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天界法廷  作者: 咲良ゆう
3/5

第3章




『3章』




───二年後───




 民事裁判所の一室。


「───では原告を脅したという事実はないのですね?」

「はい。そのような事実は一切ありません。ウチがぼったくりバーだなんて、ひどい中傷ですよ」


 被告側弁護士であるレジーナの質問に、被告であるイゴールが答える。


 弁護士のレジーナは蜂のような触覚やキバを持ってる霊虫という種族の女だった。

 被告のイゴールは鬼族で、ゴツイ外見の大男だった。


「原告が注文したビールジョッキが一杯4000ギルというのは事実でしょうか?」

「事実です」


 レジーナは判事に資料を提出した。

 今回、陪審員はいない。

 天界法廷は判事と陪審員が共同で裁くものと、陪審員だけが裁くものと、判事が単独で裁くものがある。

 今回の訴訟は判事が単独で裁く形のものだった。


 判事は樹霊という種族で、木の幹のような皮膚を持ち、頭に葉っぱが生えてるお爺ちゃんだった。

 名前はアダムソン。

 ベテラン判事である。


「これは統計局が出した居酒屋におけるビールジョッキの平均価格です。900ギル前後というのが相場です」


 追加で資料を手渡す。


「こっちはコンビニやスーパーなど小売店で販売されてるポップコーンの価格で平均100ギルです。これは映画館で販売されてるポップコーンの価格で平均350ギルです」


 さらに追加で資料を渡す。


「そしてこれは映画館の価格設定が合法とされた判例です。こちらも証拠資料として提出します」


 大量の資料を提出し終わったレジーナが言う。


「多くの資料が示してる通り、およそ四倍という価格設定は合法です。よって被告の店のビール代金にはなんの問題もありません。以上で質問を終わります」


(ふふ、勝ったな)


 レジーナは余裕の笑みを浮かべた。


「原告側、反対尋問をどうぞ」


 アダムソン判事が原告側代理人であるシルフィに言う。

 シルフィは静かに立ち上がり、反対尋問を始めた。


「イゴールさん、これはあなたの店の従業員のリストです。間違いがあるかどうか、確認をお願いします」


 シルフィはイゴールに従業員リストを渡し、コピーを判事にも渡した。


「間違いないですね」


 リストを確認したイゴールは間違いないことを認めた。


「次にお聞きします。イゴールさん、あなたの店で支払いを拒否する客は一日に何人くらい居ますか?」

「覚えてませんな」

「覚えてない程たくさんいるという事でしょうか?」


「異議あり! 悪意ある解釈───」

「───質問を変えます」


 レジーナが言い終わる前に、シルフィは質問変更を申し出た。


「イゴールさんの覚えてる範囲で構わないのですが、支払いを拒否するケースは一か月に何件くらいありますか?」

「覚えてませんな。そんなケースは滅多にないので」

「滅多にない、ですか」

「そうです」

「店の従業員は、交番へよく行くんですか?」

「まさか。用もないのに交番へ行くバカはいないでしょう?」

「そうですか。これは店に一番近い交番に設置された防犯カメラの映像記録を写真にしたものです。あなたの店の従業員がたくさん写ってますね。ほぼ毎日。あなたの店の従業員は用もないのに毎日交番へ行くバカが揃ってるという事ですか?」


 言いながら判事に写真を提出するシルフィの背中に、レジーナが異議をとなえる。


「異議あり! 不当な中傷です!」

「却下します。『用もないのに交番へ行くバカはいない』と言ったのは被告本人でしょう。不当な中傷にはあたらないと判断します」


 イゴールは苦々しく質問に答えた。


「……写真に写ってるのが本当にウチの従業員ならそうなんじゃないですかね。何しに行ってるかは知りませんが」

「『何しに行ってるかは知りません』ですか。その映像記録にはあなたの姿も写ってます。一か月の内に六回。原告と一緒にいる映像も含めると七回ですね。原告と一緒にいた時は、なぜ二人とも交番の近くにいたのですか?」


 イゴールは原告のスミスを顎でクイっと指した。


「それはアイツが支払いをゴネて、警察に訴えると言い出したからだ」


 アイツと呼ばれたスミスは、地霊族というノームの小柄な男だった。

 ノームというのは大地の霊の総称である。


「裁判長、これはその交番に勤務している複数の警察官の証言記録です。高額な支払いで揉めて交番近くで話し合いをするケースは日常茶飯事、ほぼ毎日あるとのことです。さきほど被告は支払いを拒否するケースについて『そんなケースは滅多にない』と発言しましたが、それは嘘です。実際は日常茶飯事であることを申し上げます」

「異議あり! 被告や従業員が交番近くのカメラに写ってるからといって、それが支払い拒否のトラブルという証拠にはなりえません」


 レジーナの異議に対して、シルフィが言い返す。


「被告が言ったんですよ? 『用もないのに交番へ行くバカはいない』と。じゃあ何しに交番へ行ったのか、被告に答えてもらいたいですね」

「異議を認めます。ただし、被告はなぜ交番へ行ったのか答えてください」


 アダムソン判事の求めに応じてイゴールが答える。


「さっきも言ったけど知りません」

「あなたは一か月の内に七回、交番近くへ行った。その内の一回は原告との支払いトラブル。あとの六回はなんなんです?」


 シルフィではなく、判事が被告にたずねた。

 興味があったのである。


「……忘れました。客を送る途中で雑談してたこともあるので、たぶんそれだと思います。よく覚えてませんが」

「六回も交番の前で雑談したんですか?」

「よく覚えてませんが、そうだと思います」

「………」


 アダムソンは訝し気な顔をした。


(バカ! そこは『客が無銭飲食をたくらんだので交番に連れて行った』とかで誤魔化す場面でしょうが! アドリブがきかないなあ、もう!)


 レジーナは事前に打ち合わせしなかった事を悔やんだ。


「原告代理人、質問を続けていいですよ」


 アダムソンからシルフィにバトンタッチする。


「では質問を続けます。イゴールさん、あなたの前科を教えてください」

「異議あり! 本件とはなんの関係もありません!」


 レジーナの異議と同時に、シルフィも判事に訴える。


「裁判長、ぼったくりバーであるかどうかを判断するにあたり、経営者の過去は重要な判断材料の一つであると考えます」


 アムダソン判事は冷静に言った。


「異議を却下します。被告は質問に答えなさい」


 イゴールは間を置いてから、嫌そうな顔でしぶしぶ言った。


「……………捕まったことがあります」

「罪状を覚えてますか?」

「………」


 イゴールは何も答えなかった。


「質問を繰り返しますね。罪状を覚えてますか?」

「……覚えてません」

「そうですか。覚えてないようなので代わりに読み上げます。脅迫で二年、恐喝で五年、傷害で七年、全て実刑判決で合計十四年の懲役経験がありますね。ついでに店の従業員の犯罪歴リストも作ったので提出します。中には従業員の身分のまま逮捕された犯罪者もいるので必見です」


 資料を提出するシルフィ。


「従業員の犯罪歴リストの読みあげは省略します」


 笑いながら最後にひとこと付け加える。


「犯罪歴が多過ぎて時間かかるんですよ。さすが、ぼったくりバーですな」

「異議あり! 印象操作です!」

「異議を認めます。原告代理人は発言に気を付けるように」

「すみません」


 シルフィは肩をすくめて謝った。


「おいこらテメー! 何がぼったくりバーだ! ウチは高級クラブなんだよ! 値段をいくらにしようが、こっちの勝手だろ!!」


 我慢ならなかったイゴールはシルフィを怒鳴った。


(バカ! そんな事すると余計に印象悪くなるでしょうが!)


 レジーナは苦々しく毒づいた。


「静粛に!」


 アダムソン判事が木槌をガンガンと叩く。


「誰が勝手に喋っていいと言いましたか? 被告は勝手な発言をしないように」


 判事も少しイラっときたのだろうか。

 怖い顔で被告に言った。


「えっと、質問する手間も省けたので資料だけ提出します」


 シルフィは追加の資料を提出した。


「これは”本物の高級クラブ”における支払いトラブル、逮捕者や訴訟の件数を調べた資料です」

「異議あり! かかる表現は被告に対するあてこすりです! 悪意ある言い回しです!」

「却下します」


(あらら。これは異議を認められても仕方ない、向こうの弁護士の言う通り悪意ある言い回しなんだけどね。これは判事さんも相当怒ってるなー。さしづめ、さっきの被告の勝手な発言に対するペナルティってとこか)


 シルフィは心の中で苦笑した。


「天界飲食店調査部の資料によると、いわゆる高級クラブは調度品やインテリアに高級品やブランド品が使われていて、お酒も全て本物を出してます。事前の料金確認も可能で、虚偽の説明もありません。提供されるサービスと支払う料金のバランスについては適正と評価されてます。高級クラブにおける支払いトラブルや訴訟は全体の1%以下、従業員の犯罪率も1%以下ですね。交番に場所を移しての話し合いに至っては驚きのゼロ件です」


 資料を提出する。


「一方、被告の店の調度品やインテリアに高級なものやブランド品は皆無、お酒もまがい物が混ざってる。事前の料金表提示は頑なに拒み口頭での説明に終始、その口頭での説明も殆どが虚偽。会計は事前の説明と大きく乖離した法外な料金を要求される。提供されるサービスと支払う代金のバランスについては不明と評価されてます。被告は自分の店を高級クラブと述べましたが、実態は高級クラブとかけ離れています。それは飲食店調査部の資料が示した通りです。では被告の店は普通のキャバクラなのでしょうか? いいえ、それも違います。これは飲食店調査部が調べたキャバクラ料金の平均値です」


 弁舌絶好調のシルフィは気持ちよく喋りながら更に資料を提出した。


「被告の店は平均的な料金のおよそ十倍です。これは暴利行為であり、暴利行為は公序良俗に反する契約であり、民法4786条で規定されてる通り公序良俗に反する契約は無効です。被告代理人は映画館の例を出しましたが、比べるべきなのは同業他社でしょう。映画館とキャバクラは料金体系も違うし、何より異業種なんだから比べる意味がありません」


 最終仕上げにかかるべく、とどめの資料を提出する。


「被告の店は過去に行政処分も受けてますね。そりゃそうでしょう。被告は自分の店を高級クラブと述べましたが、実態は単なるぼったくりバーなんだから。お酒も内装もチープな紛い物だらけ。事前の料金説明は殆ど虚偽のデタラメで会計は暴利目的のぼったくり。支払いトラブルは多いわ訴訟は多いわ犯罪者は多いわ、一体こんなもののどこが高級クラブなのか被告に聞いてみたいです。まぁ答えなくていいですけどね。客観的資料が既にあるので。お手元の資料で、本物の高級クラブとの違いをよく見比べてみてください。以上で質問を終わります」


 言いたい放題言われたイゴールは文字通り、鬼の形相になった。

 まるで今にも暴れだしそうな、怒りに満ちた表情である。




 判事が単独で裁く訴訟は日を改めることなく判決が即座に、時間を置かずに言い渡されることがある。

 今回はそのパターンだった。


「証拠や証人は以上ですか?」


 アダムソン判事が代理人の二人にたずねる。


「はい」

「……ありません」


 シルフィは判事の目を見て、レジーナは俯き加減で返答した。

 最終弁論がないことを確認したアダムソン判事は判決を言い渡した。


「では判決を言い渡します。被告は原告が支払った料金を全て返還すること。被告の店を暴利目的の悪質なぼったくりバーと認め、懲罰的損害賠償として当該料金の八十倍を原告に支払うこと。被告の口座も含む全財産を今この瞬間から、被告が原告に債務が履行されるまで裁判所の管理下におき、被告が原告に支払う金銭に不足があった場合は、被告の財産の全てを強制執行の対象とする。裁判費用は全て被告の負担とする。以上、閉廷」


 判事がガンと木槌を叩いて終了。

 原告の完全勝利である。


「ありがとうございます! 予想以上の成果です!」

「お疲れ様。最近はぼったくりバーに厳しくなってきたからね。これぐらいの賠償金は取れると思ってたよ」


 シルフィと原告のスミスはガッチリ握手を交わした。

 この瞬間は何度やってもいいものだ。

 頑張った甲斐もあるというもの。




 以前は裁判で賠償金の支払いを命じられた時、即座に破産申告して逃げるケースが問題になっていた。

 それを防ぐため、今では財産を即時に差し押さえることが可能になっている。


 裁判後のその足でシルフィはスミスと強制執行官と一緒に、三人でイゴールが使ってる銀行へ赴いて事情を明かし、口座から判決で指定された金額を引き出した。

 イゴールもレジーナも最近はぼったくりバーに厳しい処分がくだされ始めたのを知らなかった事もあって、財産隠しもせず口座もそのままになっていた。


 銀行に借りた一室で、強制執行官が引き出したお金をスミスの口座に振り込み、その場で証明書を発行。

 振込用紙と証明書の控えをシルフィとスミスが受け取る。

 こうしてスミスは無事に賠償金を受け取ることができた。


 これにてシルフィのお役目も終了である。

 スミスはシルフィに感謝の言葉を何度も述べた。




* * *




 リトルフェザー法律事務所。


「おめでとう! 大勝利だったね!」

「ありがとう」


 ミウはとびっきりの笑顔でシルフィを祝福した。

 シルフィとミウはもう二年の付き合いで、敬語はやめて友達口調になっていた。

 二人は実際、仲の良い友達なのだ。


 火の車だった事務所の経営は持ち直し、今やミウが週三回ほど手伝わないと仕事が処理しきれない程になっていた。


「まあぼったくりバーの裁判なんて、ほぼ百パーセント客側が勝つからね。相手方の弁護士は私と同じ新人で、そのことを知らなかったみたいだけど」


 この業界ではHランクの弁護士は全て新人と言われている。

 何年やろうが、ランクを上げないといつまでも新人扱いなのだ。


「これもうシルフィのほうがお兄ちゃんより優秀ってことなんじゃない?」

「それはないよ絶対。なんでそう思ったの?」

「だって先週のお兄ちゃんが手掛けた訴訟は、懲罰的賠償金が九倍だったじゃん。それに比べてシルフィのは懲罰的賠償金が八十倍もあるんだから」


 書類仕事をしていたスレイがミウに言う。


「あのなあ、オマエ……倍率が違うからといって優秀ってことにはならんぞ」

「お兄ちゃん、シルフィに嫉妬してるの?」

「んなわけないだろ。懲罰的賠償金の倍率が違うのはちゃんとした理由があるんだよ」

「どんな理由?」

「シルフィ、説明してやれ」


 話を振られたシルフィがミウに説明する。


「ああ、えっと……あのね、懲罰的損害賠償法の十一条では、懲罰的損害賠償金の上限が十倍までと定められてるのよ。だから先週スレイが勝ち取った九倍というのは十分優秀な証なの」

「え、でもシルフィは八十倍も取ったじゃん。なんでなの?」

「懲罰的損害賠償法十一条の二項には───ただし悪質且つ暴利目的と認められた場合はこの限りではない───という付則があるの。言い換えると、悪質且つ暴利目的と裁判所が認めたケースでは、懲罰的損害賠償金の上限がなくなるってこと」

「そんな決まるがあるんだ」

「ぼったくりバーはどこからどう見ても悪質且つ暴利目的だからね。賠償金に天井がないのは当然だよ。暴利目的の法外な料金を貪ろうとするなら、懲罰的損害賠償金も法外なものにしますよってこと」


 それはたしかに頷ける。

 目には目を…みたいな精神なのだろう。

 だが、腑に落ちない点が一つ。


「でもじゃあ原則、懲罰的損害賠償金に十倍までの上限があるのはなんでなの? 懲罰を課すほど落ち度があるなら、どんどん取り締まったほうがいいんじゃないの?」

「全てがぼったくりバーみたいな悪質な店ってわけじゃないでしょ? これはもともと逆用されない為の規定なのよ」

「逆用?」

「そう。懲罰的損害賠償金目当てで訴訟ばかり起こされても困るでしょう? 特にお金持ってそうな大企業は標的になりやすい。陪審員は庶民が多いし、庶民は大企業に対してねたみ、そねみという感情を抱くケースが少なからずある。悲しい話だけど『どうせたくさん儲けてるんだから賠償金は高額でも構わないだろう』という嫉妬じみた感覚を抱きがちなのよ。そういったものを防ぐためには上限が必要だし、健全な企業活動の為にそもそもの訴訟件数も減らす必要がある。ぼったくりバーみたいな悪質な店から個人を守らなきゃいけないのと同時に、悪質な個人から企業を守らなきゃいけないという面もあって、法のバランスは難しいものがあるのよ」

「そっか。たしかに悪質な個人もいるよねえ……」


 いつかのライオン男を思い出したミウはしみじみと呟いた。

 濫訴や不当訴訟というのもあって、個人でも企業でも執拗に訴訟を連発するような悪質な場合は、訴えた側が逆に痛い目をみるケースもあるのだ。


 スレイがシルフィにたずねる。


「ぼったくバーなら被害者も多かっただろうに、ぼったくりバー被害者の会を作って集団訴訟にすれば勝ちやすくなった上に、懲罰的賠償金の額も跳ね上がったんじゃないか? それをしなかったのは万一でも、被害者の会に悪質な個人が混ざるのを防ぐ為か?」

「それもあるけど被害者の会を作ると時間かかるし、あっちに財産隠しの時間的余裕を与えることになっちゃうから」

「待て。仮差押えはしなかったのか?」

「したよ。でも仮差押えは申請した直後、すぐに取り消した」

「なぜ?」

「仮差押えを断念したと相手方に思わせて、油断させる為に。こうすればこちらを舐めてかかって、いちいち財産隠しをする確率も減るでしょ?」

「危険な賭けだな」

「この賭けをしたのは依頼人の経済事情が厳しかったからだよ。そもそも仮差押えは担保金の供託が必要だからね。でも依頼人は担保金を高額過ぎて払えないと言ってきた。であれば、とにかく速攻で訴訟を起こして財産隠しの時間を奪ったほうがいいと思ったのよ」

「で、実際の口座はどうだったんだ?」

「口座はまるまる無傷だったよ。おかげで支払いは全て即日完了。依頼人もそうだしウチの事務所も、報酬はちゃんとゲットしたよ」

「ほう、経験が生きたな。俺はまた以前のように仮差押えを忘れて取りっぱぐれたのかと心配になったぞ」


 チクリと言われたシルフィは苦笑した。


「うん、その説はすいません……」


 シュンとなったシルフィを見て、ミウが憤慨する。


「もう! お兄ちゃん! そんなブロント風の意地悪言わなくたっていいじゃん! 今回は忘れなかったし、勝ったんだから」

「いいのよミウ。前に忘れたのは事実なんだから。でもまあ調子に乗り過ぎたら親のダイヤの結婚指輪のネックレスをはめてぶん殴るけどね」

「それは怖いな。ストレスで俺の寿命がマッハになりそうだ」


 スレイとシルフィはくだらない話を笑いあった。


(……お兄ちゃんとシルフィって、なんだかんだで仲が良いんだよね。似たもの同士なのは確定的に明らかだわ)




* * *




 とある企業の応接室。

 ボーナスの支払額がおかしいという依頼を受けて、スレイは依頼人の元上司と面会していた。

 依頼人は既に会社を辞めたので、元部下と元上司の争いということになる。

 正確には、元上司を含む勤務してた会社との争いである。


「依頼人のボーナスは他の従業員に比べて著しく少額でした。あなたは賞与の査定で依頼人に対して全て最低ランクの評価をしたそうですが、理由はなんなんでしょうか?」

「仕事のミスがあったからです」


 元上司は天狗族の男だった。


「仕事のミスというのは具体的には?」

「書類の書き間違いとか、そういうのです」


(Gランクの底辺弁護士のクセに、偉そうに質問しやがって)


 スレイの名刺にはGランクと記載されていて、天狗男はスレイを見下していた。


「そうですか。では書き間違いをした書類を見せてください。何月何日のどんな書類だったかも全て教えてください」

「全てなんて、いちいち覚えてるわけないでしょ。ミスはたくさんあったんだから」

「覚えてる範囲で構わないですよ」


(チッ、堕天使のクセに生意気な奴め)


「あのね、査定が最低ランクだったのは仕事のミスだけじゃないよ。業務妨害もある」

「依頼人は業務妨害したんですか?」

「そうだ。上司の命令にいちいち楯突くのは業務妨害だろ」


(なるほど。イエスマンしか許さない、お山の大将タイプか。天狗族に多いんだよな。上司に楯突いたのが気に入らなかった、その報復として賞与の査定を最低ランクにした…というのが実情っぽいな)


「どんな命令に楯突いたんでしょうか?」

「いろいろだよ」

「例えばどんなケースがありましたか?」


 質問ばかりされてイライラが募っていた天狗男の男は不満をぶちまけた。


「あのな、そもそもボーナスというのは払うか払わないか、会社が自由に決めていいものだ。本当は払わなくてもいいのに特別に払ってやってるんだから、額が多かろうと少なかろうと感謝こそされ、文句言われる筋合いはない」


 自信たっぷりに言ってのける。


「それでもボーナスに文句があるというなら、訴訟でもなんでも勝手にやるがいいさ。言っとくが、ウチの顧問弁護士はBランクの優秀な奴だぞ?」

「……そうですか。では訴訟でもなんでも勝手にやることにします」


 スレイは帰り支度を始めた。


(ふん、強がりやがって。一昨日きやがれってんだ)


 帰り支度を始めたスレイを罵っておく。




 会社の顧問弁護士は不死族のゾンビである、エンリケという青白い顔の男だった。

 そのエンリケが会社の廊下を歩いていると、ふいに声をかけられた。


「よう、エンリケ。儲かってるか?」


 声をかけてきた人物を見て驚く。


「スレイか!? 何しに来たんだ!?」

「ここの顧問弁護士ってオマエか?」

「そうだが……?」

「今度、この会社を訴えることになったんでな。よろしくな」

「訴える!? なんで!?」

「ボーナスの支払いに問題があって。ほれ、資料やるよ」


 エンリケに資料を渡す。


「詳しいことは資料に書いてある営業部の天狗男にでも聞けばいいさ。じゃ、法廷でな」


 それだけ言うと、スレイは帰っていった。


 資料を読んだエンリケは元々青白かった顔がさらに顔面蒼白になり、急いで営業部へ向かった。

 部屋に入るなり、天狗男に詰め寄る。


「さっきスレイという弁護士が来ただろ! 応対したのかお前か!?」

「そうですけど…?」

「なぜ俺を呼ばなかった!?」

「相手はGランクの底辺弁護士だったんで、先生の手を煩わすまでもないかなと……」

「何ランクだろうが弁護士が来たなら俺を呼べ! 勝手な交渉をするな!」


 よかれと思ってやったのに、文句を言われるのは納得いかない。


「落ち着いてください。これはボーナスを増額しろっていう無茶な要求ですよ? そもそもボーナスは払うも払わないも会社が勝手に決められるのだから、増額を要求するレベルのバカに関わる必要もないでしょう」

「バカはお前だバカ野郎! 会社の就業規則に賞与についての取り決めがある以上、会社はそれに従う義務があるんだよ!」

「え……」


 天狗男は衝撃を受けた。

 ボーナスは自由に決めていいものだと思っていたが、それは間違だったことを初めて知ったのだ。


「で、でもボーナスをいくらにするかの規則はないですよね?」

「特定の従業員だけボーナスを減額する場合、誰が見ても納得するような明確な根拠が必要なんだ! そういったものがない場合、裁判所が特定の従業員だけボーナスを減額するのを合法と認めることはない! ボーナス査定を最低にした理由を教えてくれ! 誰が見ても納得するような明確な根拠をだ!!」


(ぐ……)


 天狗男は言葉に詰まった。

 元部下は、仕事は普通にこなしていたし大きなミスがあったわけでもない。

 なのにボーナスの査定を最低にしたのは、上司である自分に楯突いたのが気に入らなかったからだ。


「上司の命令にいちいち楯突くのは業務妨害だと思うのですが……」

「どこがだ!? 業務命令に対して納得いかなかったら反論する───よくあることだろ! そんなバカげた理屈が業務妨害として認められると本気で思ってんのか!? 何度も言うがもっと明確な根拠を出せ! 誰が見ても納得するような根拠を!!」

「………」


 感情的に気に入らないから、査定を最低にしてやったというのが真実である。

 誰が見ても納得するような明確な根拠など出せるわけがないのだ。


「それにあのスレイという奴は今でこそGランクだが、昔はAランクの凄腕弁護士だったんだ。訴訟になれば、まず間違いなくウチの会社は負けるぞ!」

「そんな……」

「示談に持ち込むしかない。交渉は俺がやる。だが、お前も同席して頭を下げてもらうからな!」


(くそう!!)


 何よりも頭を下げるのが嫌な天狗男は、怒りと悔しさに体を震わせた。





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