表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/43

「グオオオォォォ!」


「おらあああぁぁぁ!」


 洞窟の中に断末魔と咆哮が響く。冒険者達は破竹の勢いで進撃を続けていた。


「見たか! これがオレ達の実力だ!」


「おうよ! 初めて見る魔物だが、相手にならねえなぁ! この調子なら悪魔とやらも楽勝だぜ!」


 冒険者達のテンションは最高潮に達していた。これだけの快進撃を続けていれば無理もないとは思うが。俺は切り捨てられた魔物の死骸をまじまじと見つめた。


「(これは……ノワールグレムリンか?)」


 この魔物は北の大陸にしか生息しないはずだ。しかも『魔物鑑定』のスキルによればレベルは50。ラルフの街の中級冒険者が易々と倒せるような相手ではない。つまり、彼らに与えられた神父の『祝福』とやらの効果は嘘ではないということになる。


「(じゃあ何故俺には何の変化も無かったんだ……?)」


「見つけたぞ! これが最深部の扉だ!」


 俺が考え込んでいるうちに、早くも最奥に到着したようだ。明らかに人工物にしか見えない重々しい扉を開けると、そこには奇妙な形をした祭壇のようなものがあった。

 そしてその中央に置かれた棺から、この世のものとは思えないような声と共に、歪な巨体が姿を現したのである。


「■■……! ■■■■――!!」


「出やがったな! こいつが悪魔か!?」


「ええ、そうに違いありません! 強い闇の気配を感じますぞ!」


「相手が何だろうと、今宵の我が剣に斬れぬものなど無い。参る――!」


 冒険者達は怯むことなく、怪物に一斉に飛び掛った。ある者は怪物の肉を裂き、またある者は強力な魔法でその肌を焼く。


「■■■■■■――!!」


 怪物も負けじと応戦するが、冒険者達の勢いに押され、じわじわと衰弱していくのが見て取れた。そしてとうとう、全身から血を滴らせながら、ゆっくりと膝を着いたのである。


「■■……■■■■……」


 怪物が最後に何かを呟くと、その体は石のように変色し、そのまま砂となって崩れ去った。


「……やった、倒したぞ! オレ達の勝利だあああぁぁぁ!」


 洞窟の中に怒号のような歓声が響いた。冒険者達は自らの体についた傷や返り血を気にも留めず、歓喜に打ち震えているようだった。


「よお、"魔物遣い(テイマー)"の旦那! お前さんの出る幕は無かったようだな!」


「へっ、俺達も捨てたもんじゃねえな! なんせ幾つもの上位パーティーを壊滅させた化け物を倒しちまったんだからよ!」


 何人かの冒険者達に話しかけられたが、俺は上の空だった。どうしてもこの状況に対する違和感が拭えなかったからだ。


「……本当にこれで終わりか?」


 俺は誰に言うともなく呟いた。確かに冒険者達の力は凄まじかったし、神父の『祝福』とやらも本物だったのだろう。だが、それなら何故、上位パーティーは全滅したのだろうか。

 

「あの、ご主人様(マスター)。上手くいったようなので、黙ってようかと思ってたんですけど……」


 歓声の中、洞窟に入ってから口数の少なかったシトリーが、おずおずと話し掛けてきた。


「人間の皆さんには分からなかったと思いますが、あの魔物、奇妙なことを口走っていました」


「なに?」


「ああ、はっきりと聞き取れたのは最後だけじゃがな。儂とシトリーの見解は一致しておる」


 シトリーはツバキと顔を見合わせてから、ぽそりと言った。


「あの魔物の最期の言葉は、『早く殺してくれ』と『ありがとう』でしたよ」


「まだ一悶着ありそうじゃのう、主殿?」


 ツバキは他の冒険者達に目をやりながら、意地の悪い笑みを浮かべた。



   ◆     ◆     ◆


「おお! あの悪魔を討伐したのですか!」


「おうよ! 歯ごたえの無い相手だったぜ!」


 村に戻った俺達を迎えたのは、あの神父と大勢の村人達だった。


「儂からもお礼を言わせて下され。この村のために来ていただき、本当に感謝しておりますじゃ」


「ふん、当然のことをしたまでよ」


「いやはや、本当に……なんとお礼を言えばいいのやら」


 神父や村人達の声や表情には、本心からの安堵の色が混じっていた。この人達に怪しさを感じていたのは、俺の杞憂だったのだろうか。

 そんなことを思いかけたその時である。


「……本当に、申し訳ありません。主よ、どうか今だけは、私から目を背けて下さい」


 神父がおもむろに手を翳すと――突如として、先頭に立っていた男の手足が、石のように変色し始めたのである。


「……あぁ? おい、なんだこりゃ――」


 男が自身の変化に気づいたときには、もう手遅れだった。侵食は凄まじい速度で手足から全身に広がり、そして――呆気なく、男の全身は石化していた。


「なっ――!?」


 その様子を目の当たりにして、ようやく正気を取り戻したのだろうか。冒険者達は水を打ったように静まり返り、そして瞬時に混乱に包まれた。


「な、何だ!? おい神父様、アンタ一体何をした!」


「……」


 神父は下を向いたまま、何も答えない。そんな様子を見て、とうとう一人の冒険者が斬りかかる勢いで詰め寄った。


「何のつもりか知らんが――答えぬのなら、今ここで斬る!」


 女剣士が刀を構え、まさに振り下ろそうとした刹那。


「ぐっ!?」


 背後からの思わぬ一撃によって、剣士は地に倒れた。その視線の先にいたのは、別の冒険者の男だった。


「貴様! 何の真似だ!?」


「貴公こそ何をする気だ! 我らの神に刃を向けることは許さん!」


「はぁ!?」


 男は焦点の合ってない目をギラつかせ、喚き立てるように叫んでいる。辺りを見渡せば、そこかしこで同じような光景が広がっていた。


「馬鹿な真似はよせ! 冒険者同士で殺し合ってる場合か!?」


「黙れ黙れ黙れぇ! これは貴様らへの救済だあああぁぁぁ!」


「ひいぃっ! 俺の足が石になって、た、助けてくれ! 誰か! 誰か――」


 ある者は石にされ、ある者は殺し合う。異様な状況の中で、村の住民達だけが、一様に目を伏せたまま沈黙していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ