次なる強化を求めて
「ふぁ~あ、おはようございます、ご主人様……」
「……ああ、おはよう」
呑気に伸びをするシトリーの横で、俺はゲッソリとしながら目を覚ました。予想はしていたが、精神的な疲れのせいで全く体が休まっていない。仕事に寝坊するよりはマシだったが。
「それで、これからどうするんですか?」
「そうだな……とりあえずの目標は、お前のレベル上限を突破するためのアイテム、『神秘の結晶』だ」
下位の魔物には、レベル上限が設定されている。シトリーの種族であるレッサーサキュバスなら上限は30で、自然界でそれ以上のレベルになることはない。
そうした上限を突破させることも魔物遣いのスキルの一つであり、シトリーのレベルを99まで上げられたのはそのためである。
だがレベル99の壁を越えるためには『神秘の結晶』という専用アイテムが必要であるため、それは現実に手に入れる必要があるのだ。夢の中で『神秘の結晶』を産み出そうともしたのだが、失敗してしまった。おそらく必要なアイテムを持っていない以上は不可能であると、俺の無意識がセーブをかけてしまっているのだろう。
「あれを現実世界で使えば、上限の突破が出来るはずだ」
「なるほど。レベル100を超えちゃうんなんて、魔王様の幹部クラスですね……」
未来の自分を想像して、パタパタと小さな羽根を動かすシトリー。つい昨日までレベル5だった彼女からすれば、正しく夢のような話だろう。
「だが、『神秘の結晶』はその辺で売ってるようなものじゃない。ここ数年で魔物遣いが増えて需要が急増して、市場には殆ど出回っていないからな」
魔物遣いという職業は歴史こそあれど、昔はその存在は軽視されていた。だが前魔王の討伐後、人間同士の戦争が起きる中で、魔物という便利な兵士を産み出せる魔物遣いの重要性が認められたのである。その立役者となったのが他ならぬ俺の父と、その一族だった。
そういうわけで、今は魔物遣いのなり手が非常に多く、『神秘の結晶』の供給が追いついていないのである。だが、シトリーを強化するためには、レベルの上限突破は必要不可欠だ。
「売ってないなら、どうするんですか?」
「決まっているだろう。自分で採りに行くんだよ」
俺はベッドから起き上がり、シトリーを真っ直ぐに見つめた。
「今日から俺も冒険者だ。力を貸してくれるか?」
「……はいっ! 任せてください!」
こうして俺達は、ギルドへと向かったのである。
◆ ◆ ◆
「へえー、ここがギルドですか。悪辣な冒険者共の巣窟ですね?」
「その冒険者の使い魔になったという自覚を持ってくれ」
俺とシトリーはギルドの前に立っていた。ちなみにシトリーをそのままの格好で出歩かせるわけにはいかないので、フードのついたローブを羽織らせている。
「だが、ここからは別行動だ」
「ええっ! どうしてですか!?」
「ギルドにいきなり魔物が入るわけにはいかないだろう。必要なときになったら俺が魔物遣いのスキルでちゃんと呼び出すからさ」
「……んもう、しょうがないですね」
しぶしぶといった感じだが、一応の理解は得られたようだ。「召還かあ、決め台詞とかあった方が……」とかブツブツと言っているが、聞かなかったことにしておく。
「じゃあまた後でな」
「あ、ちょっと待ってください! えいっ!」
シトリーが俺に手をかざすと、俺の体から倦怠感が消え、逆に活力が沸いてきた。
「これは……『淫魔の加護』か?」
「そうです! 私が覚えたスキルですから、当然現実でも使えますよ!」
「なるほど。おかげで随分楽になったよ。ありがとう、シトリー」
「えへへ」
俺から褒められて、はにかむように笑うシトリー。こうしていると彼女が魔物だということも忘れそうになる。
「じゃあ改めて、行って来るよ」
「はいっ! 何かあったらすぐに呼んで下さいね!」
そこでふと、気になったことを聞いてみた。
「ところでこの加護、効果時間はどれくらいなんだ?」
「一生です!」
「呪いじゃねえか」