ターニャとエマ【3】~その名は目覚まし時計鳥?
ツンツン、ピヨピヨ、ツンツン、ピヨピヨ
エマの手のひらにのるぐらいの、小さな黄色いヒヨコが小さなくちばしでエマの頬っぺたをつついて起こそうとしています。
お師匠様がエマのために魔法で作ってくれた、目覚まし時計鳥のピーコです。
この子は、毎日起こしてほしいと頼んだ時間ぴったりに、必ず起こしにきてくれるのです。
お師匠様は“目覚まし時計鳥”と名づけたけれど、それではかわいくありません。
エマはもらったその場でピーコと名前をつけました。
エマは早起きが得意です。
ですから、じつはピーコが起こしにくる前に目を覚ましていました。
そして、寝ているふりをしながらうっすらと目をあけて、ピーコがエマを起こそうと頑張っている様子をながめていたのです。
⎯⎯ピーコ、かわいいなぁ。
でも、ほどほどにしておきましょう。
ピーコはまだ生まれたばかりなので、すぐに疲れてしまうのです。
エマはたった今起きたふりをして、ピーコを手ですくいあげて頬ずりしました。
ふわふわです。
エマのベッドの枕元に置いてあるピーコの寝床。
ピーコのための小さなお布団の上にそっとおろすと、ピーコはすぐに眠ってしまいました。
ピーコのお布団はピンクでフカフカで小さな真四角の形をしています。
さわってみると、とても手ざわりが良くて、中からポカポカ温かいのです。
こんなお布団で寝たらぐっすり眠って朝寝坊してしまいそうです。
エマは手早くベッドを整えました。
目を覚ましたピーコがベッドの上をお散歩するのです。
小さなピーコがつまずかないように、きっちりきれいにしておきましょう。
ピーコがいっぱい動けるようになったら、わざとお布団で小さな山を作ったりして、運動場みたいにしても良いですね。
さあ、お師匠様とエマの朝食を作りにいきましょう。
お師匠様は小さいので、たくさん食べないと大きくなれません。
おかしいですか?
エマのお師匠様は魔女です。
名前はターニャといいます。
魔女はとても長生きです。
人の何倍もの寿命があります。
ですから、年をとるのもゆっくりなのです。
お師匠様は、もう五十歳を越えているのに、まるで八歳くらいの小さな女の子のような姿をしています。
エマは今年十四歳ですから、ならぶとお師匠様がエマの妹に見えてしまうのです。
エマは魔女見習いになりたてなので、まだよくわかりませんが、これから年をとるのがゆっくりになっていくのでしょう。
台所の“かまどさん”がボッボッボッと炎を揺らしてあいさつしてくれました。
かまどさんはいつも火の番をしてくれています。
頼めば火加減の調節もしてくれるので、とても助かります。
これまであまり使われていなかったようで、煤けて元気が無かったのをエマがピカピカに磨きあげたら、すっかり仲良しになってしまいました。
さて、野菜嫌いのお師匠様のために、野菜が柔らかくなるまで煮込んだスープを温めましょう。
ピーコは何を食べるのでしょう?
そう思って、この前お師匠様に尋ねたら、「何も食べないわよ。お前の魔法の力で生きているのだもの」と教えてくれました。
めずらしいこともあるものです。
いつもならお師匠様に何を尋ねても、つーんと顔をそらして、「自分で考えるのね」としか言わないのに……。
きっとお師匠様もピーコのことがかわいいのですね。
しっかり面倒をみろ⎯⎯と言いたいのでしょう。
ピーコは何も食べませんが、“魔法の種”をあげないと大きくなれず、いつまでもヒヨコのままなのだそうです。
“魔法の種”というのは、魔女が満月の次の夜明けに咲かせる“魔法の花”の種のことです。
“魔法の花”を咲かせることが、魔女見習いを卒業して一人前の魔女になる条件なのです。
「それなら、早く一人前の魔女になって、魔法の種を作れるようになります」⎯⎯とエマが言ったら、お師匠様はフンと鼻で笑って「お前もヒヨコみたいなものじゃないの。せいぜいヒヨコどうし、仲良くゆっくりしていれば良いのよ。十年でも、百年でも」⎯⎯と言いました。
お師匠様は自分のことを口下手だと言います。
人と話していると、すぐに喧嘩になってしまうので、なるべく人と話さないようにしているからだそうです。
⎯⎯口下手ってそういう意味だったかしら?
こっそり、辞書で調べてみたりもしましたが⎯⎯まあ、それはともかく。
エマから見たお師匠様は、かわいいし、面白いし、ちょっと意地悪だけどけっこう良い人なんですよ。
だからお師匠様が意地悪なことを言う時って、じつは何か意味があるんじゃないのかな?⎯⎯そんな気がするのです。
ふふふ。
お師匠様は、口では「自分で考えるのね」なんて言っていますが、たいてい翌日には、答えの書かれた本がエマの目につきやすい場所に置いてあったりするのですよ。
お師匠様を起こしにいく途中、玄関のホールを通りかかると、ピーコの先輩たちが集まっていました。
ネズミにカラスにモモンガ。みんなお師匠様が魔法で作った生き物です。とってもかわいいんですよ。
今日は雪が降っているので、ホールで読み書きの勉強をしているようです。
先生はフクロウの時計鳥、ホーさんです。ホーさんは二百歳を越えているそうです。
人の言葉も話せるんですよ。
「ホウホウ、文字を覚えるとできることが増えるホウ、がんばるホウ」
ピーコやホーさんたち、魔法の生き物についてもっと知りたくて、いろいろな本を読みました。
その中に気になる文章があったのです。
“魔法生物は契約者と命の時をともにするものである”
つまり、ご主人様が死ぬ時には魔法の生き物たちもいっしょに死んでしまう⎯⎯ということらしいのです。
エマは思わず、「そんな、ひどいわ!」と、さけびました。
ピーコが死ぬところを思いうかべてしまったからです。
その時、お師匠様はポツリと言いました。
「置いていかれるほうが、つらいこともあるのよ」
エマはハッとしました。
お師匠様の顔のほうが、とてもつらそうだったからです。
そういえば、ホーさんは二百歳を越えています。
⎯⎯ということは、お師匠様以外に、誰かホーさんのご主人様がいるはずです。
ホーさんのほうがお師匠様よりもずっと年上なのですから。
それは、いったい誰なのでしょう?
ホーさんはときどき、どこか遠くをじっと見つめていることがあります。
寂しそうな目で見つめるその先にあるのは、都の近くにある魔女の森でしょうか。
数十年前までは、その森に魔女が住んでいたのだと聞いたことがあります。
そこにホーさんの本当のご主人様がいるのでしょうか?
寂しそうなホーさんと、そんなホーさんを見てつらそうなお師匠様。
二人を見ていると、エマもつらい記憶を思い出してしまうのです。
⎯⎯いやあよぉ。いっしょにいくのぉ。
幼い子供の泣き声。エマの声です。
エマのお母さんが亡くなったのは、エマが五歳の時でした。
あの時、エマにはお父さんが、お父さんにはエマがいたから、二人でよりそい、乗りこえることができました。
お師匠様とホーさんも、もしかしたら誰かを失ったのでしょうか?
そして、その人がホーさんの、前のご主人様だったのでしょうか?
なぜホーさんは、前のご主人様から離れて、ここにいるのでしょうか?
それは、エマが立ち入ってはいけないことのような気がしました。
エマは、エマにできることをしましょう。
⎯⎯今は、おいしい物を作って、お師匠様に食べてもらうことよね。お師匠様が嫌いなニンジンを食べてもらうには、もう少し工夫が必要だわ。
そして、よくよく考えなければなりません。
自分が死ぬことなんて、これまで考えたこともありませんでしたが……。
ピーコにとってはどちらが幸せなのでしょう?
連れていくこと?
残していくこと?
⎯⎯うーん。よくわからないわ。ピーコの気持ちを聞こうにも、まだ小さくてピヨピヨしか言わないんだもの。
お師匠様が言うとおり、ピーコといっしょにゆっくり考えるしかないのでしょう。
まだまだ時間はあるはずです⎯⎯たぶん。
雪がとけたら、ほうきで飛ぶ訓練が始まります。
⎯⎯いつかピーコといっしょに空を飛ぶ時のために、がんばらなくちゃ。
雪にうもれた山の遅い春も、もうすぐそこまで来ていました。
おしまい