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大ザリガニの討伐

「やあ、貴方が冒険者の方ですかな? 昨日の今日で来ていただけるとは、ありがたいことですな」


「ええ、お任せください」


 依頼主である釣堀の管理人は、人柄の良さそうなお爺さんだった。


「こんな街中の釣堀だというのに大ザリガニが居ついてしまいましてな。このままでは放していた魚も食べ尽くされそうで……儂らではなんともし難いのです。一つ、頼みます!」


 大ザリガニとは、1メートル程もある巨大なザリガニである。基本的には臆病で人間を襲うこともないのだが、何せデカい。レベル1の冒険者の初陣としてはちょうど良い相手だろう。

 だが、俺の相棒であり主戦力であるはずのシトリーは、あまり気乗りしないようだ。


「ザリガニ退治なんて泥臭いクエスト、なんでやらなきゃいけないんですか? 私、レベル99なんですよ?」


「確かに退屈かもしれないが、これが俺の冒険者としての第一歩なんだ。頼むよ」


「……まあ、ご主人様(マスター)がそう言うなら」


 俺はなんとかシトリーを宥め、早速討伐に取り掛かった。


「では、討伐に入ります。依頼主さんは危ないので一応家に入っていて下さい」


「ええ、頼みました」


 依頼主が小屋に戻ったのを見届けると、俺は先ほど街で買ったものを鞄から取り出した。鶏一羽を丸ごと使ったスモークチキンである。


ご主人様(マスター)、ピクニックでもするんですか?」


「残念ながら違う。これは釣り餌だ」


 大ザリガニは泥水に生息するため、視覚よりも嗅覚が発達している。匂いの強い燻製で、かつ好物である鶏肉を使えば、おそらく姿を見せるはずだ。 俺は鶏肉をヒモで結び、池に投げ込んだ。


「人間はよくやってますよねえ、釣り。サキュバスの私には、何が楽しいのか全く分かりません」


「人間の女性も同じことを言うよ」


 そんなことを話していたときである。突如水面に巨大な影が映った。


「来た!」


 俺が咄嗟にヒモを引き寄せると、狙い通り影はその後を追ってきた。そして、ついに池の(ほとり)にその姿を現したのである。


「ギイイイィィィ!」


 こちらを威嚇する姿を見て、俺は呆気にとられた。たかがザリガニ如きに、と思うかもしれないが、そうではない。

 振り上げたハサミの大きさだけでも、ゆうに1メートル。小屋ほどもある黒々とした巨体に、毒々しい(まだら)模様。ガチガチと刃を鳴らし、こちらを威嚇する獰猛な姿。


「これは……キラーロブスターだ!」


 キラーロブスターは『水辺の捕食者』とも呼ばれ、時には水辺に訪れた地上のモンスターまで狩ると言われる程である。

 以前ギルドの張り紙で見た『キラーロブスターの討伐』クエストは、難易度★3(推奨レベル30以上)だったのだが……おそらく魔物に詳しくない依頼主が、大ザリガニと勘違いしてしまったのだろう。


(……それでも、やるしかないな)


 だが冒険者である以上、泣き言は言っていられない。一旦応援を呼ぶことも考えたが、このままでは依頼主の小屋まで襲われかねない。相手はそれ程凶暴なモンスターなのだ。


「シトリー、やれるか?」


「勿論です。ちょっとデカすぎて引きますけど、ただのザリガニ退治よりはよっぽど楽しめそうです!」


 予想外の大物相手でも、シトリーは全く臆していないようだ。ならば俺も主人として、腹を括るしかない。大丈夫、いける筈だ――何せこっちはレベル99なのだから。


「よし――やれ、シトリー!」


「任せてくださいよ!」


 シトリーは全く臆することなく、キラーロブスターに向かって一歩前に出る。そして――


「サキュバス族奥義――『セクシーウィンク』!」


 それは、サキュバスの象徴ともいえるスキルであった。それを見た者は魅了耐性が無い限り、例え女性であろうと、有無を言わさず放心状態になる。それは戦場では死を意味すると言っても過言ではない。

 そして、強力なサキュバスであればそれだけに留まらず、相手を一種の洗脳状態にして同士討ちさせることすら可能であるという。


「……」


「……?」


 だがそれは、相手がそれだけの知性がある存在であれば、の話である。


「ギシャアアアァァァ!」


「ええっ!?」


 一瞬の間を空けて、再びキラーロブスターがこちらを威嚇した。


「何で私のスキルが効かないんですか!?」


「効くわけないだろ! メスザリガニになって出直せ!」


「でも一瞬動きが止まったじゃないですか!」


相手(アイツ)も呆れてたんじゃ……って危ない!」


「ギイイアアアァァァ!」


 ぎゃあぎゃあ言い合う俺達に向かって、とうとう巨大なハサミが叩きつけられた。『淫魔の加護』による身体能力強化がなければ直撃だっただろう。シトリーもレベル99だけあって無事に避けたようだ。


「こうなったら私の『投げキッス』で!」


「戦闘用のスキルはないのか!?」


「そんなこと言われても、戦闘なんてしたことないですよーー!」


 完全にテンパっているシトリーの代わりに、俺は必死に考える。こういう時に指示を出すのが魔物遣い(テイマー)の役割だ。何か使えるスキルは――


「っ、そうだ! 炎魔法!」


「えっ!? あれレベル1ですよ!?」


「さっき召還した時に使ってたやつでいいから!」


「思い出させないで下さいよ! ええい――『火炎(フレイム)』!」


 それは、素質があれば子供でも使えるような初級魔法だった。だが魔法がしょぼくても、使い手のレベルが99ならば――


「グギアアアァァァ!」


 シトリーの手から放たれた小さな火種が触れた途端、キラーロブスターの体は一瞬で炎に包まれる。俺はその様子をただ呆然と眺めるしかなかった。


(これがレベル99の強さか……)


 魔法とは、魔力を何らかの現象に転化するための式である。式が貧弱であれば当然、効果も弱くなる筈なのだが……元々の魔力が強大すぎると、レベル1の炎魔法ですらこうなるらしい。


(俺はとんでもない怪物を生み出してしまったのでは……)


「やった! やりましたよご主人様(マスター)!」


 そんな俺の気持ちも知らず、シトリーが抱きついてきた。


「……ああ。とにかく、よくやってくれた」


「えへへ。頭を撫でてくれてもいいんですよ?」


 俺が仕方なく頭を撫でてやると、シトリーは嬉しそうに更に体を預けてきた。色々当たっているし、正直照れくさいんだが。

 そして追い討ちをかけるように、後ろから声が掛けられた。


「爆発音と妙にいい匂いが気になって来てしまったのですが……一体どういう状況で?」


 声の主は、依頼人のお爺さんだ。燃え盛るロブスターの前で抱き合う男女を見て、何を思うのだろう。


「……とりあえず、討伐完了です」


 俺はお爺さんとロブスターの丸焼きを交互に見ながら言った。これ、どうしようか。

 

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