失踪者の部屋
「なるほど、なるべく警察には届けたくないと」
「はい」
三上は元気がなく、膝に手を置き下を向いてしんみり言った。
かなり切実なようだった。
「変な事件だったら個人だけでなく会社の信用に関わります。さらに取引先の社長宅に入った犯人がまさか松本さんではないかと言う話が出ています。もしそんな事になったら世間と取引先全てから信用がなくなります」
「そうですか、ただ松本さんを探す時間が増してしまいますが」
北条が言うとかみしめるような言い方で三上は言った。
「はい、本当は辛いです。松本さんは一緒に仕事した仲間ですし、お世話になりました。犯罪にかかわってるなんて思いたくない。でも上からの命令なのです」
三上は力のなさを悔やみ手が震えていた。
つらそうで小倉も友里花もしばし沈黙した。
皆が止まった中、三上の膝の上の手だけが震えていた。
北条は三上の気持ちを理解しようとし、申し出を受けた。
「わかりました。ではその方向で、当面は私どもの方で捜査します」
「ありがとうございます」
心から三上は感謝した。
「松本さんはいい方の様ですね」
「あ、いえはい!」
少し三上に元気が戻った。
しかし、1瞬肩の荷が下りた様に見えた三上だったが次に意外な言葉を聞いた。
「調査しながら色々聞きたいこともありますので、三上さんもご同行お願いします」
北条はあごに手を当て考え込む表情をとった。
三上は少しだけ戸惑った。
(考え込もうとしてるだけなのに妙に存在感、威圧感がある)
やがて北条は切り出した。
「何か最近松本さんの周囲で変わった事はありませんでしたか?」
三上は少し意表を突かれた格好で戸惑いと緊張感を伴い答えた。
「いいえ、特に何もない感じです。少なくとも会社では」
三上は思い出しながら慎重に答えたが北条はすぐさま突っ込んだ。
「たとえば会社に怪しい人物から松本さんあてに電話がかかってくるとか」
三上は少し思い出そうとし、はっと気がついた。
「・・あっそうだ。確か怪しいかどうかわからないですけど、知り合いだと言う人からの電話を取り次いだ事があります」
「その人の名前は」
急に北条は緊張感を漂わせてきた。
三上は自分の軽々しく発言した事が思わぬ波紋を生んだと思った。
取り次いだ事を後悔した。
三上は小さくなり、申し訳なさそうに三上は言った。
「すみません。覚えてません。この事は何でもない事だと思って会社にも何も言いませんでした」
「うーん。こういう時にはそういう手がかりがすごく重要になったりするんですよ。やはり会社の上の人に行っておくべきでなかったかと」
北条は仕方ないと言う気持ちだった。
「すみません」
1しきり松本の会社での様子や担当する仕事などについて話した。
小倉は言った。
「失踪って色々ありますよね。仕事がつらくなったとか逃げたくなったとか。疲れがピークに達して心が病気になったとか」
小倉が言ったが続けた次の1言がまずかった。
「でももし何か事件に巻き込まれていたら」
この1言で嫌な沈黙が流れた。
しかし空気が悪くなったのを北条は上手くかわした。
「そうですね。それは大変危険な事です。わかりました、では手続きが終わり次第調査をはじめましょう」
友里花は空気を壊したと感じ申し訳なさそうに目で謝る合図をした。
「ではご自宅にいきましょう」
マンションは八行堀にあった。
5駅で1回乗り換える。
駅から7分ほどのそこそこに通いやすい場所にある。
北条探偵事務所からは電車で25分ほどである。
その道のりで北条は聞いた。
一時も時間は無駄にしたくないようだ。
「松本さまは現在会社の副主任さんをやられていると言う事ですか?」
「はい」
「失礼ですが42歳で副主任とは少し遅くないですか?」
「はい、やはり中途ですからね。実は副主任と言ってもまだ正社員ではないんです」
「ほう」
三上の受け答えは松本を尊敬しているのか良くわからなかった。
おそらくあまり偉くないが頑張っている、人柄を尊重しているような感じだった。
「地域限定の総合職と言う感じです。非正規です。で昇進試験は用意されていますがまだ受けてないかと」
「42歳でですか?」
「前職がきつかったため非正規でも今の会社を選んだようです」
と言う感じで色々きいた。これは興味本位である。しかしこういった話から意外と糸口が見える事も少なくない。
「それに関して不満を感じていた事は。意欲はどうでしたか?上昇志向はありましたか?」
三上はさっきの様なミスを犯さないよう反省し良く思い出そうとした。
「ああ、確かに不満はもらしていました。中途で好待遇は難しいですよ。扱いが生え抜きと違いますし。実力主義ではなく年功序列ですが、逆に途中から入った人は損します。それまでのキャリアも関係してくるのかもしれないですけど」
「そういった事が今回の失踪に大いに関係あるのかもしれません。しかしそれはあくまで仕事の事で一方のプライベートの事を調べないといけないのです。普段仕事以外でどう過ごされてるか」
「どこへ遊びに行ってたんだろう? 前職が水商売だからそういう店行ってたんじゃ。まあそういう話はしない人でしたね」
「そうなんですか? それからサラリーマンに?」
「前職は水商売で、その前が土木工事らしいと」
「そ、そりゃ大変だ」
「きつそうですね」
「ボイラー取扱いももたれてますね。随分現場のきつい事をやってたんですね」
「年功序列で転職組にきつく確かに給料は低めかもしれないけどデスクワークですからね。やはり手放すのは嫌でしょう。だからこそ連絡もせずいなくなるのは不可解です」
「かといって今も苦しくてつらい、みたいな。僕も昔は42で転職って思いましたけど、きつかったんでしょうね。派遣など非正規にはどこも厳しいです。今までの松本さんを見ると不当な扱いで、そうですね」
年下の人たちになれなれしくされたりする事や1つミスしたら結構怒られるとか」
「かなり色々ある人生を送ってこられたのかもしれません」
「ただあまり詳しい事は話さないんですよね。どんなことが具体的にあったとか業界話とか身につまされるリアルな話とか」
「もしかしてそういった話を避けているのでは?もし前職の経歴が詐称だったら」
「えっ?」
「過去の事を聞くのは野暮と言う考えを利用し巧妙に過去を隠しているのかもしれません」
「そ、そんな」
築13年10階建ての松本のマンションには特に怪しい人物が付近をうろついている様子はなかった。平和に近所の主婦が行きかい老人は散歩している。エレベーターはあるが階段もある。
「怪しい人物は階段で来るかもしれません」
「ここですね」
北条はブザーをならした。
しばらく待ってみたが出れ来ない
「これがカギです」
と三上は鍵を北条に渡した。
「よっと」
恐る恐るの気分だったが北条は颯爽とドアを開けた。
その位置から辺りを見渡した。
見ると靴がきれいに揃っていた