諮問会議
普通の冒険者なら一生お目にかかることの無い、ギルドの中でも豪奢な会議室。そこに一歩足を踏み入れた俺は、様々な思惑の混じった視線に晒された。
「ふむ、君達が冒険者側の代表者か。まあかけてくれたまえ」
部屋の一番奥に座った議長と思われる髭の男に勧められ、俺達は席についた。格好から察するに、あれは王国のギルド本部の人間だろう。
ギルドの運営は通常その街に一任されており、王国から直々に関与することなどまず有り得ない。今回の件をそれだけ重く見ているということだろうか。
「えー、では代表者のケインズ君。報告を求めてもよいかね?」
「はい」
俺は慎重に言葉を選びながら、それでいて簡潔に、今回の事件について述べた。相手は王国ギルド直参の職員。僅かな綻びも見せてはならない。
「……以上が事件の経緯です。どうかテレジアの村に寛大な処置を」
「ふむ。君は随分気にかけているようだが、我々が村をどうこうしようという気はないから安心したまえ。我々が気にかけるべきことは、本当に問題が解決されたのかどうかだ」
髭の男は優しげな表情を浮かべながらも、その目の奥は笑っていない。
「今回の事件の黒幕を無力化したというが、その証拠はあるのかね? 君の言い方からすれば、討伐し損なって逃げられたようにも聞こえるが?」
「それは……」
俺は思わず言葉に詰まった。なんとか誤魔化すべきだろうか? いや、今この場を切り抜けたとしても、いつまでも隠し通すことは不可能だろう。ならばいっそ、ここは正直に――
「……俺の"魔物遣い"のスキルで、契約を交わしました。よって今後人間に危害を加えることはありません」
俺の言葉が終わらないうちに、会場からざわめきの声があがった。無理もないことだろう。"魔物遣い"が討伐対象の魔物を手なずけること自体は、決して珍しいことではない。だが、相手は4つもの上位パーティーを壊滅させ、おまけに強力な『洗脳』スキルまで有する魔物だ。俺のような下位冒険者が手なずけることなど普通は不可能であるし、信じろと言う方が無理がある。
「馬鹿がっ! 貴様のような駆け出しの"魔物遣い"が、どのように契約を交わしたというのだ!? まさか貴様、今も操られているのではあるまいな!」
案の定声を荒げたのは、ここのギルド長だ。以前のインキュバスの件といい、どうも俺は彼から目の敵にされているらしい。
だが今の指摘自体は極めて正論である。おまけに『今も操られている』という物騒な響きによって、他の職員達までもが一層ざわついていた。
「……静粛に!」
だがそんなざわつきも、議長の男が口を開くと一瞬で静まり返った。その声には単なる権威だけではない、人の注目を集めるだけの重みがあったのだ。
「"魔物遣い"ケインズ君。君の話を疑っているわけではないのだが、やはり確たる証拠が欲しいのだよ。この会議の結論は王国の決定となるのだからね。ここは一つ、証拠を見せてくれないか?」
「……」
さて、どうしたものだろうか。この場にルキフェナを還ぶのは簡単だ。だがそれで信用を得られるだろうか? 今回の黒幕が堕天使などという存在であり、かつ俺がそれを使役しているなど、普通に考えれば有り得ない話だ。では、他にこの場を切り抜ける方法は――
俺が必死に頭を巡らせていると、意外なところから助け舟が出された。
「待ってください!」
「議長、私達に発言の許可を!」
声の主は、俺と一緒に入室していた上位パーティの代表者達だ。
「ふむ。許可しよう」
「ありがとうございます! 俺達は情けないことに……全滅しました。本当なら、今ここに立っていることなんて出来なかったんです」
「ほう。では何故生きていると?」
「それは――ここにいるケインズ氏が、元凶である魔物に命じて【蘇生魔法】を使ってくれたからです!」
再びどよめきに包まれる会場。だがそれをかき消すかのような大声が響く。
「俺達は彼に感謝こそすれ、恨む気持ちなんて全くありません! 彼は命の恩人だからです!」
「そうです! そんな彼に疑いをかけるというのなら、私達が証言でも何でもします! ですから――」
「うむ。もう結構」
議長の言葉に遮られ、俺を含めた冒険者達に緊張が走る。だが議長の男はふうと溜息をつくと、俺に笑顔を向けて言った。
「すまないね、ケインズ君。実は君が件の者と契約したことは最初から分かっていたんだよ。というのも、私も"魔物遣い"の端くれなのでね」
議長の男が俺に向けて手を翳すと、その指輪から青白い光の文字が浮かび上がった。これは"魔物遣い"同士にしかできない、相手の契約している魔物を確認するためのスキルである。つまり、彼には最初から俺がルキフェナと契約したことが分かっていたということだ。
俺は一瞬気が緩んだが、すぐさま別の疑問が頭に浮かんだ。
「……とりあえず、疑いが晴れて安心しました。ですが何故このようなことを?」
「それは勿論、君が信頼に足る人物かどうかを確かめるためさ。我々ギルドが守るべき平和とは、市井の民の心の平穏も含めてのものだ。そのためには君の力量だけではなく、人格も見ておく必要があった」
「なるほど。それで、俺は合格したんですか?」
「ああ。君は他の冒険者からすれば得体の知れないライバルだ。命の恩人とはいえ、ここで潰れるなら黙って見過ごすという選択肢も彼らにはあった。だが彼らは、君の為を思って自ら動いた。人の心を動かすのも冒険者の……いや、勇者の素質だろう」
どうやら俺は思わぬ所で助けられてしまったらしい。当人達に目を向けると、それくらい当然とばかりに笑顔を返してくれた。
「ともかく、これで本件に関する諮問は終了とする。申し立てのある者は10日以内に――」
議長の声が響く中、上位パーティーの奴等が小声で話し掛けてきた。
「どうだ、少しは借りを返せたか?」
「ああ。恩に着るよ」
これで諮問会議は切り抜けた。そう思っていたのだが、俺は議長の続く言葉は更に意外なものだった。
「――また、本件におけるケインズ氏の多大なる功績を認め、同氏に上位冒険者への認定試験を受ける権利を認める!」
「なにぃ!?」
驚愕の声を上げたのは俺ではなく、例のギルド長だった。どうやらまた一波乱ありそうだ。