7話
ルスを前にしながらコイアは今後の展開を予想していた。
(今回はゴネられないといいが…)
試験官という立場上、不合格を言い渡すこともある。
その場合に動揺からか「納得できない」などと言う冒険者志望もいる。
なかなか理解してもらえなかったり悪評を立てられたりするのは試験官としても不服であるし、希望者の多いこの冒険者ギルドで仕事を滞らせたくない。
そんな経験・想いからコイアは、不合格の可能性が高いと予想した冒険者志望には不合格時の説明を詳しくしていた。
(青年の合格の可能性が0とは言わないが…何せ『魔法』について『今』教わっていた様だしな…)
剣士志望なら世間話という事で構わないが、万が一にも魔法使い志望だったら結果は目に見えているだろう。
そう思いながらコイアは剣を出し構えた。
目の前の青年も武器を構える。
その手に持ったのは、杖だった。
(望み薄か…)
コイアは小さくため息をついた。
少しだけ脱力したが、仕事は仕事としてきっちりやる。
「行くぞ」
コイアはルスに向かって走り出した。
「ファイア」
ルスはラヴィに言われたことを思い出しながら呪文を唱える。
杖の先から赤い火の玉が飛び出した。
(なるほど、こんな感じか)
ルスは只ならぬ高揚感を味わっていた。
なんでも出来そう、早く色々試したい…それが彼の感想であった。
目の前の魔法使いが魔法を打てたことに、コイアは少し驚いていた。
(あの会話に意味は無かったのか…?しかし攻撃は素人同然だ)
最初の火の玉を難なくよけるコイア。
正直なところ火の玉の1、2発程度当たっただけではコイアは動じない。
しかし無駄な被弾は避けるのが当然のことである故、強引に突っ込まずゆっくりと距離を縮めようと試みる。
その後も火の玉は放たれる。
躱しつつ距離を詰めようと試みているコイアだが、ルスの素早さと火の玉により思うように詰められない。
(回避能力が高めだな。しかも火の玉の大きさと飛ぶ速さが徐々に向上している…?)
火の魔法と続く戦闘により、お互いの体は少しずつ熱を帯びていた。
「はぁ…はぁ…」
今一つ決めきれないコイアは一度呼吸を整え、相手との距離を見定める。
相手も同じく距離を取りクールダウンを図っているようであった。
風は無く、お互いの息遣いと街の喧騒のみが聞こえる。
雲があるのか大きな影がゆっくりと二人を覆い始める。
二人がすっぽりと影に覆われた瞬間だった。
コイアがそれまで見せかった大きな踏み込みをする。
数秒でルスを間合いに捉えたコイアは、容赦なく切りかかる。
ルスは対抗するように杖の先に火の玉を作り、それを放つことなく杖を振る。
剣先で相手の胴を切るかの如く杖を振ったのだった。
コイアは仰け反るようにして回避した。
同じような火の玉が放たれることは予想しており、それは甘んじて受けてでも一撃を入れるつもりであった。
だが違った。
火の玉は青かったのだ。
今までとは明らかに違うそれに対して、コイアの直感は避けることを選択した。
先ほどの踏み込み、切りかかりから僅かな時間で後方回避に転じたその反応速度は、見事と言わざるを得なかった。
しかし、それが決め手となった。
青い火の玉で牽制した後、ルスはすぐに何かを引き寄せるような動作をした。
直後、今まで放たれていた火の玉がコイアに引き寄せられるように集まる。
「なっ!!?」
態勢を崩しながらも間一髪で避けていたコイアに、もう一度攻撃を回避することは出来なかった。
四方八方から襲い掛かる火の玉たちは、コイアにすべて直撃した。
「ぐはああああ!!!!」
コイアは俯せに倒れる。
(私が躱していたと思っていた火の玉全てを、操り続けていたというのか!?)
大抵の魔法使いは、例えば火の玉であれば正しく球を投げるように放ち、その後の玉の挙動を意識しない。
一つの火の玉を操り続けることに相当な集中力がいると言われるし、そもそも戦闘中にそんな繊細な操作をし続けられる冷静さは常人には持ち合わせていない。
(なのに、それを、複数同時に…!?)
俄かには信じ難い出来事である。
何十年冒険者を見てきたコイアでさえ、そのような事をする魔法使いに出会ったことが無かった。
そもそも剣士に詰め寄られる際であっても、極度の冷静さを保っていたというのか。
「凄い才能の持ち主かもしれない…」
彼はそう呟いきながら、ゆっくりと身体を起こそうとした。
(なにか違和感がある)
いつも通りと思っていた街の喧騒がやけに気になる。
(いや戦闘中からどこか違和感はあった)
女性の高い声が聞こえる。
(いつからその違和感があったのか?)
「な、なんなのよあれはぁああ!!!?!??」
ハッとし空を見上げる。
吹き抜けを覆うほどの火球が、上空に存在していた。
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