三人目の仲間
強力な『魔眼』と反則的なまでの魔法耐性を持ち、冒険者達を玩具のように扱っていた恐るべき堕天使・ルキフェナ。
その彼女は今、俺の足元で芋虫のように転がっていた。
「はあああああっ! 動く度に紐がっ! 食い込んでっ! ひぎいぃぃっ!」
ルキフェナは真っ赤にした顔を涎や涙で濡らしながら、ビクビクと痙攣している。
「し、死ぬっ! このままでは、ほ、本当に死んでしまいます!」
「おいシトリーよ。解呪の方法はまだ見つからんのか?」
「うーんと……」
「お願いだから助けて下さい! もしくはいっそ殺して!」
自らの汗やら何やらで出来た水溜りの上で、無様に懇願するルキフェナ。その姿に天使族としての尊厳など微塵も感じられない。というか、少し引いてしまった。
「なあ主殿。いっそ一思いに殺してやった方がこいつの為ではないか?」
「気持ちは分からんでもないが……こいつにはまだやって貰うべきことがある」
「と、いいますと?」
「俺達より先に全滅していた上位パーティの蘇生だ」
冒険者がダンジョン等で命を落とすことは少なくない。だが、上位の"白魔道士"などが使える『蘇生魔法』があれば、死んだ直後の状態なら復活させることができるのだ。
そして、どの程度の状態までは蘇生できるかというと、それは術者の腕によるのである。
「何日も前に死んだ冒険者を生き返らせるほどの使い手は、それこそ勇者のパーティでさえ中々いないだろう。だが今なら、ここにいるじゃないか。いかにも得意そうな種族が」
「ほう。しかし、その女が大人しく言うことを聞くとは思えんが?」
「無理にでも聞かせる」
「ご主人様、それってもしかして……」
俺は身を屈め、ルキフェナの目を真っ直ぐに見て言った。
「堕天使ルキフェナ、俺と契約を交わして仲間になれ。そうしたら、その体も治してやる」
「ふぁえ……?」
「ええーー!!」
素っ頓狂な声をあげたのはシトリーだ。
「本気で言ってるんですかご主人様! その女は天使族ですよ!? 私達魔物をゴミのように、人間を家畜のように扱うあの天使族を、仲間に!?」
「仕方が無いだろう。今は人命第一だ。他に手もない」
「それはそうですけど! 何をしでかすか分かりませんよ!?」
「契約の縛りは絶対だ。お前ならよく分かるだろう、ツバキ?」
「……まあそうじゃのう。少なくとも、主殿が存命な限りは妙な真似はできんだろうよ。全く、それにしても主殿はお人よしじゃのう」
ツバキはやれやれと首を振ったが、反対まではしていないようだ。
「じゃが、天使族と契約するなど"魔物遣い"に可能なのか?」
「普通は不可能だ。だから、いつもの手順でやる」
俺は小屋の中にあったベッドに座った。
「こいつはただの天使ではなく堕天使であり、堕天使は様々な魔族の特質が入り混じった存在だという。こいつの『魔眼』の性質から推察すると、夢魔に比較的近い存在が混じっている筈だ」
そもそも人の夢に現れて何かをするという点は、天使も夢魔に共通している。同じ特性があったとしてもおかしくはない。
「今から眠り薬を飲むから、こいつを連れて夢の中に来てくれ。その状態じゃ難しいだろうから、多少無理矢理でもいい」
「……はあ、分かりましたよ。ご主人様はこういう時にだけ強引ですよねえ」
「ご立派なことじゃのう。ほれ堕天使、準備をするぞ。起きろ!」
「んひぃっ!? そ、そんな不意打ちで掴まれたら、私、私――!」
「いちいち妙な声を出さないで下さい! 恥ずかしくないんですか!」
「(お前が言うなよ……)」
シトリー達の騒ぎ声を聞きながらも、俺はなんとか眠りに落ちた。
◆ ◆ ◆
「で、なんとかここまで引っ張って着ましたけど」
「ああ」
【明晰夢】の中で、俺は再びルキフェナと対面していた。夢の中だからだろうか、先程までより少しは落ち着いているようだ。
「……はぁ。この魔物達から話は聞きました。私の力を利用するために契約しろと?」
正気に戻ったらしいルキフェナは、こちらを見下ろしながら淡々と言った。もっとも、その足はぷるぷると震えていたが。
「人間風情が思い上がったものですね。ただの天使なら気まぐれで人を救うこともあるでしょうが、堕天使たる私にとっては人間などただの餌。情けをかけるわけ――あひぃっ!?」
偉そうな態度が気に障ったのか、シトリーが背中を小突いたようだ。
「もう、そんな体なんだから大人しく言うことを聞いて下さいよ!」
「や、やめなさい! そもそも貴方がこんな体にしたんでしょう!? さっさと治しなさい!」
「それが出来ないから、ここまで来たんじゃないですか」
「何を抜けぬけと……いやちょっと、なんですかそのいやらしい指の動きは! じわじわと近づかないで下さる!?」
話が進まないので、俺はなるべく簡潔に事実を述べた。
「なあ、そろそろいいか? 今俺と契約してくれたら、絶対にそれを治すと約束してやれるんだが」
「ふん。なぜ貴方にこれが治せると言い切れるんですの? 第一、人間が堕天使と契約すること自体が不可能ですわ」
「それはだな……」
俺は自身の固有スキルである【明晰夢】について説明した。
「……なるほど。この魔物達の異様な強さも説明がつきますわね。そして私も、その一味に加われと」
「そうだ。俺の力になって貰うことと、人間を傷つけるような真似をしないこと。それだけ守ってくれれば後は自由にしていい」
ルキフェナはしばらく考えてから、笑顔で口を開いた。
「……ふぅ、分かりました。でも先に、この呪いを解いていただけませんか? これでは契約の儀もまともに行なえませんわ」
「ああ、そうだな。『解呪』!」
「ちょっ、ご主人様!?」
シトリーの制止も聞かず俺が呪文を唱えると、手から淡い緑色の光が迸る。
「おお! やっと煩わしい感覚が消え去りました! これで自由の身ですわね!」
「そうだな。じゃあ次は契約を」
「ええ、それでは――失礼しますわ!」
言い終わるや否や、ルキフェナは黒い翼を広げると、凄まじい早さで宙に飛んで行ってしまった。
「ごきげんよう! お間抜けな"魔物遣い"さん!」
上空から勝ち誇った声が響く。
「ああー! やっぱり逃げちゃいました!」
「どうやら全く信用されてなかったようだな」
まあ、素直に言うことを聞くわけが無いとは思っていたが。
「おいおい主殿、どうするんじゃ?」
「織り込み済みだ。実際にこちらの力を見せるしかないとは思っていた」
俺は『解呪』の魔法を解除した。その瞬間、
『あひいいいぃぃぃ!』
再び上空から間抜けな声が響き、ひゅるひゅると黒い物体が落ちてきた。ルキフェナである。
「っ……この下等生物! 私を騙しましたわね!?」
「治すとは約束したが、すぐにとは言っていない」
「ぐぬぬぬぬ……!」
俺の煽るような口調に、ルキフェナは口元を歪める。そこには怒りやら羞恥やら様々な感情が見え隠れしていた。
「これでお互いの立場が分かったな? では改めて言おう。俺と契約してくれ」
「ぐっ……」
ルキフェナは悔しそうな顔で俺とシトリー達を交互に見てから、ようやく口を開いた。
「……ああもう、分かりました! 分かりましたわ! 人間や魔物と肩を並べるなどとんだ生き恥ですが、今よりはマシです!」
こうして俺は、三人目の仲間・堕天使ルキフェナと契約を結んだのである。




