決闘
話は今朝へと遡る。【明晰夢】での訓練を終えて目覚めた俺に、シトリーが渡したい物があると言ってきたのだ。
「これは?」
「はい! 私達サキュバスに伝わる上級マジックアイテム、その名も『奴隷の剣』です!」
「呪いの武器か?」
話を聞くと、これは上位のサキュバスが自分の身を守る為に、支配した相手、つまりは性奴隷に与える武器らしい。これを装備しただけで、普通の人間でも魔物と対等に戦える程の強さを得るという。
「とはいえ、ボロボロの錆びた剣にしか見えないんだが」
「この剣は奴隷から精気を吸い取るほど強くなるんです! だから『サキュバスの加護』を受けた精力が強い人ほど強くなるんですよ!」
つまり、サキュバスにとっては人間を餌であり盾にもなる存在に仕立て上げられるというわけだ。ただエロいだけの魔物かと思っていたのだが、生き残る為に色々と考えているらしい。
「なるほどな。ところで『精力が強い』って連呼されると微妙なんだが」
「えっ? サキュバス的には最高の褒め言葉なんですけど」
◆ ◆ ◆
「はあぁっ!」
女騎士が放った一撃を、俺はなんなく躱した。その一撃はまともに喰らえば絶命しかねない程だが、『サキュバスの加護』で身体能力が上がった今の俺には当たらない。バランスを崩した隙を突くようにして、『奴隷の剣』での一撃を加える。
「がはッ!?」
女騎士は持ち前の技能で防御するが、『奴隷の剣』はそれを上回るほどの衝撃を与えたようだ。レベル300の『サキュバスの加護』により強化された体力と精力、そしてそれを吸収して強くなる『奴隷の剣』。その力の前に、たった30程度のレベル差など無いに等しかった。
「下がりなさいヴィーラ! 『ダークバインド』!」
背後にいた魔女の杖から黒い影が伸び、俺の体を拘束する。だが、それもほんの一瞬のことだ。俺が軽く腕を振るっただけで、影は瞬く間に消えうせた。
「ウソでしょ!?」
驚くのも無理はない。俺のようなレベル15の冒険者が、あらゆる呪いを寄せ付けない『神獣の加護』を持っていることなど、普通はあり得ないのだから。
「ひいぃっ!」
俺は標的を騎士から魔女の方に移す。だがその瞬間、甘ったるい声が耳に入った。
「ねぇお兄さん、私と遊ばなぁい?」
いつの間に移動したのだろうか、俺の真隣にバニーガールがいた。勿論ただのバニーガールではなく、『誘惑』などの搦め手を使う"遊び人"の職業だろう。
「お兄さん、サキュバスの子達を囲っちゃうくらいスケベさんなんでしょ? そんな剣なんて捨てて、私ともっといいコトしましょ?」
俺の動きが止まったのを見ていけると思ったのか、淫らな表情を浮かべて誘惑してくるバニーガール。だが次の瞬間、その付け耳は無慈悲にも切り裂かれていた。
「……は、えっ?」
「サキュバスに囲われてるような男が、簡単に誘惑に乗ると思うか?」
「ひっ……!」
バニーガールは憐れにもその場にへたり込んだ。こいつはしばらくは戦闘不能だろうから放っておく。そしてその様子を見てか、とうとう本命の男が口を開いた。
「クリス、ミレーネ、もういい。下がっていてくれ」
長髪の"聖剣士"、クローレフは静かに剣を構えた。
「遅かったじゃないか。まさか怖気づいていたとは言わないよな」
「まさか。ただ僕の剣は加減が効かなくてね――というのも」
男が手にしていた鞘を抜くと、その煌く刀身が露になる。その美しさに周囲の観客達も息を呑んだようだ。
「僕の剣――聖剣グラムは、魔の者を打ち倒す為に天使が施したといわれる本物の聖剣だ。サキュバスを従えているような君が相手では、一撃で絶命してもおかしくない。だから最初は、僕以外の3人に任せようと思っていたんだ」
「お優しいことだな」
「ああ、僕の考えは甘かった! 君の力は明らかに異様だ! たったレベル15の"魔物遣い"が、どうしてレベル50近い相手3人に勝てるんだ!? それにその怪しい剣も、拘束魔法を跳ね除けたのも、明らかに不自然だろ!?」
「……返す言葉もない」
最初は鼻持ちならない奴だと思っていたが、次第に申し訳なくなってきていた。俺が手にした力はほとんどが仲間のサキュバスから貰ったものであり、真っ当な強さとは言い難いものだからだ。
だがそんな俺とは対照的に、クローレフは本気の決意に満ちた声で言った。
「ここからは本気の戦いだ。例えそれで君を死なせてしまったとしても後悔しない。だから君も――僕を殺すつもりで来い! うおおおぉぉぉ!」
相手が突進してくるのを見ながら、俺はどうしたものかと考えていた。当然殺すつもりはないのだが、この様子では下手に加減をしても納得しないだろう。
そうなれば、あのギルド長のことだから試合は無効などと言い出しかねない。…仕方がないか。
「でりゃあああぁぁぁ!!」
レベル50の"聖剣士"が振り降ろした剣はガギィンと鈍い金属音を立てた。だが、その刃が俺の体に届くことはなく、その代わりにドスンと鈍い音が少し離れた所から響いた。
「ひ、ひいぃっ!?」
音を立てたのは、半ばから真っ二つに折られた聖剣グラム。そしてその破片が、ギルド長の目と鼻の先の地面に突き刺さっていたのである。
「なっ……せ、聖剣が、折られただと!?」
「決着ということでいいですね? ギルド長」
俺は今回の元凶であるギルド長の方に歩み寄る。ギルド長はまるで化け物でも見るかのような目で俺を見ながら、ガタガタと足を震わせていた。
「な、き、貴様……!」
「これでもまだ不十分だと言うのなら――」
俺はギルド長の足元に転がった聖剣の一部を拾い上げると、そのまま素手でバキバキと潰しながら言った。
「次はちょっと怪我して貰うしかありませんね。……ああ勿論、対戦相手を、ですよ?」
「わわ、分かった! 認める! お前の上級への昇格を認めよう!」
一拍置いて、周囲は歓声に包まれる。俺が会場の中央に戻ると、そこには打ちひしがれた対戦相手がいた。
「な、何なんだ君は……明らかに魔の力を宿しているのに、聖剣を砕くなど……」
「確かに俺のは魔物寄りの力だが、だからといって聖属性が天敵ってわけじゃない。例えば、堕天使の力とかな」
俺は観客席ではしゃいでいるルキフェナを見ながら言った。彼女から与えられた力、『堕天使の加護』。それは天使を初めとした聖属性に対する強力な特効を宿すという、類稀なる力だった。
「それと、あの聖剣は本物のグラムじゃない。伝承のグラムは魔剣だからな」
「――」
グランバレルの家にいた頃に、伝説の武器に関する書物は散々読んだ。だから分かるのだが、聖剣グラムなどというものは存在しない。
「――そうか。僕の剣も、実力も、全ては偽りだったのだな……」
クローレフの顔からは、完全に試合前までの輝きが失われていた。彼からすればたったレベル15の相手に負け、自慢の剣まで折られたのだから無理もないだろう。
「いや、本物だったものもあるさ」
「なに……?」
今にも崩れ落ちそうな剣士を支えるように現れたのは、あの3人の仲間達だった。
「おい、しっかりしろクローレフ! こんな所で心折れてる場合か!」
「そうよ、私はアンタの剣に惚れたわけじゃないし……って、何言わせんのよ!」
「ほら、クローレフ様、早く立って! こっちの剣は折られてないんでしょ?」
「お前たち……」
仲間達に支えられ、剣士はようやく立ち上がった。その目には先程までには無かった、決意に満ちた光が宿っている。
「……"魔物遣い"ケインズ! 今日は完敗だったが、僕達はいつか君を越えてみせるぞ!」
「ああ、達者でな」
上位冒険者になれば、また合間見えることもあるだろう。俺も仲間達の下へと向かうことにした。
「ああ、ご主人様の精気はやっぱり最高の味です! わざわざあの『奴隷の剣』を手に入れた甲斐がありました!」
「これ、儂にも少し寄越さぬか! 儂の加護がなければ負けておったかもしれんのじゃぞ!?」
「それより見ましたか? クソ天使共が作った剣を粉々に砕いたあの主の雄姿を! ああ、私もいつかはあんな風にメチャクチャに……」
……残念ながら、仲間の人格面では完敗のようだ。