次なるクエストへ
翌日の昼過ぎ。俺がギルドに入ると、真っ先に話し掛けてきたのはチセさんだった。
「あ、ケインズさん! 上位冒険者への昇格、おめでとうございます!」
「ええ、ありがとうございます」
「それにしても昨日の試験は凄かったですよ! 王都の実力者を"魔物遣い"がたった一人で倒しちゃうなんて、信じられません!」
「はは……」
まるで自分のことのように喜んでくれるチセさん。見知った相手にこうも真正面から褒められると、流石に照れ臭いのだが。
「あ、ごめんなさい一人で盛り上がっちゃって。昨日の今日ですからまだお疲れですよね? なんだか顔色も良くないですし」
「心配ないですよ、大したことじゃありませんから。それよりも、頼んでいたものは届いていますか?」
「はいっ! ちょっと待っててくださいね!」
一度奥に引っ込んだチセさんは、数枚の紙を手にして戻って来た。俺はそれを受け取ると、机の上に広げる。
「これが上位冒険者にしか受けられない、難易度『不明』のクエストですか」
「そうです。といっても、ウチみたいな平和な街のギルドにはそんなクエストは来ないので、ほとんどが王都のものですけどね」
クエストの難易度を決定付ける最も大きな要素は、当然敵となるモンスターの脅威度である。逆に言えば、それが分からない未知のモンスターの難易度は『不明』と表記する他ないのだ。そして、それを調査するのは上位冒険者にしか出来ない仕事である。
「しかし、これだけあるとどれを選べばいいのやら」
「そうですねえ……」
俺としては、今後の為にもより強い敵と戦いたいのだが。どんな敵が出てくるのか分からないのだから、クエストも選びようが無い。もう適当に決めるか、と言い掛けたところで。
「あー! 見つけましたよご主人様!」
壮大な音を立ててギルドに飛び込んできたのは、見慣れたシトリーの顔だった。
「なんだ、寝てるんじゃなかったのか?」
「そのつもりでしたけど、嫌な予感がして飛んできたんです! おはようございます、ただの受付さん!」
「あら……ごきげんようシトリーさん。もうとっくにお昼ですけどね」
チセさんの笑顔が、先程までとは違った業務的なものに変わる。いや、よく見ればどこか棘々しくも見えるのだが……気のせいだろう。
「それでご主人様、この受付の方と何をこそこそ話していたんですか?」
「別にこそこそはしていないんだが……」
俺はシトリーにクエストの件を説明した。シトリーはふんふんと聞いていたが、話が終わるや否や一枚の紙を手に取って言った。
「どれでもいいんですよね? じゃあこれにしましょうよ! 『ルリエー海での海底神殿の捜索』!」
「構わないが。どうしてこれなんだ?」
「いえ別に。海で遊びたいとか全く思っていませんよ?」
「本当だろうな……」
ルリエー海といえば、大陸の南西にある有名な行楽地である。近隣にあるルリエの街は観光・貿易・漁業で常に賑わっており、経済規模は王都に次ぐ程だという。
「しかし、こんな観光地に海底神殿とは眉唾だな。チセさん、これの詳細な資料はありますか?」
「ええ、こちらの記事によりますと……」
資料によると、依頼者は地元の観光協会らしい。ルリエの街には古くから伝わる海底神殿の伝説があり、それを証明してほしいとのことだ。ご丁寧なことに滞在中の宿泊費なども向こうが持ってくれるらしい。
ただし海底神殿を発見できなかった場合は、代わりに旅行ガイドに載せる記事を書いて欲しいとのことだ。
「……つまりは宣伝ってことか」
このクエストを受注できるのは実力のある上位冒険者のみ。その上位冒険者が太鼓判を押すなら、行ってみたいと思う観光客も増えるだろう。そうなれば旅費を出してもお釣りが来るという訳だ。
「強かな連中だな。この海底神殿とやら、本当に実在するのか?」
「えー、行きましょうよご主人様! 私達なら本当に何か見つけられるかもしれませんよ? そしたらもう大陸中で大騒ぎですよ!」
「まあ、行くだけ行ってみるか」
「やったぁ!」
シトリーは飛び上がって喜んだ。このクエストは正直かなり胡散臭いのだが、まあ偶にはいいだろう。シトリー達にも色々付き合わせてばかりだしな。
「では、こちらで手続きを進めておきますね。お気をつけて」
チセさんはどこか羨ましそうな顔で俺とシトリーを見ていた。そういえば俺がギルド職員だった頃、チセさんとルリエの街の話をしたことがあったな。『行ってみたいですけど、ただの職員には手が届きませんねえ』なんて。
「あ、チセさんも一緒に来ます?」
「えっ?」
「え?」
俺の一言で、チセさんとシトリーが固まる。思わぬ反応に焦り、俺は思わず早口で付け足した。
「いや、難易度不明のクエストには報告者としてギルドの職員が付きますよね? 通常なら受注元である王都のギルド職員が付くでしょうけど、チセさんでもいいんじゃないですか?」
「……はっ、確かに! ちょっと私、リーダーとギルド長に聞いてきます!」
そう言うとチセさんはギルドの奥へと駆け込んで行った。それと入れ替わるようにして、シトリーが俺の前に立ちはだかる。
「ちょっとご主人様! どうして私達の旅行に水を差すんですか!」
「やっぱり旅行気分だったのか」
「うっ」
「あのなあ、これは正式な依頼なんだぞ? お目付け役がいないと、どうせ調査もせずに遊び呆けるだろ」
「ううっ」
「俺としても、どうせ職員が付いてくるなら親しい相手のほうがいいしな」
「親しいから問題なんですけど……」
シトリーはブツブツと文句を言っていたが、気にしないことにする。そうしているうちに、チセさんがこちらに駆けて来た。
「はぁっ、はぁっ、ケインズさん! 許可が出ました! 私も連れて行ってください!」
「勿論ですよ。しかし、あのギルド長がよく許可を出しましたね」
「最初は渋ってましたけど、ケインズさんの名前を出したらすぐに許可が出ましたよ」
「ああ……」
昨日の件もあったばかりで、もう俺には関わりたくないのだろう。好都合なことだ。
「では色々準備して、一週間後に出発でいいですか?」
「はい! よろしくお願いします!」
チセさんは息を切らしながらも、笑顔で俺の手を取る。それを見ながら呻っていたシトリーが、急に飛び上がった。
「はっ! 水着買ってこないと!」
慌しくギルドから飛び出して行くシトリー。
「あ、じゃあ私もこれで……」
それを見ていたチセさんも、急にそわそわした様子でギルドの奥へと戻っていった。……もしかして、買う気なんだろうか。
残された俺は一人、辺りに散らばった紙を拾うのだった。