罠
「グオオオォォォ!」
「おらあああぁぁぁ!」
洞窟の中に断末魔と咆哮が響く。冒険者達は破竹の勢いで進撃を続けていた。
「見たか! これがオレ達の実力だ!」
「おうよ! 初めて見る魔物だが、相手にならねえなぁ! この調子なら悪魔とやらも楽勝だぜ!」
冒険者達のテンションは最高潮に達していた。これだけの快進撃を続けていれば無理もないとは思うが。俺は切り捨てられた魔物の死骸をまじまじと見つめた。
「(これは……ノワールグレムリンか?)」
この魔物は北の大陸にしか生息しないはずだ。しかも『魔物鑑定』のスキルによればレベルは50。ラルフの街の中級冒険者が易々と倒せるような相手ではない。つまり、彼らに与えられた神父の『祝福』とやらの効果は嘘ではないということになる。
「(じゃあ何故俺には何の変化も無かったんだ……?)」
「見つけたぞ! これが最深部の扉だ!」
俺が考え込んでいるうちに、早くも最奥に到着したようだ。明らかに人工物にしか見えない重々しい扉を開けると、そこには奇妙な形をした祭壇のようなものがあった。
そしてその中央に置かれた棺から、この世のものとは思えないような声と共に、歪な巨体が姿を現したのである。
「■■……! ■■■■――!!」
「出やがったな! こいつが悪魔か!?」
「ええ、そうに違いありません! 強い闇の気配を感じますぞ!」
「相手が何だろうと、今宵の我が剣に斬れぬものなど無い。参る――!」
冒険者達は怯むことなく、怪物に一斉に飛び掛った。ある者は怪物の肉を裂き、またある者は強力な魔法でその肌を焼く。
「■■■■■■――!!」
怪物も負けじと応戦するが、冒険者達の勢いに押され、じわじわと衰弱していくのが見て取れた。そしてとうとう、全身から血を滴らせながら、ゆっくりと膝を着いたのである。
「■■……■■■■……」
怪物が最後に何かを呟くと、その体は石のように変色し、そのまま砂となって崩れ去った。
「……やった、倒したぞ! オレ達の勝利だあああぁぁぁ!」
洞窟の中に怒号のような歓声が響いた。冒険者達は自らの体についた傷や返り血を気にも留めず、歓喜に打ち震えているようだった。
「よお、"魔物遣い"の旦那! お前さんの出る幕は無かったようだな!」
「へっ、俺達も捨てたもんじゃねえな! なんせ幾つもの上位パーティーを壊滅させた化け物を倒しちまったんだからよ!」
何人かの冒険者達に話しかけられたが、俺は上の空だった。どうしてもこの状況に対する違和感が拭えなかったからだ。
「……本当にこれで終わりか?」
俺は誰に言うともなく呟いた。確かに冒険者達の力は凄まじかったし、神父の『祝福』とやらも本物だったのだろう。だが、それなら何故、上位パーティーは全滅したのだろうか。
「あの、ご主人様。上手くいったようなので、黙ってようかと思ってたんですけど……」
歓声の中、洞窟に入ってから口数の少なかったシトリーが、おずおずと話し掛けてきた。
「人間の皆さんには分からなかったと思いますが、あの魔物、奇妙なことを口走っていました」
「なに?」
「ああ、はっきりと聞き取れたのは最後だけじゃがな。儂とシトリーの見解は一致しておる」
シトリーはツバキと顔を見合わせてから、ぽそりと言った。
「あの魔物の最期の言葉は、『早く殺してくれ』と『ありがとう』でしたよ」
「まだ一悶着ありそうじゃのう、主殿?」
ツバキは他の冒険者達に目をやりながら、意地の悪い笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
「おお! あの悪魔を討伐したのですか!」
「おうよ! 歯ごたえの無い相手だったぜ!」
村に戻った俺達を迎えたのは、あの神父と大勢の村人達だった。
「儂からもお礼を言わせて下され。この村のために来ていただき、本当に感謝しておりますじゃ」
「ふん、当然のことをしたまでよ」
「いやはや、本当に……なんとお礼を言えばいいのやら」
神父や村人達の声や表情には、本心からの安堵の色が混じっていた。この人達に怪しさを感じていたのは、俺の杞憂だったのだろうか。
そんなことを思いかけたその時である。
「……本当に、申し訳ありません。主よ、どうか今だけは、私から目を背けて下さい」
神父がおもむろに手を翳すと――突如として、先頭に立っていた男の手足が、石のように変色し始めたのである。
「……あぁ? おい、なんだこりゃ――」
男が自身の変化に気づいたときには、もう手遅れだった。侵食は凄まじい速度で手足から全身に広がり、そして――呆気なく、男の全身は石化していた。
「なっ――!?」
その様子を目の当たりにして、ようやく正気を取り戻したのだろうか。冒険者達は水を打ったように静まり返り、そして瞬時に混乱に包まれた。
「な、何だ!? おい神父様、アンタ一体何をした!」
「……」
神父は下を向いたまま、何も答えない。そんな様子を見て、とうとう一人の冒険者が斬りかかる勢いで詰め寄った。
「何のつもりか知らんが――答えぬのなら、今ここで斬る!」
女剣士が刀を構え、まさに振り下ろそうとした刹那。
「ぐっ!?」
背後からの思わぬ一撃によって、剣士は地に倒れた。その視線の先にいたのは、別の冒険者の男だった。
「貴様! 何の真似だ!?」
「貴公こそ何をする気だ! 我らの神に刃を向けることは許さん!」
「はぁ!?」
男は焦点の合ってない目をギラつかせ、喚き立てるように叫んでいる。辺りを見渡せば、そこかしこで同じような光景が広がっていた。
「馬鹿な真似はよせ! 冒険者同士で殺し合ってる場合か!?」
「黙れ黙れ黙れぇ! これは貴様らへの救済だあああぁぁぁ!」
「ひいぃっ! 俺の足が石になって、た、助けてくれ! 誰か! 誰か――」
ある者は石にされ、ある者は殺し合う。異様な状況の中で、村の住民達だけが、一様に目を伏せたまま沈黙していた。