真の黒幕
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「な、何が起こってるんですかぁ!?」
「落ち着け!」
異様な雰囲気に呑まれ、泣き出しそうになっているシトリー。俺は努めて冷静に言った。
「これらの不可解な現象は、全て同じ奴の仕業だ」
「どういうことですか、ご主人様!?」
「石化しているのはあの悪魔を直接倒した者達だ。おそらく転移型の呪いだろう」
俺は以前読んだ本の内容を思い出しながら言った。これは並の者には扱えない、古代呪術と呼ばれる代物である。
「ほう。それであの怪物は殺されたがっていたわけじゃな。強力すぎる呪いは魂まで蝕むというからのう」
「ああ。次にこの同士討ちだが、こいつらは一種の狂化状態にある。そしておそらく、これはあの『祝福』とやらの副作用だ。いや、むしろこっちが本命か」
俺は周囲の流れ弾を避けながら、一歩ずつ前に進む。
「あれも『祝福』ではなく『呪い』だったんだろう。俺には『神獣の加護』で呪いが効かないから、あの時何も起きなかったわけだ」
一つひとつに目を向ければ何のことは無い、単なる呪いの類であることは明らかである。
俺はようやく人ごみを抜け、ある人物の背後からその肩に手をかけた。
「そして、これらの出来事を仕組める奴は限られてくる」
「ひ、ひいぃっ!」
俺の手が触れた途端、神父は悲鳴をあげた。そして俺から顔を背けたまま、手を合わせて一心に祈り始めたのである。
「申し訳ありません! どうか、どうかお赦しください!」
「何を自分だけ助かろうとしてるんですか! ご主人様、こいつどうします!?」
「もちろん、助ける」
俺が肩にかけた手を引くと、神父は祈りの姿勢を崩さぬまま倒れこんだ。しかし、その懇願するような視線の先にいるのは、俺ではない。
「どうかお赦し下さい――シスター・ルキフェナ!」
俺と神父の真正面で、シスターと呼ばれた女がにこりと微笑んだ。
「……まさか、人間如きに見破られるとは思っていませんでしたわ。いつお気付きになったので?」
「ただの消去法だ。この神父は黒幕にしてはあからさま過ぎるし、魔力もないただの人間だ。となれば、残りは一人だろ?」
「ふふ、残念ですわ。その者にも罠を埋め込んでおりましたのに」
「うう、うううぅぅ……」
神父は体を丸めたまま、搾り出すような呻き声を上げた。
「……冒険者殿。私達があの女の言いなりになり、多くの人を陥れたのは事実です。都合が良いのは百も承知ですが――どうかお願いします! あの悪魔を、ここで止めて下さい!」
「ああ、承った」
おそらく先の上位パーティー達も、同じような手管で全滅させられたのだろう。神父や村人達がその一端を担ったのは事実ではあるが――彼らもまた被害者に他ならない。
「ああ、人間というのは何故こうもいじらしく、嗜虐心をそそるのでしょう! あまつさえこの私に勝てるなどと思い上がっているとは!」
「随分と余裕だな。言っておくが、俺の仲間達は、強いぞ?」
「ええ、ええ、存じておりますとも。貴方方は確かに強いです――魔物にしては、ですけどね」
そう言ってシスターがその瞳を見開いた瞬間、その背後から3対の翼が現れたのである。それを見て、俺達は思わず驚愕の声をあげた。
「これってまさか、天使族の羽ですか!?」
「いや、天使族の羽は白以外ありえんぞ!」
シスターの身体を覆うように現れた巨大な翼の色は、その内なる邪悪さを映したような、深い漆黒だったのである。
「まさか――堕天使か!?」
悪魔族と違い、天使族と遭遇することは非常に稀であり、当然俺も目にしたことはない。ましてや、魔に堕ちた存在である堕天使など、御伽噺でしか聞いたこともない。
「改めて名乗りましょう、地に這いずる者達よ。私は堕天使ルキフェナ。貴方に永遠の安寧を齎す者です」
シスター、いや、ルキフェナは変わらぬ微笑を浮かべたまま告げた。それは余裕の表れでもある。俺は苦々しく呟いた。
「……堕天使様とやらが、こんな地上まで来て一体何をしているんだ? 何故こんな回りくどい真似を?」
「天使族にとっての力の源は人の信仰心です。より力のある者からより強い信仰を集めることが出来れば、効率が良いでしょう?」
「なるほどな。強い冒険者を呼び込んで自分だけを信仰するよう洗脳すれば、信仰を独占できるというわけだ。堕天するのも当然の行ないだな」
あの『祝福』と称した呪いも、洞窟の悪魔を倒させたのも、全てはより強力な洗脳を施すための工程だったというわけだ。
「ふふ。察しの良い方は嫌いではありませんわ。では、これならどうします?」
ルキフェナの瞳が妖しく光ると、次の瞬間、周囲の冒険者達が一斉にこちらを振り向いた。その顔からは一様に正気が失われている。
「『魔眼』による強引な洗脳か!」
「貴方のような立派な冒険者ほど、傲慢にも他人を救いたがるものです。ですが彼らに貴方の声は届きません。さあ、どのように彼らを救いますか?」
その言葉と同時に、操られた冒険者達が暴徒と化して俺達に向かってきた。彼らを傷つけてでも退けるか、あるいは無様に逃げるのか。そういった苦悩を味あわせたかったのだろうが。
「生憎と、こっちも真っ当な冒険者ではないんでね。シトリー! この場の全員に『魅了』だ!」
「はいっ! はあぁっ――『セクシーウィンク』!」
その瞬間、シトリーの視界に入っていた全ての冒険者達が動きを止め、バタバタとその場に倒れる。それを何度か繰り返すことで、冒険者達を無力化することに成功していた。
「ほう、私の『魔眼』による洗脳を上書きするとは。中々面白い真似をしてくれますね」
「ふふん、見ましたか! これがサキュバスの本気です!」
少なくとも『人間の理性を奪う』ことにおいては、サキュバスであるシトリーの方が上回ったらしい。
天使族は確かに強大な相手だし、堕天使ともなればその能力は未知数である。だが、俺の仲間達も決して劣らないということだ。
「いいでしょう。少し本気で相手をして差し上げます」
ルキフェナの背後に、様々な色の魔法陣が次々と浮かび上がる。俺はそれに応えるかのように告げた。
「行くぞ、シトリー、ツバキ! あの堕天使はここで討伐する!」
「はいっ!」
「応とも!」