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祝杯

 街に戻る頃には夜になっていた。俺がツバキとシトリーに協力してもらい、インキュバスから取り返した荷物や金品を持ってギルドに行くと、そこで待っていた被害者達から歓声が上がった。


「おお! 俺たちの荷物を取り返してくれたのか!」


「はい。ここにない物や駄目になった食料については、こちらの金品から補填しますので、ギルドに提出した被害届を持ってきてください」


「そんなことまで! ありがたいが、本当にいいのかい?」


「勿論です」


「ふん、ちょろまかす奴がおらんといいのう」


 ツバキがフードの下から毒づいてくるが、俺は無視して取り返した物の分配を続けた。そのとき、手伝ってくれているギルドの職員達の中から、チセさんがこそっと話し掛けてきた。


「本当にいいんですか? クエストで得た金銭は冒険者のものにしていいんですよ?」


「この街の商人達が賑わってくれた方が助かりますから。むしろこの余った金をどうしようか、考えているくらいです」


「……相変わらずお人よしですねえ。急に図抜けた強さの冒険者になったのに、そういう所は変わりませんね」


 お人よしというか、出所の分からない金をいつまでも持っておきたくないだけなんだが。


「当然です! ご主人様(マスター)は優しいんですから!」


 辺りをふらふらとしていたシトリーが、いつの間にか俺達の会話に割り込んできた。相変わらずチセさんに対して反抗的なのは何故なんだろうか。

 そんな話をしていると、受付の内部から一人の男が出てきた。ギルド長である。


「おい、これは一体何の騒ぎだ!」


 ギルド長の怒声で、場がシンと静まり返る。俺は一歩前に出て、ギルド長と正面から向かい合った。


「報告が遅れました、ギルド長。依頼されていた女性型モンスターを手引きしていた黒幕から、奪われた物を取り返しました。今は返還と分配の最中です」


「なんだと!? 今朝依頼したばかりだというのにか!?」


「はい」


 今日偶々(たまたま)襲われていた男がいてくれたのは、ある意味ラッキーだったといえるだろう。


「貴様に依頼したのは原因の調査だ。勝手な真似をするな!」


 だがギルド長は俺の成果を素直に受け入れてくれないようだ。


「(なんじゃあいつ。殺すか?)」


「(頼むからやめてくれ)」


 ツバキの物騒な耳打ちを制して、俺は続けた。

 

「困っている方を助けるのは、冒険者として当然の行いかと思いますが」


 周囲の者達は、俺とギルド長の会話を固唾を呑んで見守っている。


「くっ……。では聞くが、原因となった魔物は討伐したのか!? 証拠はあるのか!」


「……一応無力化したうえで、脅しはいれておきました」


「それ見たことか! 貴様は魔物に甘すぎる! これだから"魔物遣い(テイマー)"などという連中は信用できんのだ! そもそもギルドにサキュバスを立ち入らせるなど――」


 一気に捲くし立てるギルド長に対して、俺の隣にいるシトリーとツバキが殺気立っていくのが分かった。


「(気持ちは分かるが大人しくしててくれ。更にややこしくなる)」


 俺は二人に耳打ちした。だが確かに、奴を見逃したのは俺のミスだったかもしれない。痛いところを突かれたなと、俺が返答に窮していたとき。意外なところから、助け舟が出されたのである。


「なあギルド長さんよ、そんなことはもういいんじゃねえか?」


 それは今まで俺達の会話を見守るだけだった、商人の男達であった。


「俺達にとって一番大事なのは商品だ。俺はこの人のおかげで、今日の大きな取引を頓挫させずに済んだんだぜ。魔物がどうなったかなんてどうでもいい! そうだろうお前ら!」


「そうだそうだ!」


 俺が今日助けた男の言葉に、周囲の商人達も次々と賛同した。その輪は瞬く間に広がり、ギルドは再び喧騒に包まれたのである。


「いいかいギルド長さんよ! あんたが偉いことは百も承知だが、俺達の恩人にそれ以上ケチをつけるのは許さねえぞ!」


「くっ……」


 商人達の勢いに押され、ギルド長は顔を真っ赤にしたまま無言で去って行った。それを見届けると、辺りは更なる歓声に包まれた。


「ありがとうよ"魔物遣い(テイマー)"の兄ちゃん! あんたらさえ良ければ、俺達に礼をさせてくれないか?」


「礼?」


「おうよ! どうだいお前ら! 皆で2階の酒場に行って、この人に一杯ずつ奢ってやるってのは!」


「いいじゃねえか! どうせ今日は店仕舞いだしパーっと飲もうぜ! 俺が一番良い酒を奢ってやるよ!」


「無くしたはずの商品や金が返ってきたんだ、それくらいしてやんねえとな!」


 なんだか大事になってしまった。被害者である彼らから奢ってもらうのも悪いが、無碍にするのもどうかと思う。


「……じゃあこうしましょう。ちょっといいですかチセさん」


「へっ? な、何ですか?」


 商人達の熱気に当てられて呆然としていたチセさんは、急に話を振られて驚いたようだ。


「この余った金で酒場の料理を注文してほしいんですが。人数分足りますかね?」


「えぇっ!? 勿論足りるというか、むしろ食品の在庫が無くなりそうなんですが! 本当にいいんですか!?」


「あ、金の方が余ってしまうなら、職員の皆さんにも飲んでもらいましょうか。今日は祝杯ということで」


 俺の言葉に、周囲の盛り上がりは最高潮に達していた。


「おいおい主殿よ、少々浮かれすぎではないか?」


「いいんだよ」


 別に熱に浮かされた訳ではない。俺は先ほどのギルド長とのやり取りで、周囲との関係性の大切さを再認識したのだ。仲間がサキュバスしかいないという微妙な立場の俺にとって、街の住人やギルドの職員から信頼を得ておくことは決して無駄ではない。むしろ安い買い物だろう。


「お前らも今日は好きに飲んでいいぞ」


「いいですねえ! 私エビが食べたいです! ところでこのフード、もう取っていいですか?」


「まあ、今日くらいはいいだろう」


 シトリーがフードを取って顔を露にすると、周囲の男達から歓声が上がった。


「おいおいおい! 魔物のお嬢さん、そんな別嬪さんだったのかよ!」


「ふふん。あ、手を出してきたら燃やしますよ? 私はご主人様(マスター)のモノですから♪」


「妬かせるねえ! ヒューヒュー!」


 まだ酒も入っていないのに、好きに騒ぎ立てる男達。一方でチセさんを初めとした女性陣からはなんとなく冷たい目が向けられているような。

 そんな中で、ツバキも負けじと一歩前に出た。


「ふん、そいつは前座に過ぎぬぞ男衆。この宴会にはこの儂、永きを生きてきた真のサキュバスも参加するのじゃからな!」


 そう言って颯爽とフードを取ると、辺りは静寂に包まれた。


「なんじゃ? あまりの美貌を前にして声も出ないか?」


 俺が助けた男が、おずおずと言った。


「……あのな、お嬢ちゃん。悪いが酒の席に子供を入れるのはちょっと、な?」


「貴様の10倍は生きておるわ! この戯けが!」


 こうしてサキュバスも交えた宴会は、恙無(つつがな)く進んでいったのである。ちなみにツバキは飲み比べで10人抜きし、シトリーは一口目でダウンしていた。

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