夢の中の出会い
「ふう……」
父によって追放されてから二年後。俺は初級冒険者が集まるラルフの街で、普通の労働者として働いていた。仕事の内容は、ギルドにおける雑用だ。
「おいケインズ! それ終わったらクエスト依頼の張り出し頼む!」
「分かりました!」
まともな固有スキルを持たない俺にこなせる仕事はこれくらいだった。幸いにしてギルドの職員は良い人が多く、今のところ生計は立てられている。問題は――
「おい職員! そこをどけ!」
「っ……すみません!」
問題は冒険者の方である。冒険者は勇者を目指す身奇麗な者ばかりではない。中にはこいつのような、ごろつき崩れも少なくないのだった。
「ケインズさん! 大丈夫ですか?」
「全然平気ですよ」
「……そうですか。無理だけはしないでくださいね?」
ギルドの受付嬢であり看板娘のチセさんが声を掛けてくれた。彼女のような綺麗で優しい女性と一緒に働けるというだけでも、一労働者としては恵まれているのではないだろうか。
そうして俺が仕事を終えたのは、すっかり日が暮れてからだった。
「ケインズさん、お疲れさまでした」
「はい。チセさんも遅くまで無理しないで下さいね」
「ふふ、ありがとうございます。ケインズさんも寄り道しちゃダメですよ?」
「ええ。では失礼します」
俺の自宅はギルドからほど近い場所にある。それは父からの手切れ金代わりに与えられた家で、一労働者にしてはその点だけは恵まれているといえた。
「さて……」
俺は適当に食事と風呂を済ませると、宣言通りすぐに布団に入った。そして瞬時に眠りについた俺は、夢の中で目を開けた。俺の一日はまだ終わらない。
「昨日の『炎魔法』の続きから書くか」
これが俺の固有スキル、【明晰夢】だ。俺はこのスキルを利用して、夢の中で魔法や魔物についての知識を自分なりにまとめることが日課になっていた。
とはいえ、夢の中に現実の本を持ち込むことは当然不可能。だから学習といっても、インプットではなくアウトプットに限られるのだが、この方法も知識の整理という点では悪いものではなかった。
もっともいくら知識があったところで、魔術の才能がない俺にとっては無用の長物であるというのも事実。【明晰夢】による時間的なアドバンテージもあって、俺の知識量は並みの魔術師を凌ぐものだと自負していたが、それが何になるだろうか。彼らは術式を一目見ただけで理解し、それを実現できるのだから。
それでも俺は、この作業を二年間毎日続けていた。一族を勘当された身ではあるが、とにかく自分の中で何かを積み重ねていたかったのだ。また、他に【明晰夢】という外れスキルを活かす方法も思いつかなかった。
ちなみに【明晰夢】の中で自分が勇者になる妄想だとか、女の子とイチャイチャする妄想といったものは、一ヶ月で飽きた。自分の夢である以上、それらの妄想は俺の想像力を超えることは出来ないからだ。
俺はこの二年間で、【明晰夢】というスキルを『人より考える時間が長く与えられたもの』と割り切って考えるようになっていた。
「……あの、何してるんですか? 夢の中でもお勉強とか、もしかしてお兄さん……病んでます?」
だから俺は、突如目の前に半裸の美少女が現れたとき、思わず舌打ちをしそうになった。
何故ならこれは俺の作り出した妄想だからだ。どうも、自分の思っていた以上に集中力を欠いていたらしい。【明晰夢】を得たばかりの頃ならともかく、こうした妄想が現れることは最近は全く無かったのだが。
俺はいつものように、よからぬ妄想を掻き消そうと、それを右手で振り払った。だが――
ふにゃり。
「……ん?」
それは未知の感触だった。
「っ!? ……い、意外と大胆ですね。まあ私はサキュバスなので? これくらいで全く動揺してませんけど?」
一瞬で耳まで赤くなる少女。だが俺は全く気にも留めず、その感触を確かめるように手を動かし続ける。
「あ、ちょっと! いきなりそんな……」
いやちょっと待て。なんだこれは。夢の中とは思えない感触。しかも俺はこんな感触を知らない。
そしてこの妄想、なぜ消えないんだ?
「って、いつまで揉んでるんですか! せめて名乗りくらい挙げさせてください!」
目の前の少女は俺の手を払いのけたあと、コホンと咳払いをして口を開いた。
「こんばんは人間さん――そしてさようなら。私は夢魔のシトリー。貴方に最高の、か……快楽と、そして死をもたらす者です!」