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ルリエの街

「上級冒険者のケインズ様一行ですね。ルリエの街唯一の三ツ星ホテル『ノクターン』へようこそ! 私、当ホテルのオーナーでこの街の観光協会の会長も勤めております、クラフトと申します。以降お見知りおきを」


「ええと、どうも」


 あれから一週間後。ルリエの街を訪れた俺達を待っていたのは、予想以上の手厚い歓迎だった。ラルフの街では決して目にすることのないような高価な調度品が揃えられたロビーに、俺はすっかり気圧(けお)されてしまっていた。

 もっとも、浮かれているのは俺だけではないようだが。


「ふわぁ……綺麗なシャンデリアですねえ」


「ほう、これは海魚の剥製か? けったいな見た目じゃのう」


「お二人とも、田舎者丸出しですわよ?」


「なんじゃとぉ?」


 シトリー達も忙しなく辺りを見て周っている。クエストを受ける以上、彼女達も連れてくるのは当然のことだ。問題は、残りの一人である。


「チセさん、具合は大丈夫ですか?」


「ううっ……」


 楽しそうなシトリー達と対照的に、一人だけ青ざめた顔のチセさん。『難易度不明』である今回のクエストにはギルド職員の同行が必要なため、付いて来てもらったのだが。


「すみませんケインズさん、折角連れてきて貰ったのに……。でもまさかあんな方法で、文字通り飛んで来るとは……」


「それに関しては本当にすみませんでした!」


 ギルドからこのルリエの街までは、馬車でも一週間以上かかる。そのためシトリーの得意な風魔法である『スルーラ』を利用して移動してきたのだが、結界を貼っているとはいえ上空を高速で吹っ飛ぶ旅はチセさんには辛かったようだ。


「ケインズさん達は普段からこんな無茶な方法でクエストをこなしているんですか……?」


「そういうわけでは……」


 いや、よくよく考えれば普段からわりと無茶な目に遭ってきたかもしれないのだが。なまじ仲間の能力(ちから)でごり押せるため、その辺の感覚が麻痺していたかもしれない。とにかく今回だけはチセさんのために気をつけようと、俺は心に刻んだ。


「それで、クラフトさん。今回のクエストの依頼者も貴方ということで間違いないですか?」


「ええ、仰るとおり! どうか皆様の力で、この街の伝説を解き明かしていただきたい! 私共はそのお手伝いとして、快適な時間を提供できるよう精一杯努めさせていただきます!」


 初老のオーナーと共に、ホテルの従業員達が一斉に頭を下げた。これが一流ホテルのもてなしというものか。


「皆様長旅でお疲れでしょう。詳しいことはこの後お話させていただきますが、まずは少し部屋でお休みされてはいかがですか? よろしければご案内いたしますが」


「ええ、お願いします」


 こうして俺達は部屋へと案内されることになったのだが、その途中でチセさんが声を掛けて来た。


「あの、ちなみに部屋割りはどういう……」


「ああ、勿論一人一室ですよ。そこの3人は相部屋ですけど」


「あ、良かったです。皆さん普段は同じ家に住んでらっしゃるとそうなので、もしかしてと思って……」


 チセさんはシトリー達の方をチラチラ見ながら呟いた。


「そう、一緒に住んでるんですよね。サキュバスの方達と、一つ屋根の下で……」


「え? 何か言いました?」


「なんでもありません!」



  ◆     ◆     ◆


「さて、それではお話しましょう。今回の依頼(クエスト)について」


 到着から一時間後。俺とチセさん、そしてシトリーの3人は応接室のような場所でクラフト氏から話を聞いていた。ちなみにツバキとルキフェナは『面倒だからパス』だそうだ。


「このルリエー海沿岸は昔から海産物や資源が豊富で、今では大陸でも有数の観光都市です。その観光業を支える私達も、ここの素晴らしさは自負しております。しかし、この海には昔から妙な噂がありましてな」


「それが例の海底神殿とやらですか?」


「それだけなら良かったのですが……」


 クラフト氏から先程までの営業スマイルが消え、俄に真剣な表情になった。


「……実は以前より、極稀ですが妙なモノが見つかるのですよ。浜辺や漁師の網なんかで」


「妙なモノ?」


「なんとも形容し難いのですが、おそらく未知の生物、或いは魔物(モンスター)ではないかと……」


「なっ……街の人たちは大丈夫なんですか!? 」


 体調を取り戻したばかりのチセさんが、驚愕の声をあげた。クラフト氏は慌てて首を振る。


「いえいえいえ! 見つかるのは体の一部と思しきものばかりで、到底生きているようなものではありません。実際怪我人が出たという報告もありませんので、そこはご安心ください。ただし、どうにも不気味なものでして……」


 クラフト氏はお手上げとばかりに頭を振った。専門家でも冒険者でもない彼らにはどうしようもないのだろう。


「勿論、実際に被害が出ればすぐにギルドに届け出ますとも! しかし、何も分からない状態で悪戯に皆さんの不安を煽りたくはないと思っておりまして……信頼できる上級冒険者の方にのみ、このお話をさせていただいております」


「なるほど、だから上級冒険者をこれ程手厚く歓迎しているのですね」


 俺はここに来てようやく、あの不自然なクエスト募集の意味を理解していた。


「今までの調査も実を結んではいない。しかし何の成果もないのに依頼(クエスト)を募集し続け、おまけに冒険者を優遇しすぎるのも不自然だ。だから『この街を宣伝して欲しい』という交換条件をつけることで、世間の目を誤魔化しつつ上級冒険者を呼び寄せている、と」


「……全て仰る通りです」


 目論見を言い当てられ、クラフト氏は観念したようにがっくりと項垂(うなだ)れたが、すぐさま覇気を取り戻した。


「都合の悪いことを隠し続けてきた罪は認めます。しかし、この街も住民達の協力があってようやくここまで来れたのです! それを守る為にも、どうか力を貸していただきたい!」


 クラフト氏は立ち上がり、深々と俺達に頭を下げた。ここまでされては断れないだろう。


「事情は分かりました。俺達に出来ることなら手伝いましょう。それで、アテはあるんですか? まさか本当に海底神殿があるわけではないでしょうし」


「表向きは、普通に観光をしていただいて構いません。その最中で、何か気付いたことがあればお伝え下さい。ああそれと、海底神殿というのも完全に嘘というわけではなく、実際に見たという噂もあります。漁師なら詳しいかもしれません」


「なるほど。あくまで目立たないようにということで」


「はい! 何か一つでも新しいことが判れば、別途謝礼もさせていただきます! ケインズ様、どうかお願いします!」


「ええ、お任せ下さい。思った以上に楽しい旅行になりそうですね」


 俺の言葉を聞いて、不安そうだったチセさんもようやく笑顔を見せた。


「……はいっ! 頑張りましょう!」


 一方のシトリーは話を理解するのを諦めていたようで、齧っていたお菓子からようやく口を離した。


「あ、お話終わりました? 次はどこに行くんです?」


「もう夕方だし、海辺の酒場に行こう。漁師達からも話を――」


「あっ! 私エビ食べたいですエビ! それと樽に入ってるお酒!」


 ――こうして俺達のバカンス(という体裁のクエスト)は始まった。

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