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初クエストを終えて

 日も高く昇った頃。俺達が討伐したキラーロブスターは、綺麗に大皿に盛り付けられ、集まってきた街の住民達に振舞われることとなった。


「いやあ見事なものですね。モンスターがまるで高級料理だ」


「ふぇふぇふぇ。隠居する前は王都で店を開いておりましてな。昔とった杵柄という奴ですじゃ」


 シトリーの炎魔法であえなく丸焼けとなったキラーロブスター。処分に困っていたところ、依頼主であるこの釣堀の管理人が【調理師】の固有スキルを持っていると聞き、ならいっそ食べてしまうことにした次第である。


「しかし、本当に良かったんですかな? 冒険者は討伐した魔物を売ったりするものですが……」


「いいんですよ、あんな丸こげの状態では大した値もつかないでしょう。こうして皆さんの腹に入ったほうがずっと良い」


 俺も口にしたのだが、濃厚なエビのようで中々美味だった。隣にいるシトリーも、目立たないようフードを被ったまま、舌鼓を打っている。


「ザリガニよりずっと美味しいですねえ、これ!」


「(ザリガニを食べたことが……?)」


 周囲には解体されたキラーロブスターを囲むようにして大勢の人間が集まっていた。最初はこの釣堀の常連客が、その噂を聞いた他の住民達も……という流れである。


「これがキラーロブスターの身かあ。普通のエビより引き締まってて美味いな!」


「こりゃあ肴に丁度いいな。あんたの酒場で出せないのか?」


「バカ言え、あんな化け物どうやって採れってんだ! それに市場で仕入れても赤字になっちまうよ」


「そりゃあそうか。なあ冒険者さんよ、本当にこれタダでいいのかい?」


「もちろんです」


 俺からしてみれば、膨大な量があるキラーロブスターの処分を手伝ってくれるのはありがたい話だ。普通なら処理に困ったものはギルドに依頼するものだが、わざわざ自分がいた職場の仕事を増やす必要もないだろう。そう思っていたのだが――


「ちょっとケインズさん! これはどういうことですか!」


 人ごみを掻き分けて来たのは、なんとチセさんだった。


「あ、どうもチセさん。一皿どうですか?」


「どうもではありません! 怪我はありませんか!?」


「ええ、全く。彼女(シトリー)のおかげです」


「えへへへ」


 褒められたのが嬉しいのか、シトリーが抱きつこうとしてきたが、チセさんの前なので何となく避けておく。


「それなら良かったですが……ギルドは大騒ぎになってるんですよ!」


「大騒ぎ?」


「街中に★3相当のモンスター、キラーロブスターが出現したという報告と、それが討伐されたらしいという報告、それがタダで食べられるという報告! これが全部いっぺんに来たんですから!」


「ああ、確かに一報入れるべきでしたね。すみません」


「出現時にそんな余裕がなかったのは分かります。それに倒せたのもレベル1の冒険者としては偉業とも言えるでしょう。でもどうしてそれを食べちゃうんですか!」


「いい感じに焼けてたので、つい……」


「キラーロブスターの外殻や内臓はかなりの高値で取引されてるんですよ!? ギルドで買い取ることも出来ましたのに……」


「まあ倒した時点で丸焼けでしたから、難しかったと思いますよ。それに」


 俺は周囲の人達の美味しそうに食べる顔と、それを見る管理人さんの笑顔を見て言った。


「依頼主であるここの管理人が受けた被害は、ギルドから補填があるわけでもありませんから。こうして人が集まってくれることで、少しは報われるでしょう」


「……確かに、そうですね。すみません、責めるような言い方をしてしまって」


 チセさんはようやく落ち着いたようで、ふぅと溜息を漏らした。


「それにしても、本当に無事で良かったです。レベル1の冒険者が★3のモンスターを討伐するなんて、前代未聞ですよ」


「ふっふっふ。私のおかげですね!」


 そう言って胸を張るシトリー。実際彼女がいなければ、キラーロブスターの討伐なんて不可能だったのは間違いない。


「ああ。ありがとうシトリー」


「ふふん♪」


 俺が頭を撫でてやると、シトリーは嬉しそうに目を細める。そしてなぜかチセさんの方をチラチラと見ており、対するチセさんの方も再び不機嫌そうなオーラを出していた。


「えーとりあえず、どうです?」


 俺は二人の間に入るようにして、チセさんに新しい皿を差し出したのだった。



   ◆     ◆     ◆


 そして、その日の夜。初クエストは無事にクリアしたが、俺達の一日はまだ終わらない。


「昼間は褒めたが、まだお前には課題がある」


「はぁ、なんでしょう?」


 俺は【明晰夢】の中に再びシトリーを呼び出していた。早急にやっておくべきことがあるからだ。それは――


「戦闘で使えるスキルや魔法の会得だ」


「えー、あの炎魔法だけで十分じゃないですか?」


「これから先はクエストの難易度も上げていく。引き出しは多いほうが良い」


 駆け出しの冒険者は、ギルドでは難易度★2までのクエストしか受けられないことになっている。だが幾つかのクエストで飛びぬけた成果を出し、一定レベル以上の者からの推薦があれば、飛び級でクエストの制限を無くせるという裏技があるのだ。


「レベルの上限突破に必要な『神秘の結晶』のクエストは★7だ。さっさとこれに挑むためにも、全てのクエストで期待以上の成果を上げるつもりでいきたい」


「でも、それに加えて『推薦』ってのが必要なんですよね?」


「それはあの管理人のお爺さんから貰えることになった」


 なんとあのお爺さん、若い頃は冒険者だったらしい。【調理師】のスキルでモンスターを次々と解体していったとか。人は見かけによらないものだ。


「へえー。じゃあ後はとにかくモンスターを倒せばいいってことですか?」


「ああ。短時間で出来そうな討伐系のクエストを受けていけば、一週間もかからないだろう。だからこそ、戦闘用のスキルが必要なわけだ」


「分かりました。それで、どうやってスキルを覚えるんですか? サキュバスは戦闘用魔法なんて殆ど使えないと思うんですけど」


「シトリーの場合は元々炎魔法を覚えていたから、その才能はあるはずだ。俺の知識と【明晰夢】を利用して、炎魔法を中心にレクチャーする」


 新しい魔法を習得するには、魔法の効果を実際に見るなどして体感し、その術式を細かく正確に覚える必要がある。【明晰夢】の中ならそれを目の前で実演できる分、効率的に覚えられるはずだ。

 だが、肝心のシトリーはいまいち乗り気でないようだ。


「確かに魔法をバンバン使えたら格好良いですけど、それってお勉強ってことですよね……」


「頼むよ。強力な魔法さえ使えれば、向かうところ敵なしだぞ?」


「うーん……あ、そうだ! ご飯くれたらいいですよ?」


 シトリーがパッと顔を明るくしてこちらを見た。


「ご飯……? 昼間誰よりもロブスターを食べていなかったか?」


「んもう、そうじゃないですよ。サキュバスのご飯って言ったら……」


 もじもじとしながら、しかし確実に距離を詰めてくるシトリー。つまりは、そういうことだった。


「……昨日散々『レベルドレイン』されたばかりなんだけど」


「でもご主人様(マスター)、『毎日私にご飯をくれる』って約束しましたよね?」


 確かにした。魔物遣い(テイマー)として契約するにあたっての条件を、反故にするわけにはいかないというのは事実。だがサキュバスと毎日していたら、本当に身が保たないと思うのだが。


「……それとも、私とするの、そんなに嫌なんですか?」


 そんな泣きそうな顔で見つめられて、ノーと言えるわけがない。それに残念ながら、嫌どころか喜んでいる自分がいるのも事実なのだ。


「……分かったよ。ただし、しばらくは勉強も続けてもらうからな」


「やったあ!」


 こうして俺の生活は、一気に忙しくなるのだった。



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