俺の幼馴染は拘束ができない
「……ちゃん。翔ちゃん。」
大きな声が聞こえる。重い瞼を開き体を起こそうとすると手首と腹部に違和感がある事に気づいた。見ると縄で手首は縛られ上半身には俺を起こそうとしてきた幼馴染の柚香が跨っている。表情からどうやらご立腹らしい。怒りの原因が分からなかったので本人に確認した。
「どうして朝から怒ってるんだ?それに縄で縛るとかなんの冗談だ」
「冗談なんかじゃないよ。翔ちゃんが答えてくれるまでずっとこのままだよ」
その発言には確かな意思を感じた。柚香はやると言ったら達成するまでどこまでも突き進む奴だ。どうやら聞きたいことに答えるまで本当に俺を拘束するつもりでいるらしい。
「何を答えたらいい」
「昨日の放課後に由里ちゃんと一緒にショッピングモール行ったでしょ。二人で何してたの?」
由里は柚香の友人だ。俺とも柚香経由で多少交流があるがそこまで仲がいいわけではない。昨日の学校帰りに二人だけでショッピングモールにいたことは、俺たちの関係からすれば珍しいだろう。その珍しい行動が見られていたとは思わなかったが。
「何って、なんだっていいだろ」
昨日の用事について根掘り葉掘り聞かれるのは今は少し都合が悪かったため誤魔化すことにした。
「良くない」
キッと睨み付けられる。まあ小動物みたいな柚香に睨まれても怖くはないが。
「良くないって俺が由里と出かけたことの何がそんなに駄目だったんだ?」
根本的な疑問を投げかけてみる。確かに友達が自分だけをハブって遊んでいたらいい気分にはならないと思う。ただ柚香ならちょっと拗ねるくらいで拘束までするとは思えなかった。
「だって二人であんなに楽しそうにしてるの今まで見たことなかったから……」
「柚香抜きで遊んだことが嫌だったのか?」
「違う」
声を絞り出すようにして答えた。要領を得ない。黙って二人で買い物したことに怒っているのでなければ柚香は何に怒っているだろうか。俺が考えてると柚香が決心したように再び口を開いた。
「いつから由里と付き合ってるの」
「は?」
あまりに予想だにしない質問で一瞬聞き間違いかと思った。いや、まだ正直聞き間違いだと思っている自分がいる。
「だからいつから由里と付き合ってるの」
どうやら聞き間違いではないらしい。一体何をどうしたら俺と由里が付き合っていることになるのか。
「俺と由里は付き合ってない。というかなんでそう思ったんだよ」
「さっきも言ったでしょ。昨日ショッピングモールで見たときすごく楽しそうであんな二人見たことないよ」
「それはお前の主観だろ。それで付き合ってるっていうのは発想が飛躍しすぎだ」
「じゃあ昨日二人で何してたの」
また最初の疑問に戻ってしまった。だが昨日の用事について今知られるわけにはいかない。
「黙秘権を行使させてもらう」
「じゃあずっとこのままだよ」
困ったことになった。柚香は両親が出かける前に訪ねてきて俺の世話でも頼まれたのだろう。そして今日は土曜で朝から親は出かける予定があると言っていたから、現在我が家にいるのは俺と柚香だけだ。親が夜に帰宅するまでずっと縛られたままは正直勘弁してもらいたい。
「機嫌直してくれ。由里とは柚香が思うような関係じゃないし変なことはしてない」
浮気した言い訳のような言い方になったが、実際何も起きていないのでそう言う他ない。
「変なことしてないなら教えてくれたっていいでしょ」
「縄を解いてくれたら明日話す」
これは嘘じゃない。明日であれば由里と出かけたことについて全て事細かに説明していい。
「明日言えるなら今言ってそうしたらすぐ解放するよ」
変わるからこうして交渉しているのだがそれも平行線をたどっている。いい加減縛られ続けるのも辛くなってきたので早く現状から脱したい。そう思い改めて手首を拘束する縄を見てみるとある事に気づいた。なぜこれに早く気づけなかったのか。
「そもそも仮に俺と由里が付き合っていたとしても柚香には関係ないだろ」
「関係あるよ。翔ちゃんは幼なじみだし由里ちゃんは親友だから付き合ってたの秘密にされてたら悲しいよ」
柚香は実際に悲しそうな顔になる。会話の方向性を変えたかっただけなのだが失敗してしまった。
「ゴメン。仮の話だ。俺と由里は付き合ってない。ただ昨日の用事が思ってたより楽しかったのは本当だ」
「楽しかったのは認めるんだね」
「ああ、ちょっと大変でもあったけどな。念のため言っとくけど由里と二人きりで出かけたから楽しかったわけじゃないからな。」
「その用事自体が楽しかったってこと?」
「そうだ。ここまで言ったんだからそろそろ解放してくれないか?」
柚香が悩むそぶりを見せた。だいぶ昨日の出来事について話してしまったが肝心の部分は伝えていない。これで拘束を解いてもらえれば万々歳なのだが。
「でも結局何をしてたか教えてもらえてないんだよね。そこまで教えてくれたんだから最後まで言っちゃわない?」
「断る。これで無理ならこっちも強硬手段をとるぞ」
言いながら柚香を軽く睨み付ける。柚香は少し怯みながらも自分が有利な状況である事を思い出したのかやや引きつった笑みを浮かべた。
「や、やれるならやればいいじゃん。手縛られて体に乗っかられて身動き取れないのに何が出来るのさ」
「あっそ。なら好きにさせてもらうぞ」
言うが早いか俺は両手で柚香の肩をつかみベットの上で上半身をくねらせた。そしてベットに押し付けられた柚香に抵抗させまいと今度は俺が馬乗りになった。少し柚香の顔が赤らんでいるように見えるが気のせいだろう。
「形勢逆転だな」
「縛ってたのに……どうやったの?」
「人を縛るのに緩く蝶々結びで縛る奴がいるか。あんなの誰でも解ける」
起きてはじめに見たときは縛られていたことに対するインパクトで見逃していたが、よく見ると縄は蝶々結びで結ばれていた。それが分かってからは柚香が話に夢中になっている隙に少しずつ縄を引き解いていった。両手が自由になればあとは体格と筋力で勝っているから力技で押しのければいい。
「だってきつく結んだら痛いだろうしガシガシ動いて解けなくなるかもしれないし」
「その優しさを縛る前に見せてくれ。もう縛られてないし今日は話さないからな」
そう言い残して俺はベットから降りた。小柄な柚香の上に俺が延々と馬乗りになっているのは他に誰も見てないとはいえ犯罪臭が凄い。
「俺は朝飯食ってくるから部屋勝手に漁るなよ」
「明日は絶対に教えてもらうからね」
柚香が話し終わる前に俺は部屋を出た。明日の柚香の誕生日用に買ったテディベアを入れたままのリュックが見られないよう願いながら。