天使
言いたくはないが、45歳の独身だった俺は、エース級の童貞だ。
30を超えた当たりから、女性が発する言動に一喜一憂するどころか、恐怖を覚えていた。
いや、言葉だけじゃない。目線や避けるような仕草だけで、一日が絶望の一色に染まるのだ。
後輩が言っていたな。「先輩っ!? ブスでも良いからやってみなよ。世界が変わるから。そんなに大したことじゃなかったって…。自転車を初めて乗った日の記憶あります? 乗れる前と乗った後だと、全然印象違うじゃないですか? でも、あの程度ですよ?」
いやいや、違うんだ。俺ごときが、女性を評価するなんて、ありえないんだ。
「エイサルぅ…起きてよ、ねぇ。マニーが朝食作ってくれたよ?」
はぁ…はぁ…とんでもない、夢を見てしまった。
<コール:メンタルヘルス>
過去のトラウマを癒やすため、精神面を健康的に回復させる。
「お、おはよう。フラッツ。マニー? って?」
フラッツは、やれやれ顔で、女の子を指差した。
「あっ。昨日の…」
俺の悪い癖の一つに、女性を直視できない。見ても頭の映像にモザイクをかけてしまっているのだ。
だがメンタルヘルス後の俺には、マニーの姿がはっきりと見えた。
白いブラウスに黒いチェックのスカート。色白の整った顔に金髪のポニーテール…。
あ…天使だ。これ天使じゃね? 背丈は…フラッツと同じくらいか。10才ぐらいだろう。
「おはようございます。昨日は助けて頂きありがとうございます」
マニーは貴族出のため食事を作るのは初めてだったが、どうしても作りたいと申し出たためフラッツと一緒に作ったというのだ。
「マニー様、気を使わせてしまい申し訳ございませんでした」
跪き深々と謝罪をする。
「いえ、お顔をお上げください。私は…元貴族です。今は…奴隷。脱走した奴隷です」
悲しげな表情をするが、きっとこの女の子も忌み子なのだろう。
「大変失礼ですが、属性が問題なのでしょうか?」
「彼女の属性は紅。全く使い方がわからないんだって」
「そうか…。彼女に俺達のことは?」
「エイサルに確認する前に教えちゃったけど、怒らないでね」
「あぁ、同じ忌み子だ。問題ない。それよりも…何処の誰の奴隷なのか、教えてもらえないだろうか?」