8話
「あれは…何だ…」
コイアは立ち上がる事を忘れ、天を仰いだ。
闘技場としても使われるこの建物に影を落とす存在、それが雲以外にあったとは。
それも一人の人間が作り出したとは。
「信じられん…!」
そもそも本当に作り出したのがあの少年だというのか。
彼と一緒にいた少女は本当に何もしていなかったのか。
そうだ、火の玉の操作も上空のあれも全て少女が関与していれば説明がつく。
寧ろそうであってくれ。
そう思い、存在自体を忘れかけていたラヴィを見るコイア。
会場の隅にいたラヴィは先ほどのコイアと同じく、ただ茫然と空を見上げていた。
手には何も持っておらず、僅かに口を開き、瞬きもせず巨大な火球を見つめる。
コイアは少し絶望した。
(本当に、青年一人で…?)
そう思った時、彼女の目が見開かれたのが見えた。
嫌な予感が背中をかける。
再び上空の巨大火球を見る。
それは先ほどよりも大きく見えた。
「さらに大きく…?いや違う!」
息をのむ試験官。
「落ちてきている!?」
コイアは完全に動揺していた。
既にダメージを食らっており、体力はかなり削られている。
そこにあんな大きさの物を食らったら…。
(瀕死どころか、消滅だって在り得る)
火球はゆっくりと落ちてくる。
吹き抜けにギリギリ当たらない大きさだったようで、何一つ変化無くただ降下していた。
コイアは消滅の危機から腰が抜けていた。
「君!!もう既に合格ラインは優に超えているが、まさかアレをそのまま私に直撃させる気ではないよな!?」
ルスに問いかける試験官。
「ええ」
ルスはそれだけ答えた。
ほんの少し安堵するが火球は降下を続けていた。
「お、おい…」
コイアの不安は加速する。
今の仕事に就いて以来感じたことのなかった命の危険を久々に感じ、体が震えた。
「まっ…!」
地上から15mほどの高さに来た時、巨大火球は弾けた。
四方八方に小さい火の玉が飛んでいく。
そのうちの一つがコイアの腹に直撃した。
「がはっ!」
当たり所が悪く残りの体力を持っていかれる。
地面に横たわる試験官。
それを見たルスは少し慌てるが、直ぐその『何か』に気付き動きを止めた。
彼の身体の中心から白く丸い光が出る。
やがて白い光が消えたと同時に、そこから宝石のような何かがルスの方へと飛び出した。
大変気になる代物だが、ルスは試験官の安否が優先だと判断した。
「だ、大丈夫ですか?」
加減はしたつもりだが、心配になったルスはコイアのもとに駆け寄る。
息はあるが目は覚まさない。
気絶しているようだ。
(当たり所が悪かったかもしれない…)
申し訳なさを感じ、反省する。
ラヴィも駆け寄ってきた。
「ルス…」
なにか言いたげな表情で見つめる彼女。
「い、いや、遠慮せずって言われたから、ついね?」
ラヴィはジト目で何も言わない。
(美人は怒っていても可愛い…)
ルスの正直な感想は心のうちに留めておいた。
「反省しています…」
「はい」
ラヴィはよし、といった風に一息つき、杖を取り出す。
コイアに回復魔法をかけ始めたようだった。
「どんな時でも力の加減はしないとダメだよ?強力な力を持っていれば尚の事」
「え…?」
それってどういう、と言い終わる前にパタパタと足音が聞こえてくる。
「だ、大丈夫ですかぁ!?」
走ってきた受付嬢がルス達に尋ねた。
「はい」
「そうですかぁ…って、コイアさん!?倒れてますけど!?」
受付嬢がアワアワしている。
「戦闘不能です。回復魔法も施しました。今は気絶しているだけの様です」
ラヴィが淡々と説明をする。
「そうですk…コイアさんが気絶!?そもそも戦闘不能ってそんな…」
「これを見てください」
ラヴィはコイアから出た宝石のようなものを持っていた。
(いつの間に拾ったんだろう)
ルスは気になりつつも放置したのを思い出していた。
「それは、ドロップ…!ならコイアさんは本当に戦闘で…!?」
受付嬢は信じられない、といった表情をしていた。
「そういえば、どうしてここへ?」
「あ、そうでした!街の方々からここの上空に『見たこともない大きさの火球がある』と言われ、様子を見に来たんです!」
「それは彼の魔法だったので大丈夫です」
ラヴィはルスを見ながら答える。
「そうでs、そうなんですかぁ!?」
受付嬢の語尾は時々間延びするようだった。
(普段は気をつけているのかな…)
ルスは関係ない事を考えていた。
「私も火の玉の上部がほんの少しだけ見えましたけど、あれから全体の大きさを考えると玄人魔術師の仕業ではないかと推察してました」
受付嬢はルスに向き直る。
「でもルスさんの魔法だったなんて…。初心者の方と思っていたのですが、もしかしてとってスゴイ魔法使いさんなんですか!?」
「い、いやそういう訳では無いかと」
「いやそういう訳だと思います!私、冒険者の方々を沢山見てきましたから!」
少しずつ詰め寄っていく受付嬢。
ラヴィはその様子に少しモヤッとした。
「私、クラメと言います!是非仲良くしてください!」
愛想のいい受付嬢はルスの手を取り、元気な笑顔でそう言った。
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