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過去との決別

「会議の為に君の事を調べさせてもらったのだが、2年前にこの街に来るまでの素性がほとんど分からなくてね。堕天使や神獣族までもを従えるほどの"魔物遣い(テイマー)"とは一体何者なのか? だがそれも、あの名門グランバレルの一族であるというなら頷ける! 顔を見た時はまさかと思ったのだが――」


 嬉しそうに語るサイタス氏の言葉は、俺の耳に半分も届いていなかった。『グランバレル』。それはかつての俺の本名であり、そして2年前に捨てた名前だ。いや、捨てられたのは俺の方か。


『我が一族に不要な存在だ。本日よりグランバレルを名乗ることは許さん』


『二度と儂に顔を見るな』


 2年前のあの日のことは、今でも鮮明に憶えている。尊敬していた父や優しかった親族達に見放されたあの瞬間の、背骨の中に氷水を流されるような感覚。俺は思わず吐きそうになりながらも、何とか言葉を搾り出した。


「……人違いです。俺はグランバレルなどという名ではありません」


「何? しかし――」


 困惑の表情を浮かべるサイタス氏に、俺ははっきりと告げた。


「上位冒険者への推薦を受けていただいたことは感謝していますし、この国と国民のために尽くすことは約束します。しかし、それは私自身の、元ギルド職員としての意思です」


 もし俺があのままグランバレル家の後継者としての人生を送っていたら、今のような他人のために何かをしたいという想いはなかっただろう。ギルドの職員や冒険者、そして街の人たちとの繋がりがあったからこそ、今の俺があるのだ。そのことに後悔などある筈がない。


「自分の"魔物遣い(テイマー)"としての強さは保証しますが、それは信頼してくれる仲間達と、街やギルドの皆さんがあってのものです。それ以外のバックボーンなど無いという事を、ここで宣言しておきます」


「……分かった。気分を害してしまってすまない。懐かしい雰囲気を感じて、つい喋りすぎてしまったようだ」


 サイタス氏は頭を下げて言った。思えば、彼も"魔物遣い(テイマー)"であると言っていたし、グランバレル家と何らかの繋がりがあるのだろうか。


「いえ、こちらこそ失礼しました。とにかく推薦いただいた皆さんの期待に応えられるよう、全力を尽くします」


「ああ。君の実力なら問題ないだろう。もっとも、ここのギルド長は随分君の事を敵視しているようだったし、何か仕掛けてくるかもしれないが……。気をつけてくれよ」


「はい、ありがとうございます」


 俺はサイタス氏と別れ、ようやく帰路に着いた。



   ◆     ◆     ◆


「おかえりなさい、ご主人様(マスター)!」


 自宅に戻った俺を出迎えてくれたのはシトリーだった。部屋の中ではツバキとルキフェナが取っ組み合いをしている。


「わが(マスター)がこんなボロ小屋に寝泊りしているのも不満ですが、まあ良しとしましょう。何で部屋の中に草の束が転がっているんですか!?」


「ぬおぃ! これは儂の故郷から取り寄せた高級な寝床じゃぞ! この香りの良さが分からんのか!?」


「これだからケダモノは! これを材料にして外に犬小屋でも作って差し上げましょうか!?」


 こいつらもクエストから今日戻ったばかりだというのに、どうしてこんなに元気なんだろうか。俺は二人を落ち着かせると、ギルドでの話をした。


「……というわけで、上位冒険者の認定試験を受けることになったので、協力してほしいんだが」


「流石はご主人様(マスター)ですね! レベル15の上位冒険者なんて史上初じゃないですか!?」


「ふん。この(わたくし)を従えるのですから、それくらいなって貰わないと困りますわ」


 まるで自分のことのように喜ぶシトリーと、相変わらず捻くれているルキフェナ。だがもう一人、もっと捻くれた奴がいた。


「はぁ、上位冒険者のう。人間共は本当に階級付けが好きじゃなあ。そんな尺度など人間間でしか意味を為さぬわ。それよりもっと美味い酒でも貰って来れんのか?」


 ツバキは死守した寝床に転がったまま、退屈そうに欠伸をしていた。人間に関心がないのは分かるが、こう露骨にされるとあまり気持ちの良いものではない。たまには少しからかってやろうか。


「そういえば今日、お前の大好きなエレオノーラさんに会ったぞ」


「なんじゃとぉ!?」


 寝た体勢のまま跳び上がり、空中で姿勢を戻そうとするも失敗し、顔面から着地するツバキ。馬鹿な動物っぽくて実に可愛らしい。


「お前のことは何も言ってなかったから安心していいぞ」


「ほ、本当じゃろうな!? あれは笑顔で儂の尻尾を燃やすような女じゃぞ!?」


「まあ俺のことを推薦してくれた位だし、これからちょくちょく会うことになるかもな」


「おおおおぉぉぉぉ……」


 まるでこの世の終わりのような顔をして、ツバキは尻尾を丸めてうつ伏せに倒れた。


「それよりシトリー、例の固有(ユニーク)魔法の件だが」


「あー……すみません」


「また練習しよう。今日この後もいいか?」


「はいっ!」


「あら我が(マスター)。今日はお疲れでしょうから、(わたくし)が天使族にしか出来ない羽プレイでご奉仕して差し上げようと思いましたのに」


「お前は絶対に来るな」


「羽プレイくらいハーピー系サキュバスでも出来ますけど?」


「お前は早く来い」


 こうして今夜も、俺は【明晰夢】の世界に入ったのだった。

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