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魔女と呼ばれた英雄

 それは、父が生まれる前の話である。

 かつて東の大陸は、『最も人間が少ない地』と呼ばれていた。この大陸を支配していた魔王ギルデルスターンの圧倒的な力の前に、人間達は滅ぼされる寸前であったそうだ。

 だが、たった4人の英雄達の活躍により戦況は覆った。『魔槍の勇者』エルヴィン率いるそのパーティーは、魔王の幹部達を次々と打ち倒し、遂には魔王までもを手にかけたのである。


「昔、お母さんから聞きましたよ。あのパーティーさえいなければ、魔王ギルデルスターン様は全世界を統べる存在になれていただろうって」


「ああ。俺達人間にとっても、勇者エルヴィンだけは別格の存在だ」


 そのパーティの一人であり、攻撃の(かなめ)とされていたのが、今から会いに行くエレオノーラという女性である。

 "黒魔道士"としてあらゆる属性の攻撃魔法を習得していたが、それらは一切使用せず、7色の光の束を振るう固有(ユニーク)魔法で、幾千もの魔物達を殲滅したという。彼女は魔物達から畏怖の念を込めて、『虹蛇(こうだ)の魔女』と称されるようになった。


「ううう。元英雄に一介のサキュバスが会おうなんて無謀ですよう。やっぱり()めておきませんか?」


「普段の強気はどうした。もし固有(ユニーク)魔法を教えて貰えれば、お前の強化にも繋がる筈だ。ほら、着いたぞ」


 伝説と言われた魔女の家は、街からほど近い丘の上にあった。見た目はただの一軒家で、こんなところにかつての英雄が住んでいるとは誰も思わないだろう。隠居したというのは本当らしい。

 俺は大きく深呼吸をしてから、その扉を叩いた。


「失礼します! 先日ご紹介に(あずか)りました、魔物遣い(テイマー)のケインズです!」


 返事の代わりに、ガチャリと扉から音がした。勝手に入れということだろうか。俺がおそるおそる扉を開くと――


「うわっ!」


「ひぃっ!」


 俺とシトリーの間を、魔力で編まれた白銀の矢が、凄まじい速度で飛んでいったのだ。


「……おや、本当に来たのかい。それもアタシの()()()()()()()を連れて」


 暖炉の前の椅子に腰掛けた人物が、こちらを振り向きもせずに言った。その後姿は一見すればただの老婆のものだが、明らかに常人ならざる威圧感と、その周囲に所狭しと並べられた未知の魔道具が、その異様さを醸し出していた。


「いいかい小僧。アタシの視界にそいつが入る前に、とっとと帰らせな。それが嫌なら、無理にでも消えてもらうことになるよ」


「……それは、出来ません」


 俺は気圧されそうになりながらも、はっきりと告げた。


「こいつは俺にとって必要な存在です。そして俺達が強くなるためには、貴方の協力が必要なんです。どうかお願いします!」


「はっ、男が簡単に頭を下げるんじゃないよ。それに、そうする必要なんてない――言っただろう、消えてもらうって」


 老婆は何の動作(アクション)も取らなかったように、俺の目には見えた。だが『淫魔の加護』により研ぎ澄まされていた感覚が、確かな危機を感じとったのだ。


「危ない!」


「きゃあっ!」


 俺は咄嗟にシトリーの前に出て、庇うように背中を向けた。その刹那、俺の背中には白銀の矢が深々と刺さっていた。


「そんなっ! ご主人様(マスター)!」


「……大丈夫だ」


 やせ我慢ではない。俺の()()()()、白銀の矢は俺の体に全くダメージを与えていなかったのだ。


「ほお、魔物を庇うとは……。そこまで阿呆(アホ)な人間を見たのは久しぶりだ。まさかアンタ、そいつに洗脳でもされてるんじゃないだろうね?」


「……いえ、被害を最小に抑えるためです」


 以前魔道書で得た知識から、この魔法の矢が魔物にしか効果がないことは分かっていた。


「魔を打ち払う銀の矢は、高精度であればある程、人間には無害なものです。貴方ほどの魔術師に、それが出来ない筈がない」


「ふん、憶測かい。この老いぼれの魔法が絶対に失敗しないと、本気で信じたのかい?」


「勿論です。俺の知っている伝説の英雄が、簡単に人を傷つける訳がない」


「……ふう。どうやら思った以上の阿呆のようだね」


 老婆の声に、初めて嫌悪以外の感情が混じった。おそらくそれは呆れであったが。


「いつまで扉を開けっ放してるんだい、とっとと入ってくれ。夜風は骨身に()みるんだよ」


 こうして俺達は、なんとか老婆――いや、エレオノーラさんの家に入れて貰えたのである。



  ◆     ◆     ◆


「あの爺さんから話は聞いてるよ。アタシの魔法が見たいんだって?」


「はい」


 俺は正直に話した。そうでなくても、この恐ろしい魔女は俺達の事情くらい簡単に見通せると思ったからだ。


「【明晰夢】で夢魔(サキュバス)を強化ねえ。理には(かな)っているが、そんなことが可能だとは。この歳になっても知らなかったよ」


「一応、レジェンドスキルですからね。同じことが出来る人はそういないでしょう」


「そりゃあそうさね。それにしても……サキュバスと真っ先に契約した魔物遣い(テイマー)というから、どんなスケベ男が来るかと思ったよ」


 ヒヒヒと声を上げて笑うエレオノーラさん。案外親しみやすい性格なのかもしれない。


「それで、エレオノーラさん。無理は承知でお願いしますが、固有(ユニーク)魔法を教えて頂けないでしょうか?」


 固有(ユニーク)魔法を完全に再現することは不可能であっても、その術式の内容を理解し、実際に目にすることが出来れば、おそらく新しい魔法としてシトリーが使えるようになる筈だ。


「アンタみたいな阿呆は嫌いじゃないよ。だから協力してやってもいいんだがね、他の冒険者の手前、タダってわけにもいかない」


「承知しています。俺達に出来ることならします!」


 伝説の英雄から簡単に魔法を教われるとは思っていない。交換条件の一つでも出してくれれば御の字だ。


「だったら相談だ。いや、今の時代はクエストと言った方がいいかい?」


 エレオノーラさんは一つ咳払いをしてから、真剣な顔で俺達に向き直った。


「――とある淫魔(サキュバス)を捕らえて、アタシに引き渡すのが条件だ。サキュバスなんぞと契約したアンタには、ぴったりのクエストだろう?」

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