思わぬ収穫
「おはようございます、チセさん」
「あ、ケインズさん。おはようございます!」
翌日の朝。俺はギルドを訪れていた。
「昨日いただいた『神秘の結晶』なんですが、今すぐには買い取れないという話になりまして……」
「まあ、仕方が無いですね」
基本的にクエストで手に入れたものの所有権は冒険者にあるが、ギルドに買取を依頼することもできる。俺の『神秘の結晶』も自分が使う分だけ手元に残して後は売ろうと思ったのだが、どうやらかなりの量があったらしい。
というのも、俺が攻略したダンジョンは『神秘の結晶』が採取できる中でもかなりハードな場所だったらしく、ここ数年で一度も採取されていなかったため、大量に貯まっていたそうだ。
『お主のような力ある者こそ、神秘を手にするに相応しい』
ドラゴンにそう言われていた手前、売ってしまうのも少しは心が痛むのだが。使わずに持っているよりは、売ってしまった方が世のためというものだろう。とはいえ――
「あれだけの量を一気に市場に出したら、価格が暴落して混乱してしまいますよね」
「ええ、ギルド長も同じことを仰っていました。それに全て買い取った場合にケインズさんに支払うべき金額は、ギルドの予算一年分に匹敵するとか」
まあ、今の相場で計算したらそうなるだろう。
「じゃあこうしましょう。毎月一定量を買い取っていただくことにして、代金はその時の相場で計算して下さい。これなら市場のバランスも崩れないでしょう」
「えっ。それだとケインズさんが損してしまいますよ? 私達としては助かりますけど……」
損するのは確かだが、俺が今そこまで金に困っているわけでもない。それに、自分の古巣からそんな大金を巻き上げるのもどうかと思う。
「構いませんよ。その代わり、買い取る前のものも在庫としてこのギルドで保管して下さい。ウチには置く場所がないので」
「……分かりました。その方向で話を進めることにしますね」
これで俺も毎月ある程度の収入を得られるというわけだ。一気に大金を手に入れるよりも、その方が健全というものだろう。
「話は変わるんですが、チセさん。ここで働いていて、何かとんでもない魔法に心あたりはありませんか?」
「とんでもない魔法、ですか?」
「ええ。実は今後のために強力な魔法を知りたいと思っていまして……」
「うーん。ギルドにある魔道書の類には目を通されていましたよね?」
「一通り読みましたね」
ついでに言えば、【明晰夢】による反復学習のおかげでほとんど頭に入っている。
「そうなると、後は冒険者の方ですが……正直この街には駆け出しの方が多いですし、特異な魔法というのは聞いたことが無いですね」
「まあそうですよね」
俺が2年間働いてきた中でも、目にする冒険者の多くはレベル50未満の層だった。流通している魔道書に載っていないような、我流の魔法を研究するような者は中々いないだろう。
「あ、古本なんてどうですか? 市場では冒険者の戦利品のよく分からない本が売られているそうですし」
「なるほど、市場ですか。あまり行ったこと無かったですね」
このラルフの街の市場はかなり賑わっている方だと思うが、その盛況っぷりのせいで、逆に俺は近づき辛く感じていたのだ。
「じゃあちょっと覗いてみます。ありがとうございました、チセさん」
「いえいえ。またいらして下さいね」
俺はギルドを出ると、表で待たせていたシトリーに声を掛けた。
「待たせたな。次は市場だ」
「いいですねえ、お腹空いちゃいました」
「買い食いに行くんじゃない。第一『食事』は明け方までしていただろうが」
「それは別腹なんです!」
サキュバスってのは、全員こうも食欲旺盛なんだろうか。
◆ ◆ ◆
昼過ぎまで市場で本を見て回ったものの、得られるものはなかった。
「そう簡単にはいかないか」
一口に本と言っても、その内容は実に様々だ。特にダンジョンから見つかるようなものは、大抵は日誌のようなものである。俺が探すような新しい魔法が載っている書物なら、とっくに解析されて世に出回っていることだろう。
「ねえねえご主人様、あの棒に刺さった黒くて卑猥な形をしたお菓子も買っていいですか?」
「ああ、お前が今持っている串焼きを食べてからな」
またシトリーを待たせるのも悪いと思って、市場で好きなものを買っていいとは言ったのだが。臨時収入があったことを伝えたのも良くなかったと思われる。肝心の本の成果は得られないのに、俺の財布は軽くなる一方だった。
しかし、もう引き上げようかと思い始めたその時、思わぬ人物から声を掛けられた。
「やあ、いつぞやの冒険者様では?」
「ああ、釣堀の管理人さん」
それは、俺の初クエストを依頼した管理人のお爺さんだった。
「出店も開かれていたんですか?」
「いやあ、この前のキラーロブスターの調理で、皆さんの喜ぶ顔を見ていたら、久しぶりに料理人魂に火がついてしまいましてな」
「いいことじゃないですか。そのフライ、2本ください」
「毎度!」
俺は魚のフライを受け取った。食欲を誘う絶妙な香りは香辛料によるものだろうか。
「ところで、冒険者様はこんなところで何を?」
「ケインズでいいですよ。実は……」
俺が事のいきさつを説明した。
「はあ、上級を超えた魔法、いわゆる固有魔法というものですかな」
「ええ、これが中々見つからなくて。それに、本当は書物よりも実際に魔法を使える方に話を聞きたいんですが、まあ難しいですよね」
「……ふむ。実は、一つ心当たりがありますな」
「え?」
それは予想だにしていない答えだった。
「釣堀の常連客の中に、あるお婆さんがおりましてな。女性一人というのは珍しいと思い話しをしたところ、なんと儂の王都時代の店に通っていた方だったんですよ」
「へえ。いい話じゃないですか」
「ところがどうも話を聞いていると、これまでかなり危険な目に遭われて来た方のようでしてな。気になってそれとなく聞いてみたんですよ。そしたら……」
店主が声を潜め、俺は耳を欹てる。だがその先を聞いて、俺は思わず大声を上げてしまった。
「なんとその方、勇者エルヴィンのパーティーにいたそうなんです」
「えっ!? あの"東の魔王"を討伐した勇者エルヴィンの!?」
「はい。しかもその魔王を倒したパーティーの一員だったそうなんです。確か"黒魔道士"だったとか」
「勇者エルヴィンのパーティーで"黒魔道士"といえば……『虹蛇の魔女』エレオノ-ラ!」
興奮して思わず大声を出してしまった。だが無理もないだろう。60年前にこの東の大陸を支配していた魔王を打ち倒した、伝説の勇者エルヴィン。そのパーティーの一人が今も生きており、しかもこんなに近くにいたとは。
「本人はもう数年前から隠居したそうで、あまり大っぴらにしてはいけないんですが……」
「すみません、つい興奮してしまいまして……」
「もし良かったら、儂の方から貴方を彼女に紹介しましょうかな?」
「いいんですか!」
「ええ。この前のキラーロブスターのバーベキューの時にもいらしておりましてな。レベル1の冒険者があれを倒したと聞いて、興味深そうにしておりましたよ」
なんということだ、伝説の魔道士とそんなニアミスをしていたとは。だが、彼女ほどの魔術師から魔法を教わる機会なんて、今後一生訪れないだろう。このチャンスは絶対に逃せない。
「そういうことなら、是非お願いします!」
「分かりました。話がつきましたらご連絡しますよ」
「はい! あ、フライもう6本下さい!」
「ふぇふぇふぇ、毎度っ!」
思わぬ成果に浮かれる俺の隣に、いつの間にか戻ってきていたシトリーがいた。
「どうしたんですかご主人様。両手に魚持って浮かれちゃって」
「後で話す! シトリー、お前本当に最強のサキュバスになれるかもしれないぞ!」
「……なんか、テンションが高すぎて怖いんですけど」
「ああそう言えば、そちらのお嬢さんを見て思い出しました」
完全に浮かれきっている俺と、自分も両手にお菓子を抱えているシトリーに向けて、再度店主から声を掛けられた。
「あのお方、何があったのか知りませんが、世界で一番嫌いな魔物はサキュバスだと言っておりましたな」
それは、俺を正気に戻すのに十分な一言だった。