決意の夜
「さて、これで正式に上位冒険者になったわけだが」
認定試験は無事に終了し、俺はギルドから正式に上位冒険者の地位を保証された。つまりそれは、このラルフの街にとっての最高戦力の一画として認められたということに等しい。これからは冒険者の枠組みを越えた様々な活動ができるようになった――わけなのだが。
「ここで一度、今後の目標と、俺達の活動方針についてはっきりさせておきたい」
先日のサイタス氏との会話で、俺は自分がどういう存在か思い出させられていた。それも含めて、今後の進むべき道を仲間達に示しておこうと思ったのだ。
自室に集まった3人の仲間達は、俺の話を真面目に聞いているように見えた。もっとも、腹の底で何を考えているかは分からないのだが。
「ふん。そう畏まるなよ、主殿? 儂らはお主の望むままに動くともさ。余程のことがない限りな」
目を細めたツバキが口元をニヤリと吊り上げて言った。この3人の中では最も頭が回り、かつ『魔物』としての確固たる価値観を持っているのが彼女だ。それなりに信頼されているとはいえ、決して気を抜ける相手ではない。
「あらあら、厭らしい狐畜生ですわねえ。私は貴方の望むまま、何でも致しますわよ? ねえ、我が主」
宙で静止したままこちらに笑顔を向けるルキフェナについては、言うまでもない。妙な経緯から仲間になったものの、彼女の本性は先の事件から少しも変わっていないだろう。元天使である彼女こそが、魔物以上に人間を軽視している存在だというのは皮肉な話だ。
「ご主人様、私は難しい話は分かりませんけど……でも、ご主人様のこと、信じています!」
最後に目を向けたのは、俺の最初の仲間であり、かつては落ちこぼれと言われていたサキュバス――シトリーだった。彼女の信頼を裏切らない為にも、道を踏み外すわけにはいかない。
俺は一つ大きく深呼吸すると、仲間達に向けて語りだした。
「俺は"魔物遣い"の才能がないと言われ、本家より勘当された身だ。そんな俺が【明晰夢】という固有スキルを通じて、お前達のような強力な仲間が出来た。それは誇らしくもあるし、本家を見返してやりたいという気持ちもある」
これは俺の正直な感情だった。今すぐ王都に殴りこんだとしたらどれ程痛快だろう、というバカな考えが頭を過ぎったことは一度や二度ではない。
「だが一方で、クエストをこなすことでギルドや街の人達の助けになることの嬉しさも、確かにあった。正直今の俺達ならば殆どのクエストは速攻終わらせることが出来るだろうし、そうすればこの街の人達の暮らしも大分良くなるだろう」
最初はザリガニ退治から始まったクエストも、今では殆どが朝飯前の内容だ。単純な戦闘は勿論のこと、シトリーの多彩な魔法やツバキの術があれば大抵のクエストは一瞬でクリアできる。
「――つまり主殿は、復讐よりも人助けを選ぶと、そう言いたいのじゃな?」
そう問いかけるツバキの細めた目には、様々な感情が見え隠れしていた。それは決して、好感情ばかりではないように見える。俺はその目を正面から見据えて答えた。
「いや、違う。復讐にしろ人助けにしろ、やれば気が晴れることは間違いない。だが俺にとっての最終目標は、そんなことじゃない」
「ほう」
ツバキの目が一瞬見開かれて丸くなる。
「では聞こうか、主殿。お主の目指すべきものとはなんじゃ?」
それまで興味なさげだったルキフェナも、面白そうだとばかりに俺の顔を覗きこんでいる。そして視界の反対側には、心配そうなシトリーの顔も見えた。
「俺が目指すもの……それは、」
再び深呼吸してから、俺ははっきりと宣言した。
「――最強の"魔物遣い"だ」
たっぷり5秒は空いただろうか。沈黙を破ったのは、二人分の笑い声だった。
「くっ、くっくくっ……あっはっはっはっは! 言うことに欠いて『最強』じゃと? 主殿は歳の割りには老獪な人間じゃと思っておったが、見方を変えねばならんのう!」
「ふっ、ふふふっ……。いえ、何もおかしくはありませんよ? 時代の英雄と呼ばれた人間達は皆、口をそろえて言っておりますからねえ。ええ、それはもう滑稽なまでに……ふふっ……!」
「……」
俺は何も言えず固まったまま、自分の顔が赤くなっていくのをどうしたら止められるかだけを考えていた。
「ま、ご主人様! 私は笑いませんよ! どんなに壮大な夢でも、見るのは人の自由ですからね! ……ふへっ」
「笑ってるじゃねえか」
俺なりに考えて出した結論だったのだが、どうやらこいつらには受け入れられなかったらしい。これだからサキュバスとかいう享楽的な生き方の連中は。
「はあ、分かってるよ。どんなスキルや肩書きがあろうとレベル15の冒険者がそう言っていたら滑稽だろうさ」
「そこまで分かってるのに、なんであんな真顔で宣言できたんですか?」
「これ、よさんかルキフェナ! 人間の青少年にはありがちなことなんじゃ! 儂らの主人にはまだ少年の心が残っておるのじゃ! ……くくっ」
「フォローする気あるのか?」
俺は天井を仰いで、ふぅと溜息をついた。
「とにかく、俺のその馬鹿げた目標のために、お前達には更に強くなってもらうからな。覚悟しろよ」
「……あの、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
声を殺して笑っていたシトリーが、ようやく真面目な顔で質問してきた。
「今の強さでも大抵の敵は倒せますし、クエストをこなすだけで名誉も財産も思いのままだと思うんですけど……どうしてもっと強くなりたいんですか?」
「それは――」
確かに、今のシトリー達の強さでも倒せない敵などほとんどいない筈だ。このまま実績を重ねて行けば相当上の地位を得ることも出来るだろう。それに、街の人たちの助けになるだけなら、今のままでも十分だ。それでもなお、強さを求める理由は――
「自分がどこまで行けるか、試したいんだ。まだ世界には俺に思いもよらない強敵や、強化の方法もあるかもしれない。クエストや人助けはそれを求める中でも出来る筈だ。まあ勿論、それはお前達の協力あってのことだけどな。だから頼む、力を貸してくれないか」
俺がそう言って仲間3人を見回すと、その顔には先程までとは異なる笑顔が浮かんでいた。
「――ええ、結構。この私を使役するのですから、人並みの幸せなど求められては困ります。その馬鹿げた夢、神に代わってこの堕天使が聞き入れましょう」
ルキフェナは聖母かのように微笑んだ。
「やれやれ、単なるお人好しなら適当なところで愛想が尽きると思っていたんじゃがのう。お主のような馬鹿者を見たのは久方ぶりじゃ。仕方がない、約束どおり最後まで付き合うとしようか」
ツバキはやれやれと首と尻尾を振った。
「落ちこぼれのサキュバスだった私を、ここまで強くしてくれたのはご主人様の力です。だからこれからもご主人様のためなら力は惜しみません。というか、責任をとって貰わないと困ります!」
シトリーは最後にそう言うと、正面から俺に抱きついてきた。
彼女なりの愛情表現なのだろうが、夢の中でもない現実世界でそのようなことをされると困るので、一旦身体を引き離しておく。
「あん、ご主人様のいけずぅ!」
「……とにかく、話はまとまったな。これからもよろしく頼むぞ、お前達。では早速だが、明日からこの未開のダンジョンに潜ろうと――」
「ああ、その前にちょっとよいかな、主殿」
具体的な話を始めようとしたところ、ツバキから待ったをかけられた。
「せっかくの機会なんじゃし、今宵は儂らと主殿で一層の絆を深めてはどうかの? 最近ご無沙汰じゃったしのう」
「はっ?」
「あら、いいですわねえ。私、結局あれ以来まともにお恵みを頂いてませんわ?」
「いや、ちょっと」
シトリーを引き剥がしたばかりの俺に、ツバキとルキフェナまでもが迫ってくる。露出の多い現実の身体を目の前にして、思わず狼狽してしまうのが自分でも悲しい。
「シ、シトリー! お前はこういうの反対だったんじゃないのか!?」
「あー、そうですねえ。まあ同じ釜の飯を食べた仲といいますか、これも結束を深める為ということで……」
「おお、話が分かるようになってきたではないか」
「あ、でも現実じゃダメですよ? 今の私達が本気で『エナジードレイン』なんてしたらご主人様、一瞬で干物になっちゃいますから」
「それもそうですわね。腹上死は地獄行きとも言いますし。さあ主よ、早く寝てくださる?」
「そうじゃ、一緒に寝るぞ主殿!」
「あ、コラ! くっついて寝るのは禁止です!」
俺達の新たな出発の前夜は、このような形で更けていくのだった。