初めての強化、そして……
「よし。では早速――『潜在能力解放・体力』『潜在能力解放・魔力』……」
俺は"魔物遣い"のスキルを片っ端から使い始めた。これはテイムしたモンスターの潜在能力を解放させるという中級スキルだ。"魔物遣い"のモンスターが野良のそれよりも勝るのはこのスキルによるものが大きい。
当然"魔物遣い"の腕によって解放できる限界はあるのだが、ここは俺の夢の中。元々持っていた力を100%引き出すことも思いのままである。
「……これでステータスが全体的に上がったはずだ」
「どれどれ……あ、本当です! 私のステータスがとんでもないことに!」
俺もステータスを見てみると、確かにあり得ない数値が並んでいた。シトリーは現在レベル5のレッサーサキュバスだが、そのステータスの合計値はレベル50のドラゴンと同程度のものだった。
「もしかして、このままレベルまで上げてもらったら私、史上最強のサキュバスになっちゃうんじゃ……!?」
「それなんだが……どうやらそれは難しそうだ」
「え? そうなんですか?」
「ああ。夢の中とはいえ不可能なこともあるんだよ」
夢の中では万能とも思っていた【明晰夢】だが、実は出来ないこともある。それは俺が無意識に『絶対にあり得ない』と思ってしまうようなことだ。
「例えば自分の夢で『イヌが喋りだす』ことは可能だが、『イスが喋りだす』ことは不可能なんだ。何故ならあまりにも現実離れしているというか、あり得なさ過ぎて無意識でセーブされてしまうから。『イスが喋る』なんて発想、普通はしないだろ?」
「『イヌが喋る』のもだいぶファンシーだと思いますけどね」
「……とにかく、そういう訳で出来ないこともある。いくら腕のいい"魔物遣い"でも、モンスターに無限に経験地を与えるスキルなんて無いからな」
「そうですね……」
シトリーはちょっと下を向いて考えた後、意を決したように俺に向き直った。
「あの……私の『レベルドレイン』ならどうですか?」
「ん?」
そういえばさっき見たときに、スキル欄に『レベルドレイン』とあったような。
「『レベルドレイン』って中位以上のサキュバスしか使えないスキルじゃなかったか?」
「えっと、私はお母さんが上位サキュバスだったので、たまたま生まれたときから使えるんですよ」
「なるほど、スキルの自然継承か。とんでもない確率だな」
スキルの継承というのは、親の魔物のスキルが子に遺伝する現象である。基本的には【配合】に秀でた"魔物遣い"だけが行なえるのだが、極稀に野生でも起きるとは聞いたことがあった。
「よし、試してみるか……今、俺のレベルを99にした」
「えっ!? ……あ、本当になってます」
「自分のレベルを上げるのは簡単なんだよ。最初から自分を『レベル99の勇者』だと思い込めばいいからな」
「そういうものなんですねえ……。それで、えっと」
シトリーは少し赤らんだ顔でモジモジとしている。
「ほ、本当にいいんですか? 『レベルドレイン』しちゃっても」
「ああ。本当に現実でもレベルが上がるかは微妙な所だが、試す価値はある。やってみてくれ」
そう言って俺は右手を差し出した。通常サキュバスは肌が触れていれば精気を吸い取れるというので、『レベルドレイン』も同じだと思っていたのだが。
シトリーは俺の手をとって腰に回し、そのまま顔を近づけて――って、え?
「ちょ、何してる!」
「何って……『レベルドレイン』ですよ」
「もしかして『レベルドレイン』ってキスしないと出来ないのか!?」
「いや、というか」
シトリーは顔を真っ赤にしながら、それでもはっきりと断言した。
「全部です」
「は?」
「全部しないと『レベルドレイン』は出来ないんです! だから何度も確認したじゃないですか!」
……ようやく合点がいった。だが俺にも心の準備というものがあるのだが。
「本当にこの方法しかないのか!?」
「ないんです! 大人しくしてください!」
俺はバタバタと抵抗したが、初対面の時と違ってあっさり押し倒されてしまった。下から見上げた彼女の顔は相変わらず真っ赤で、ついでにはぁはぁと息も漏れており、俺はその可憐さに思わず固まってしまった。
「大丈夫です。私も初めてですけど、ちゃんと頑張りますから――」
彼女が体を密着させてきて、その桜色の唇が迫り――
◆ ◆ ◆
結論から言うと、成功した。
「すごいです! 一気にレベルが10も上がっちゃいました!」
「……ああ、うん」
ぐったりとした俺と対照的に、大喜びしているシトリー。強化は俺から言い出したことであり、それが上手くいったのだから不満などある筈もないのだが。生まれてこの方、女の子と手を繋いだこともないこの身には、この体験はあまりにも……過ぎた。
「一回あたり10レベルってことは……あと9回も出来ますね!」
「正気か?」
◆ ◆ ◆
「ぜぇ、ぜぇ……」
「えへへ、これで5回目ですね♪」
「あの、そろそろ、マジで、きついんだけど」
「えー。あ、そんな時は……えい!」
シトリーの声と共に、俺の体に何かしらの魔法がかけられた。
「なんだこれ?」
その途端、俺の体の内側が燃えるように熱くなり、先程までの疲労感が吹き飛んだのだ。
「さっきレベルアップで覚えた『淫魔の加護』です! これがかかった人間は、身体能力向上、精力増強、飲まず食わずでも当分生きていけますよ!」
これで人間を生かしたまま精を吸い取れるというわけか。サキュバスに襲われて失踪した人間達、案外今も生きてるんじゃないだろうか。
「じゃあ次は……ご主人様から、してもらえますか?」
「……」
色々と言いたい事はあったのだが。
俺はこの時ばかりは、己の欲求に素直になってしまったのだった。『淫魔の加護』のせいということにしておこう。
◆ ◆ ◆
「はあっ、はあっ……あ、レベル99になってます! 10回終わりましたね!」
「…………」
シトリーの無邪気な声が聞こえるが、返事をする余力など到底無かった。
「いやぁ、私がサキュバスとして生を受けてから最高の体験でした……皆さんこんな良いことを楽しんでたんですね……しかもレベルも上がっちゃうし。もう最高です!」
「…………」
俺の人生において、夢の中でこんなに憔悴した状態になるのも初めてだと言ってやりたいのだが。
「ちょっとご主人様。たった10回でへばらないで下さいよ!」
「……13回だったが」
「あ、やりすぎちゃってました? てへへ♪」
全く悪びれる様子もないこのサキュバスに文句を言う気力すらも、今の俺にはなかった。
「というか、夢の中だったら自分を疲れさせないように出来ないんですか?」
あるいは、それも可能なのかもしれない。こういった行為に慣れて、冷静になる余裕があれば、の話だが。精神的な疲労は夢の中でも如何ともし難いものである。
「とにかく、これで現実に戻ってもレベル99のままだったら、強化は大成功ですね!」
「……途中で一回戻って確かめるよう言わなかったか?」
「聞こえませんでした」
「(絶対嘘だ)」
「じゃあ、先に現実世界に戻ります。ご主人様も早く来てくださいねー!」
俺が今日学んだ最も重要なこと。
それは、サキュバスという魔物の恐ろしさであった。