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新たなる仲間

 それから数時間後。俺の部屋にはシトリーと、床で子猫のように丸くなっているツバキがいた。


「300余年目にして、この儂が一尾(いちび)から出直しとはな。これからは野狐のように、虫や魚を食べて生きていかねばのう。ふふ……ふふふふ……」


 ツバキは死んだ目で部屋の隅を見据えたまま、ブツブツと呟いていた。口元に僅かな笑みを浮かべているのが尚のこと不気味である。


「あの、ご主人様(マスター)。私が言うのもなんですけど……」


 気まずそうにしているシトリーの言いたいことは分かる。つまり、こいつも夢魔(サキュバス)だというのなら、シトリーの時と同じように俺の【明晰夢】で治せるのではないか、ということだ。おそらく可能だとは思うのだが。


「人の夫に手を出すような奴は、許さないんじゃなかったのか?」


「意地悪言わないで下さいよう。結局エレオノーラさんの旦那さんとの件も未遂だったようですし。何より上級淫魔のこんな哀れな姿、これ以上見ていられません!」


「まあ、そうだな。だが一つ条件をつけなければ」


 俺が身を屈めてツバキの顔を覗き込むと、ツバキの視線は一瞬こちらに向いたが、すぐにまた虚空へと戻ってしまった。


「なんじゃ、人間。愛玩動物にも劣る存在になった儂に何の用がある?」


「なあ、ツバキとやら。もしその尻尾が治るなら、俺と魔物遣い(テイマー)の契約を結んでくれないか?」


「えっ!? ご主人様(マスター)、本気ですか!?」


 この申し出までは予想外だったのか、シトリーが非難の声を上げた。彼女としては俺の唯一のパートナーとか自称してたし、嫌がるのも当然だろう。だが、これには理由がある。


「こいつを治して逃がしてやったら、また何か悪事を働くかもしれない。そうなればエレオノーラさんに顔向け出来ないだろ? あの人ですら何十年も捕まえられなかったこいつを縛るには、魔物遣い(テイマー)の契約が一番確実だ」


「それはっ! 確かに、そうですけど……」


「分かってくれ、シトリー。このまま見殺しにするのは流石に寝覚めが悪いと思わないか?」


 シトリーはしばらくうんうんと呻っていたが、やがて諦めたように嘆息した。


「じゃあ、私からも条件を出します。ご主人様のパートナーとして」


「何だ」


「私のこと愛してるって言ってください」


 え? という顔を思わずしてしまった。


「『俺が本当に愛しているのはお前だけだよ』って耳元で囁いてください! 今この場で! 愛を込めて!」


 ……前々から思っていたが、こいつの脳内は思春期の女子か?

 だがそれだけで話が済むなら簡単なことだ。俺は言われた通りにした。


「…………」


 嘘である。全く簡単ではなかった。俺は心臓が握りつぶされるような思いをして、ようやくシトリーからの了承を得られたのである。


「うえへへへへ。ご主人様(マスター)、その言葉絶対に忘れないで下さいね!」


 ニヤニヤしたままベッドの上でごろごろと転がるシトリーから目を離し、俺はようやくツバキに向き直った。


「そういうわけで、契約したいんだが」


「……ん? 惚気(のろけ)を見せ付けられるという新手の拷問はもう終わったのか?」


 人は腹が立っている時、自分よりも遥かにブチギレている人を見ると落ち着くらしい。今のツバキが多少冷静に戻っているのは、同じ理屈だろう。


「待たせてすまない。で、俺と契約してくれるなら、その尻尾を治してやれるんだが、どうだ?」


「はっ。どうもこうもないわ!」


 ツバキは先程までとはうってかわって、最初に会ったときのような高圧的な語調で言った。


「妖狐の尻尾をただのもふもふだとでも思っているのか? あれこそは長年蓄積された魔力の証。貴様ごとき人間に治せるなど、そんな夢のような話があるわけなかろうが!」



   ◆     ◆     ◆


「――ほら、治ったぞ」


「おおおおぉぉぉぉ! 儂の尻尾じゃあああぁぁぁ!」


 俺の【明晰夢】の中に夢魔であるツバキを呼び込み、現実では不可能な手段で治療する。シトリーの時と同じ手順で、無事にツバキは元の姿に戻っていた。もっとも、今回は治癒魔法ではなく『対象の時を戻す』時空魔法を使ったという違いはあるが。


「魔力も、色艶も、完全に戻っておる! そして何より、素晴らしきもふもふじゃ! 」


 ツバキは自分の尻尾を抱きしめてごろごろと転がっていた。まあ、失くした体の一部が戻ってきたのだから、喜ぶのも無理はないだろう。


「はしゃぐのはいいが、俺と契約したことを忘れてないよな? 今後は一切の悪事を行なわず、俺の指示を聞いてもらうぞ」


「ふっ、いいじゃろう。あの魔女から逃げ隠れる生活よりは遥かにマシじゃて。貴様の寿命が尽きるまでの暇つぶし程度、喜んで付き合ってやるわ!」


 相変わらず高慢で生意気な態度だったが、とりあえず俺の仲間になることは了承してくれたらしい。むしろ問題がありそうなのは、もう一人の仲間との方だ。


「ちょっとツバキさん! ご主人様(マスター)に向かってそんな口の利き方をしないで下さい!」


「別にこれくらい良いじゃろう。むしろお前さんが異常なんじゃ! 人間の尻に敷かれるサキュバスなぞ初めて見たわ!」


「敷かれてません! むしろ私が毎晩組み敷いておりますとも!」


「聞きたくもないわ!」


 ぎゃあぎゃあと言い合う二人を尻目に、俺はツバキのステータスを確認していた。


★名前:ツバキ

★レベル:92

★種族:妖狐・夢魔

★スキル:変化の術、魔性の瞳、妲己の寵愛、レベルドレイン、陰陽道、結界術、房中術……


「流石は妖狐だな。俺の知らない系統のスキルが幾つもある」


「なんじゃ(ぬし)殿。そんなに儂のことが知りたいのか? ん?」


 完全に調子に乗っている態度は無視して、今度は俺から尋ねた。


「ツバキの種族は『妖狐』と『夢魔(サキュバス)』の両方なのか?」


「そうじゃ。サキュバスは多様な種族と交配することで勢力を広げてきたからのう。むしろ他種族の血に無理やりサキュバスを交えるという、いわば種族単位の侵略というべきか。こやつのような純粋なサキュバス種というのは今時珍しいのう」


「そうです! うちみたいな純血のサキュバス一族は偉いんですからね!」


「じゃからお前のような出来損ないは勘当されたんじゃろ?」


「勘当じゃありません! ちょっと家出……いえ、(ひと)()ちしただけです!」


 勘当という言葉に、俺まで心が痛くなってしまった。俺の家族や親族達は今頃どうしているだろうか。まさか今の俺がサキュバスだけを二人もテイムしているとは夢にも思うまい。


「それでじゃ、主殿よ。そろそろ儂にも教えてくれてもいいのではないか?」


 物思いに耽っていた俺は気づかなかったのだが、いつの間にかツバキが俺の真正面に回り、首を(かし)げて俺の顔を覗き込んでいた。


「何をだ?」


「決まっておるじゃろう! なぜお主に儂の尻尾が治せたのか。そして――」


 気がつけば、ツバキの目つきは獲物を見る捕食者のものになっていた。


「あの落ちこぼれサキュバスの異常な強さについてじゃ。儂の見立てでは、主殿が顔に似合わず(こす)い手を使っていると見たが――如何(いかが)か?」


 今度の仲間も、別の意味で厄介そうだ。


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