、カーテンを閉め部屋から出て行った。








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