【序】
2021年正月三が日にお届けする「なぜか俺のヒザに」のスピンオフ!
今回はプロットとして存在していたのを再構成した話で、話的には第129部本編百二十一話と第130部本編百二十二話の間の時間軸となります。
ではお正月なのでお節料理など食べながらゆるりとお読み下さい! まずは【序】からです!
【序】
「エリンクス国王陛下からお呼び出しだって?」
「はい、火急の用事との事です」
披露晩餐会からひと月ほど経ったある日、「魔王の庭」から帰って来たら、うちの屋敷の完璧家令シモンからそう伝えられる俺。
まぁ俺も曲がりなりにも伯爵位を賜った身だし、王宮から毎月決まった給金も受けているから呼び出しに応じるのは吝かでは無いが……一体何の用事だろう?
「……わかった。直ぐに向かう事にするよ」
全く……こちとら迷宮から帰って来たばかりで何日か休もうと思っていたのだが…… 。
「宜しく御願い致します旦那様。それと氏族の皆さん全員で来て欲しいとの事も言付かっております」
「はぁ?」
ますます解らん! 俺だけじゃなくて氏族『神聖な黒騎士団』の皆んなにも用事があるとは! でもまあ国王陛下直々のお声掛けだし……仕方ない、疲れているところ申し訳ないがアン達にも声を掛けて行くとするか……はぁ。
俺はアン達が寛いでいる大広間へと向かいながら小さく溜め息をつく。
『ふむ……貧乏暇無しとはこの事を言うのですね』
いやコーゼスト、それは少し違うと思うんだが?
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とりあえず善は急げ、と言う訳でラーナルー市の冒険者ギルドにある非常用転移陣を使い、王都ギルド本部に全員で転移して来た。いつも思うのだがギルドの転移陣にうちのクランを一度に転移させるのギリギリなんだが? これ以上増えたら2班に分けないといけないかもしれん。
兎にも角にも王都ギルドに来たのだし、顔を出さないと何かと不味いだろうと言う事でグラマス殿が居る執務室を訪れる俺達。
「やぁやぁ良く来たね。待っていたよウィル君、皆んな」
そんな俺達をいつもと変わらぬ笑顔で出迎えてくれるグラマス。本気でこの人を怒らせてみたいと思うのは俺だけか?
「久しぶりだなグラマス──って今「待っていた」って言わなかったか?!」
「うん。君達の来訪は国王陛下から聞いているからね」
俺の疑問に爽やかな笑顔でそう言い切るグラマス。流石は国王陛下、仕事が早い。
「すると、国王陛下が俺達を呼んだ理由も知っているのか?」
「まぁそうなんだけどね……詳しい話は国王陛下がお話しになられるから、直接お聞きになると良いよ。僕の口からは何も言えないなぁ」
……まぁそうだろうな。国王陛下からの呼び出しなんだから。
「それでは王城に行くとしようか?」
そう言って執務椅子から腰をあげるグラマス。
「なんだ? グラマスも同行するのか?」
「うん! 僕は侯爵としてその話に関わっているしね。もう馬車は用意万端だよ!」
なんと言うか、グラマスも仕事が早いな!
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仕事が早いグラマスが用意した馬車3台で王城に向かう俺達。因みに1台目の馬車にはグラマスと俺、そして俺の婚約者達が乗り、他のメンバーは2台目と3台目に分乗してもらった。そして程なくして馬車の車列は王城に架かる跳ね橋を渡り、城門を潜り王城内へと進み入る。
城内では侍従長に先導され長い廊下と幾つもの階段を通ること暫し、漸く玉座の間まで来る事が出来た。通された玉座の間の奥の一段高い壇に置かれている玉座にエリンクス・フォン・ローゼンフェルト国王陛下がお座りになられていた。向かって右手にはマウリシオ宰相が、左手にはジュリアス・フォン・ローゼンフェルト殿下がそれぞれ控えている。玉座の前まで敷き詰められた赤い絨毯の上を進み出ると壇の手前で止まり、右膝を床に着き右手を左胸に当てて臣下の礼を執る俺達。
「エリンクス国王陛下、セルギウス・フォン・ライナルト、罷り越しました」
「エリンクス国王陛下、仰せによりウィルフレド・ハーヴィー並びに氏族『神聖な黒騎士団』、罷り越しました」
頭を垂れて畏まるグラマスと俺達。国王陛下はひとつ鷹揚に頷くと「大義である」と一言。
ここまでやっておいて何だが……本当に貴族って言うのは面倒臭い。こうした礼を失すると有らぬ所から俺らは元より国王陛下も悪く言われかねないからな。だからこうした様式美は大切な訳なんだが──やはり面倒臭い!
「ライナルト卿、そしてハーヴィー卿とその氏族の者達よ、楽にしてくれたまえ」
俺がそんな事を思っているのが伝わった訳ではないが、国王陛下は少し格好を崩してそう声を掛けられ、俺達は礼を解いて国王陛下の顔を漸く見る事が出来た──繰り返して言うが本ッ当に面倒臭い!!
「さて、早速だが今日はハーヴィー卿に用事があって来てもらったのだが……ああ、晩餐会でも話した通り、もっとくだけた物言いで構わんよ。その方が卿も楽であろう」
少し格好を崩したままそう話す国王陛下。そう言えばこの前の晩餐会でも言われたな。
「では……お久しぶりですエリンクス陛下、ジュリアス殿下」
国王陛下からの許可も下りたので早速楽な物言いに変える俺。マウリシオ宰相は渋い顔をしていたがそんなの知らん。
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そのあと、応接室に場所を変えて話をする事になった。何でも内密な話らしい──よほど重要な話なのか? グラマスは何やら知ってるとは思うんだが…… 。
「これで忌憚なく話す事が出来るな」
上座の豪奢な椅子に腰掛けながら国王陛下はそう話し始め、俺達は居住まいを正し耳を傾ける──どんな話を聞かされるやら…… 。
「さてハーヴィー卿、これから話す事は他言無用だ。良いな?」
国王陛下の言葉にひとつ深く頷く俺。他のメンバーも「決して口外致しません」と声に出して誓いをたてる。これは愈以てかなりの重要な話なのだろう、と身構える俺達。
「実はな……」
国王陛下の勿体ぶった物言いに誰かが唾をゴクッと飲み込む音が聞こえる──さてさて、一体どんな難問なんだろうな。俺もそう考え聞き耳を立てる。
「私を迷宮に連れて行って貰えまいか? 頼む!」
『『『『『はいィィィィーーッ?!』』』』』
国王陛下のまさかの懇願に思わず間が抜けた声を発してしまう俺とアン達。国王陛下の傍に腰掛けているジュリアス殿下とグラマスは苦笑を浮かべ、マウリシオ宰相は大きく溜め息をついている。
と言うか勿体ぶって話した内容がソレかい!? 俺らの無駄な緊張を返してくれ!! もっと何か大事かと思ったわ!!
そう国王陛下にツッコミを入れそうになり、思わずグッと堪える俺。それは流石に不敬だろう!
『マスターが突っ込みをしないとは……大人になられましたね』
そんな俺の態度を念話でそう評するコーゼスト。幾ら俺でもそれくらいは心得ているが?!
と言うか、お前は俺に喧嘩を売っているのか?!
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「えっと……国王陛下?」
とりあえず念話でコーゼストにはツッコミを入れつつ、俺は意を決して国王陛下に質問する。
「何だね、ハーヴィー卿?」
「大変言い難いんですが……迷宮探索はかなりの危険が伴います。日々の食事も質素ですし風呂も入れませんし、何より御身を護る騎士団をぞろぞろ連れて行く訳にもいきませんが?」
俺は先ずダンジョンの危険性と不便さを説明する。しかし国王陛下は
「ん? そこは勿論! 冒険するのだから食事や風呂云々を言う様な事はせん! それに騎士団など連れて行かなくともハーヴィー卿らに護って貰えば万事解決だろう?」
何だそんな事かとばかりに迷わず答えを返してくる。
「ぐっ、そ、そもそも公務はどうするんです!? 何日も王座を空けても大丈夫なんですか?!」
仕方ない、今度は正攻法で説得するしかない! しかし!
「その辺は心配無いぞ? そもそも私はここ何年も休みらしい休みを取っていなくてな。宰相ともその事を話し、纏まった休暇をと言う事になってな。折角なので1週間ほどの休暇を迷宮での冒険に宛てがおうと言う訳だ。むろん私が留守の間は妻のマティルダ王妃に公務を任せる事にしてあるのでな! はははははっ!」
「ヲイッ?!」
俺の正攻法もあえなく往なされてしまい不発に終わってしまった──いやいやマウリシオさんに王妃様! 何でこんな事をあっさり認めちゃったの?! と言うか国王陛下もナニ嬉しそうに話すの?! と、そこまで頭の中で突っ込んでから今の陛下との会話に更なる不穏な文言がある事に気付いた俺。
「……えっと、陛下。公務を王妃様に任せるって言いましたよね?」
「うむ! 言ったな!」
「この場合、公務はジュリアス殿下に任すのが普通だと思うんですが……」
「うん? 其れは勿論! ジュリアスも同行するからであるな!」
エリンクス国王陛下の最後のトドメとばかりの台詞に、俺は盛大に卓に突っ伏したのである。
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『大丈夫ですか?』
空中をふよふよ浮遊していた妖精体のコーゼストがテーブルに舞い降りると、突っ伏した俺の顔をつんつんと突っつく。それで何とか気を取り直した俺は気力を振り絞り、何とか体を起こすと
「いやいやいや! そんな超重要な事、初耳なんですけど?!」
何とか声を振り絞る。
「うむ! だから今話しているのだが?」
だが国王陛下の返事に再びテーブルに突っ伏す俺! アン以下のメンバー達も顔を引き攣らせている。それでも何とか再び顔を上げた俺は陛下の傍に座るジュリアス殿下に
「何でジュリアスも反対しなかったんだ?! て言うか一緒にとか信じられんわ!?」
半ばキレ気味に突っ込みを入れてしまう俺。言葉遣いがすっかり素に戻っているのは勘弁して欲しい。するとジュリアスも苦笑しつつ
「済まんな、ウィル。今回は父上がどうしてもと仰られてな。私が同行するのは父上が心配なのが半分、再び迷宮に行きたいのが半分なのだ」
そう正直に理由を話してくれる──それはもう爽やかな笑顔で。ジュリアスの台詞を聞いて俺は大きく溜め息をつくと、更にその傍に腰掛けているグラマスをジト目で見ながら
「……ったく、グラマスもグラマスだ。何でアンタは反対しなかったんだよ……」
思いっきり辛辣な言葉を投げ掛ける。本当に恨み言のひとつも言いたくなるぞ? 全く…… 。
「ごめんごめん。でもまぁエリンクス国王陛下の気持ちもわかるし、何より陛下本人がそうしたいと熱望しているしね。つい断り切れなかったんだよ。まあそれだけ陛下はウィル君達の事を高く買っているんだからひとつ宜しく頼むよ」
苦笑混じりで謝罪して来るグラマスに完全に毒気を抜かれる俺。
これはもう……反対するだけ無駄か……はぁ。
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結局国王陛下の押しに負けて俺は折れた。だって陛下なんか冒険譚を聞いて目を輝かす子供の様な顔をしていたし、何より俺が引き受けないと1人で何処ぞかのダンジョンに突撃しかねないし、そんな事になったらそれこそ大騒動になりかねない。
「はァ……全く……グラマス、ひとつ貸しだからな」
もう色々諦めて盛大な溜め息を吐きつつグラマスに小言を言う俺。グラマスは苦笑しつつも
「うん、そこは何れ何かで埋め合わせするから!」
と明言してくれたので、これ以上の追求はしないでおこう。
「良かったなジュリアス! ハーヴィー卿が引き受けてくれたぞッ!」
「父上、幾ら何でも燥ぎ過ぎです──済まないなウィル。無事帰ってきたら何らかの褒賞を君に贈ろうと思うので勘弁して欲しい」
片や国王陛下はやたら燥いでいるし、ジュリアスはそれを窘めつつ俺に軽く頭を下げて来ていた。それを見てまたもやツッコミたくなるが、それもまたグッと堪えると至極真っ当な疑問を口にする俺。
「はァ……それで? 何処の迷宮を陛下に案内するか、だが……まさかそれも俺に決めさせる訳じゃないよな?」
俺のこの台詞に反応したのはグラマス。
「無論そこは僕や王都ギルドで選定済だよ。今回ウィル君達に陛下を案内してもらうのは「小鬼の砦」さ」
そのグラマスの口から出た名前を聞いて昔を思い出される俺。「小鬼の砦」とは俺達みたいな冒険者が駆け出しの木──Eクラスから鉄──Dへと上がり、更に1人前と見られる銅──Cクラスへの昇級の為の試練として、冒険者ギルドが指定しているC級ダンジョンの名前なのだ。
「──まぁ、ソコなら他のダンジョンよりは安全か……」
「小鬼の砦」を陛下のダンジョン体験に選んだグラマスに納得する。
「小鬼の砦」はダンジョンと言っても五階層からなる城砦形のダンジョンでしかも内部の構造が単純なのである。
そして名前の通り小鬼を始めとして、DからCランクの魔物が居るだけのダンジョンで、冒険者のみならず傭兵団や騎士団が新人を鍛える為にも使われているのだ。
俺はそう過去に思いを馳せると、気を取り直して国王陛下とジュリアスに向き直り──特に国王陛下に対してダンジョンでの注意すべき事、必要最低限な準備等について打ち合わせるのであった。
俺……明日になったらストレスから禿げていないだろうな?
エリンクス国王陛下の「ダンジョンを体験したい」と言うわがままに付き合わされる羽目になったウィル! 本当ならそんな事は叶わぬ夢なのですが……スピンオフなので問題無しです(笑)
☆明日は【破】を10時にお送りいたします! お楽しみに!




