漁師達の酒場
「いらっしゃいませー! 船乗り達のオアシス、『サンセット』にようこそ!」
酒場に入った俺達を迎えたのはほぼ水着のような格好をした美女達の声と、それをかき消すほどの喧騒だった。
「わぁ、美味しそうな匂いですねえご主人様!」
「ふむ。懐かしい雰囲気じゃの」
店内のテーブルには所狭しと並べられた海鮮料理と、山のような酒が積まれている。それを口に運びながら大声で盛り上がっているのは、見るからに荒々しい海の男達だ。そんな様子を見て、ルキフェナだけが不満げに溜息をつく。
「はぁ。折角のバカンスですのに、どうして私がこのような獣の巣で飲み食いしなければいけませんの? 街中なら綺麗な店がいくらでもあったでしょうに」
「そう言うな。漁師達から話を聞くには今この場所が最適だ」
そう、俺達はただ食事をしに来たわけではなく、あくまでクエストのための情報収集が目的だ。とはいえ、せっかく来たのだから食事を楽しまないと損というものだ。俺達は案内された席に座ると、各々好きなものを食べ始めた。
「へえー、これが西側でしか採れないブルーロブスターですかあ。いつかのキラーロブスターを思い出しますねえ」
「このクラーケンの肝漬けも中々いけるのう!」
「ねぇシトリーさん、このジュースも美味しいですわよ?」
「わぁ綺麗な青色! いただきま――」
「それ酒じゃぞ」
「――っとあぶない! 私もうお酒は飲まないって言ったじゃないですかぁ!」
「あら残念」
いつものように騒ぐシトリー達。そんな様子を見てか、隣にいたチセさんが小さく微笑んだ。
「ふふっ。まるでギルドの酒場みたいですね」
「もしかしてホームシックですか?」
「もう、違いますよ! ただ、今まで私はこういうのを外から見ているだけでしたから。その輪の中にいることが、ちょっとだけ嬉しくて」
そう言ったチセさんの横顔は今まで見たことがない表情のように見えて、俺は思わず見蕩れてしまっていた。それに気付いたのか、慌ててチセさんが首を振る。
「す、すみません急に変なこと言っちゃって! ほらケインズさん、こっちのサラダを取りましょうか!」
「あ、ああ、はい。お願いします」
その時である。慌てて立ち上がったチセさんの椅子が、後ろの席の男達に勢いよくぶつかってしまったのだ。
「す、すみません!」
反射的に謝るチセさん。だが相手の男は大分酔っているようで、ふらふらとした足取りで立ち上がった。
「おうネェちゃん。アンタのせいで酒が服にこぼれちまったなあ!」
「ご、ごめんなさい! きちんと弁償します!」
「いやぁ、そんなことはしなくていいぜ! ただな――」
男は赤らんだ顔のまま目を細めた。
「謝罪は正確にしてもわねえとなあ。『私の立派な尻がすみません』ってよ!」
後ろの席の男達がゲラゲラと笑う。相当酔っ払っているのだろうが、これ以上は顔面蒼白なチセさんが可哀相だ。
「おい、ちょっとアンタら」
「なんだあモヤシ男! やろうってのかぁ!?」
胸倉を捕まれそうになったその瞬間――俺は背後からの殺気を察知して、瞬時に男の体を無理矢理かがませた。
「お――」
その刹那、男の顔が合った位置を凄まじい早さで何かが飛んで行った。命中することなく飛んで行って店の天井にめり込んだそれは、ワインのコルクだった。
「あら、失礼。この店はコルクまで活きがいいんですのねえ?」
ワインボトルを片手に持ったルキフェナが笑顔で言う。だが全く笑っていないその瞳を見て、絡んできた男は怯えた声を出した。
「ひ、ひいぃ……」
「その辺にしといてくれ、ルキフェナ。相手は酔っ払いだぞ」
「フン」
ルキフェナはつまらないとばかりに返事もせず、瓶に口をつけてゴクゴクと飲み始めた。……こいつも酔っ払いか。俺はルキフェナに何も言わず、腰を抜かした男に声を掛ける。
「脅かして悪かったな。その服は弁償するから、一つ穏便に済ませてくれないか?」
「その必要はありませんよ、ご主人様」
背後から声を掛けてきたのはシトリーだ。弁償するのが気に食わないのだろうか。
「おいシトリー、あのな……」
「だってその服、もう元通りですから」
「え?」
俺が倒れた男の服に目を向けると、確かに酒の跡が消えていた。まるで何事もなかったかのように。
「ご主人様が最初に会ったときに見せてくれた魔法ですよ。そんな安物の服くらい、簡単に直せます」
不機嫌そうに目を細めたまま淡々と言うシトリー。たしかに彼女のレベルならそれくらいの魔法が使えても不思議ではない。だが、彼女の正体を知らぬこの男達にとってはそうではなかったようだ。男達は脱兎の勢いで立ち上がると、そのまま店の外へと飛び出した。
「う、うわああぁぁぁ! 魔女だあああぁぁぁ!」
「おいボンクラ共! ウチの店でツケにするとはいい度胸だね!」
それを追いかけるかのように、店員の女性が料理用の刃物を持ったま駆けて行った。俺はその様子を見届けると、再び席に着いた。
「大丈夫ですか、チセさん?」
「は、はい。私は何とも……」
「シトリーもありがとな。お前がチセさんの為に手を貸してくれるとは思わなかったよ」
「べ、別にその人間のためじゃありません! ご主人様があんな男に借りを作って欲しくなかっただけです!」
シトリーはそっぽを向いたまま、手元のジュースを一息に飲み干した。チセさんと仲の悪そうだった彼女も、少しは歩み寄ってくれているということだろうか。
そんなことを考えていると、俺の背後から店員と思しき女性が声を掛けてきた。
「よぉ旦那方、さっきはウチの常連が馬鹿やってすまなかったね」
手に持った料理をテキパキと並べる彼女。日に焼けた浅黒い肌と結んだ黒髪が相まって、溌剌とした印象の女性だった。
「だが旦那も悪いんだぜ? こんな酔った男ばかりの店に、そんな美女を4人も連れて来るなんてさ」
「贅沢な連中だな。こんな美人に酒を注いで貰えるというのに」
「はっ、上手いねえ! 褒めても何も出ないよ! ……だが、話せることはある」
ケラケラと笑っていた彼女の様子が、瞬時に変わった。その目つきは相手を見定めようとギラギラと光る――まるで海賊だった。
「旦那方、タダ者じゃないね。さっきの様子を見るに冒険者だろう? ということは聞きたい話があるんじゃないのかい」
「……その通りだ」
俺は酒の回った頭をなんとか落ち着かせつつ言った。
「漁師から話を聞こうと思っていたが、あんたの方が色々知ってそうだな」
「そりゃあそうさ。アタシはこの『サンセット』の店主だからね。海に関する情報なら酒より多く入ってくるってもんさ」
俺より少し年上にしか見えないこの女性が、ここの店主らしい。
「だが当然タダとはいかないね。いい大人同士が腹を割って話すには、どうしたって酒が必要だ。旦那がアタシの分をもってくれるなら、その分口も回るってもんさ。いいだろ旦那? どうせ使うのはアンタの金じゃないんだから」
俺達が上位冒険者であることも、例のクエストの報酬制度についてもお見通しというわけだ。
「いいだろう。アンタはそこらの酔っ払いよりよほど頭が回りそうだ」
「契約成立ってわけだ。なぁに、大したことじゃないさ。これから話す内容も、アンタに払ってもらう酒代もね。――さて!」
女性は店員らしからぬ横柄な態度で、俺の正面にいたシトリーとルキフェナの間に割り込むように座った。
「では改めて名乗ろう。アタシの名はドーラ。この店の主であり、一番の情報通でもあり――ついでに、海賊の娘さ」
多用につき次回の更新は未定です。申し訳ございません。