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違和感

「おお冒険者殿、よくぞ来て下さった!」


 村に入った俺達を迎えたのは、村人達からの熱烈な歓迎だった。


「儂がこの村の村長ですじゃ。大した礼も出来ませぬが、村を代表してお願いしたい。どうか北の洞窟に住み着いた悪魔を成敗して下され!」


「おう! 任せとけ!」


 同行してきた冒険者達は、盛大に持て囃されて早くも英雄気分になっているようだ。上位パーティーが幾つも壊滅しているという事実を忘れているのだろうか。

 俺は目立たないようにこっそりと、村長と名乗った老人に尋ねた。


「失礼ですが、上位の悪魔というのは本当ですか?」


「おお、この村には名高い聖人の血を引く神父殿がおられましてな。『北の洞穴から強大な闇の力が這い出て来た』という託宣があったのです。神に仇なす闇の力といえば、悪魔に違いないでしょう」


「では、実際に悪魔の姿を見た、あるいは被害を受けたという報告は?」


「まだありません。何故ならこの村には、神父殿によって結界が貼られておりますからのう。しかしそれもいつ破られるか分かりませぬ故、こうして助けを求めたわけですじゃ。いやはや、心苦しい限りです」


 老人は(あらかじ)め準備していたかのような文言をスラスラと述べた。その胡散臭さに疑問を持ったのだろう、ツバキが口を挟んできた。


「おいご老体。結界があるというのは誠か? 儂には何も感じられんのじゃが」


 だが老人も一歩も引かず、堂々とした口調で言い放つ。


「無理もありませんな。神の御業は強大すぎるが故に、一般人には知見出来ぬものですからな。しかし現に、今まで魔物が進入したという事実はありませぬ!」


「……はぁ、無茶苦茶じゃの。そんな理屈、儂らがこの村に入れている時点で破綻しておる」


「もうよせ、ツバキ。お話ありがとうございました」


 俺は溜息を吐き、その場を離れた。あの老人にこれ以上何を聞いても無駄だろう。一番の問題は、この老人や村人達が騙されている被害者なのか、或いは黒幕側なのか、ということだ。


「よし、行くぞお前ら! 真の冒険者の力を見せてやる!」


「おおおおぉぉぉぉ!」


 一方、その場の熱に浮かされた冒険者達は、今にも洞窟に乗り込みそうな勢いだ。俺は彼等をどう止めようかと考えていたのだが。


「待って下され、冒険者の皆様方」


 制止の声を掛けたのは、意外にもあの村長であった。


「先に神父殿にお会いいただけませんか? 神の祝福を得られるはずです」



  ◆  ◆  ◆


 俺を含めた冒険者達は、村人達によって半ば強引に教会へと押し込められていた。教会は素朴な造りながらも、この人数が入れるほどの広さがあった。このような辺鄙な村には不釣合いだと思うのだが。


「お待ちしておりました、冒険者の皆様」


 俺達の前に立ったのは、いかにもといった風貌の神父だった。隣にはこれまた清廉とした印象のシスターも従えている。


「皆様にお越しいただけたことは、(まさ)しく神の導きというほかありません。どうかこの村のために、恐ろしき悪魔を打ち滅ぼして下さい」


 神父は見るだけで哀れみや慈しみを感じさせるような瞳をこちらに向けながら、粛々と告げた。他のパーティーは一様にして、まるで敬虔な信者かのようにその声に耳を傾けている。


「私には戦う力はありませんが、悪魔を滅ぼすための加護を与えることはできます。皆様どうか順番に、私の前に立って下さい」


 その言葉に吸い寄せられるようにして、数人の冒険者がフラフラと立ち上がり、神父の前へと進んだ。そして神父に十字を切られると、彼らは突如として咽び泣き始めたのである。


「おお、神父様……! 今、確かに神の力を感じました! 魔を打ち払う強大な力が、私の中で渦巻いています!」


 そんな様子を見て、流石に何人かの冒険者は眉を顰めたようだ。


「おいおい、お前ら正気かよ!? 神の力なんて曖昧なモンを信じるのか?」


「いいから、お前もやってみろよ!」


 例の横暴な男が、渋々と神父の前に立った。だが神父の『加護』とやらを受けた瞬間、一転して歓喜の声を上げたのである。


「……おいおいおい! なんだこりゃ!? 体の奥から力が滾ってきやがる!」


「それが神によって解放された、貴方本来の力です。さあ、その力でどうかこの村を――」


「うおおおぉぉぉ! やってやるぞおおおぉぉぉ!」


 俺は周囲の冒険者達を冷めた目で見ていた。村に着いた時も似たような状況だったが、感じられる熱量が明らかに違う。はっきり言って異常な状況だ。

 そんな喧騒の中から、神父の声が響いた。


「さあ、最後は貴方ですよ」


「……」


 俺は慎重に神父に近づき、ついにその正面に立った。隣で微笑んだままこちらを見つめるシスターと、一瞬目が合ったような気がした。


「神よ! 勇ましき者に祝福を!」


 そして神父が十字を切ると――何も起こらなかった。


「(……?)」


 『淫魔の加護』や『神獣の加護』を受けたときは、明確に変化を感じられたのだが。今の俺には全くそういった感覚が無かった。


「さあ、これで皆様には神の祝福が与えられました! どうかその力を存分に振るい、悪魔を滅ぼして下さい!」


「おおおおぉぉぉ!」


 神父や周囲の者達は、俺のことなど全く気にもかけず、再び異様な熱気に包まれていた。席に戻った俺に、シトリーが心配そうに尋ねてきた。


「(ご主人様(マスター)、何ともありませんか?)」


「(本当に何ともない。お前らから見ておかしな点はあるか?)」


「(儂にも何も感じ取れんのう。それにあの神父からも、何の魔力も感じ取れんかったぞ)」


 あの神父の力とやらが詐欺だということだろうか。だが、それでは他の冒険者達の様子がおかしいことの説明がつかない。

 俺は漠然とした不安を抱えつつも、遂に洞窟へと向かうことになった。 

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