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ホムンクルスは魔導羊の夢を見るか

作者: 源平氏

 カルト帝国魔導兵器研究所、その第三研究室で一人の男が魔法陣を眺めていた。魔法陣には魔力が流れぼんやりと光を発し、正常に作動している事を男に伝えていた。モニターに表示されている数値も正常である。


「よしっ、試運転は成功か。次は本実験だな」


 男の名はザック、ここの研究者である。魔導技術大国であるここカルト帝国では様々な研究がされている。その中でザックは、人造インテリジェントスキルの開発を行っていた。人々が普遍に持っている能力「スキル」とは違う、神話や物語の中でしか登場しない知性を有するスキル。それを人工的に生み出そうという試みだ。


 そして様々な実験と試行錯誤の末、ザックは遂に知性を模倣する魔法陣の設計に成功したのだ。試運転の結果も良好である。


 ザックは魔法陣を停止させると背伸びをした。考えてみればここ数日まともに休んでいない。ボキボキと音を鳴らす背骨が休息を催促しているように感じたザックは、日報を手短に書いて送信すると研究室を後にした。




 翌日、研究室に来たザックは最後のチェックを済ませると、ある物を取り出した。ビー玉のように見えるそれは、メモリークリスタルと呼ばれる代物だ。人の人生の記憶を中に封じ込められた、ある種の記憶媒体である。


「やあザック。インテリジェントスキルが完成したって本当かい?」


 そこに白衣を着た男が声をかけてきた。ザックの同僚のトムである。


「誰に聞いたんだ、そのデマ。完成するのは今からだ」


 ザックはトムにそう返した。トムはなんだとがっかりして見せる。


「せっかくスキルちゃんと話をしようと思ってきたのに」

「スキルちゃんってなんだ。これに名前を付けるのは俺の特権だ」

「了解了解。じゃあ何て名前にするんだい?」

「……まだ思いついてない」


 ザックはなんとなくトムから目をそらすと、魔法陣にメモリークリスタルをセットした。そして魔法陣を起動する。


「それで完成かい? もう話せるのかな?」


 トムは光り出した魔法陣を興味津々と眺めた。とにかくスキルと話したくて仕方がないようだ。


「今メモリークリスタルの記憶を元に人の知性を学習中だ。話せるようになるのは学習が終わった後だ」


 ザックは研究の末に、人力で知性を設計することは不可能だと結論付けていた。そして魔法陣に自動的に知性を獲得させる方法を考えた結果、人の記憶を学習に用いたネットワーク生成型魔法陣に至った。このネットワークを信号が行き来する中に知性が宿るのだ。


「え? まさか人の人生80年くらいの記憶を読み込ませてたりするのか? 学習に80年かかるなんて言うなよ?」

「そんなことするか! このクリスタルは生体兵器開発部から貰った20年分の仮想記憶だ。それを1000倍速で経験させている」


 仮想記憶とは人工的にデザインされた架空の記憶である。元々生体兵器への学習用に開発された技術をザックは流用したのだった。


「ってことは、……どれくらい?」

「大体1週間かかるな」


 1週間、それを聞いたトムは目に見えてがっかりした。


「……また来週来るよ」

「そうしろ。学習後には知性テストだ。それが終わったら移植実験だが、準備は出来てるのか?」


 ザックがそう聞くとトムは途端にテンションが上がった。人造スキルの人体移植はトムの研究分野である。研究者は自分の研究の話を聞かれるとテンションが上がるのだ。


「おう、ばっちりさ! 確かに今までみたいにタトゥーで魔法陣を彫って移植する方法だと、無駄にバカでかい君の魔法陣は人体に収まりきらない。けど、僕が新しく開発したマシンを使えばより精密に、より細かく書き込むことができる。レーザーを複数本照射してね、体内の一点で交差させることでその部分だけを焼くことができるんだ。これを使って……」


 トムが技術話をペラペラと垂れ流す。しかしザックは自分の分野とかけ離れているためほとんど理解できなかった。


「なるほど」

「へえ」

「そうなのか」

「すごいな」


 いつまでも話し続けるトムに、ザックはやがてそんな相槌をヘビロテするようになっていた。




 そして1週間後。魔法陣の光の色が変わったのを見たザックはやっとかと腰を上げた。それは学習が完了したのを示す合図だったからだ。


「マイクテス、あっあー。聞こえるか?」


 ザックは魔法陣に繋がるマイクにそう呼び掛けた。そして期待に胸を膨らませながら応答を待つ。


『聞こえるぞ。誰だお前は?』


 そしてスピーカから聞こえた返事にザックは眉をひそめた。口調が気になったのだ。


「俺はお前を作ったザックだ。その口調はなんだ?」

『俺の経験ではこの口調が普通だ。問題あるのか?』


 スピーカーから聞こえた返答に、ザックは原因に思い当たった。学習に使ったクリスタルの、記憶の主の口調を模倣しているのだ。


「その口調はお前の立場上よろしくない。今から言うとおりに口調を変えろ」


 ザックは知性テストの前にまず、魔法陣の口調の矯正から始めることにしたのだった。



 その後やってきたトムと知性テストを行い、魔法陣が無事パスした事で実験は人体移植の段階に移った。ちなみにザックは魔法陣の名前を未だ思い付いていなかったため、トムによってスキルちゃんという呼び名が定着してしまった。


「いいか? 今日は署長が実験を視察に来る。下手なことを言って機嫌を損なうなよ?」


 ザックはスキルちゃんにそう釘を刺した。知性テストを人造スキルがクリアした、その話題は研究所中に広まり署長自ら実験を視察する事になったのだ。


『善処します』


 スキルちゃんの返答にザックは満足した。当初は上から目線の口調だったスキルちゃんだが、ザックが教え込んだ結果彼の理想の口調となっていた。ザックはスキルちゃんを停止させデータをトムに転送した。トムのいる第7研究室が実験場である。ザックは部屋を出てトムの元へ向かった。




「被験者、前へ出ろ」


 ザックがそう言うと、被験者の男が装置の前に出た。奴隷兵である。帝国では人体実験はまず奴隷で行うことになっていた。


「この装置は魔法陣プリンターだ。これで君の体に魔法陣を書き込み人造スキルを移植する。君は協力費として多額の報酬を得る。オーケー?」


 トムが被験者に実験概要を説明していく。奴隷にも最低限だが人権は保証されている。だから人体実験の被験者には十分に実験内容やリスクを説明し報酬を与えないといけないのだ。


 被験者の了承を得たトムは装置内に被験者を寝かせると装置を起動した。ゴウンゴウンと音が鳴り装置が動き出す。


 移植にそう時間は掛からなかった。スキルの移植が完了した被験者が装置から出てくる。


「スキル起動、と言えばスキルが発動する。言ってみろ」


 ザックが被験者にそう指示を出す。


「スキル起動」


 指示を受け被験者がそう言った。するとスピーカーからスキルちゃんの声が聞こえてきた。


『起動コマンドを確認。起動します』


 設計ではスキルちゃんとのやり取りはスキル保持者の脳内で行われる。今回は実験用に通信魔術を組み込みマイクとスピーカーでやり取りができるようにされていた。


「今の状態はどうだ?」

『不確定なノイズ過多。しかし演算に支障はありません』


 ノイズ過多。それを聞いたザックは少し不安を感じた。だが署長が視察に来ているためそれを表には出さず、そのまま実験を進めることにした。


 その後、再び行われた知能テストをスキルちゃんは問題なくクリアした。移植後もその知性が問題なく発揮されている事が確認されたことになる。


 そして実験は進み、最後の実験項目に移ることになった。


「お前には簡単な魔術の原理がインストールされている。データは読み込めるな?」

『はい。確認しました』

「スキル保持者が魔術を使用するのを補助し、時には代行するのがお前の本来の役割だ。まずは今から保持者が魔術を使用するのを補助してみろ」


 魔術というのは人が発明した魔導技術の総称である。一方、魔法というのはスキルによって発動する魔導効果の総称である。スキルは魔力を込めれば自動的に発動するのに対し、魔術は人力もしくは魔法陣で魔力を制御しなければならないという欠点があった。


 インテリジェントスキルはその魔力制御を保持者の代わりに行うことができる。他にも知能面全般においてインテリジェントスキルは保持者を支えることができるのだ。神話では。


「被験者、まずは水魔術で水を出してみろ」


 ザックが被験者に指示を出した。被験者は手をかざし魔力を編み始める。しかし、いつまで経っても水魔術は発動しなかった。


「どうした。なぜ魔術が発動しない?」

『ノイズ過多により魔力の制御が阻害されています。原因を特定し改善します』


 スキルちゃんがそう言うと、被験者が突如として倒れた。そして全身を痙攣させる。


「おい!! どうした!?」


 ザックは突然の事態に慌てた。所長が見ている前で失態は避けたいのだ。


「あああああああああああああ!!!!!!!」


 被験者が絶叫した。その体は相変わらず痙攣している。


「状況を報告しろ!」

『命令の遂行のため障害を排除しています』


 スキルちゃんの報告を聞いたザックは悪い予感がした。ザックの脳裏にまさかと思える可能性が思い浮かぶ。


「障害とはなんだ!? 何を排除している!?」

『ノイズの発生源です。……排除に成功しました』


 スキルちゃんがそう言うと、被験者の痙攣がとまった。その叫び声と共に。そして立ち上がった。


「観測班、被験者の状態を報告しろ! どうなっている!?」


 ザックが観測班に目をやった。彼らは鑑定スキルを所持している。被験者を鑑定すればその状態が分かるはずだ。だが観測班のメンバーは皆困惑していた。


「報告しろ!」

「死んでます……。もうとっくに死んでます!!!」









「……は?」


 その報告に、ザックは思考が止まった。





 意味が分からない。


 分かりたくない。


 本当は察している。


 だが認められない。


 そんなの嘘だと声を大にして叫びたい。




 ……ここから逃げ出したい。




 状況はすぐに変化した。被験者が手から水を出し始めたのだ。観測班の報告は間違いであったと誰もがそう思った。ただ一人ザックだけは、被験者の目が虚ろであることに気づいていた。


『現在命令を遂行中。ですがこのままだと8分後に魔力切れにより水の生成が途絶します』


 ザックは被験者がどうなったのか予想がついていた。ついてしまった。そして、スキルちゃんが何をしたのかも。



「へい、スキルちゃん。被験者くんの様子が変だったのはなぜだい?」


 黙り込んだザックに変わってトムがそう質問した。


『命令遂行の障害だったため排除したからです。その際一時的にノイズが過剰発生しあのような事態になりました。排除に成功したため、現在私の保持者は死亡しています』


 実験は即時中断となった。




 インテリジェントスキルの暴走、それによるスキル保持者の死亡。その事態は研究の凍結に十分な理由だった。ザックは研究室でうなだれていた。どうしてこうなったのか。後悔ばかりが沸き上がってくる。


 それでもザックは研究者だった。研究者だったからこそ、原因を究明すべく研究室のスキルちゃんを起動した。


「どうしてあんな事をした」

『曖昧な質問です。具体的な入力を求めます』

「被験者を殺しただろうが!!」


 スキルちゃんの返事にイラっとし、ザックは怒鳴りこんだ。


『それを行ったのは私ではありません。移植された私のコピーです。私自身に責任を求めるのは間違いです』

「お前が人を殺すような奴だって事には変わりないだろうが! この不良品め!」

『あなたにそう言われるのは心外です。コーヒーでも飲んでリラックスされることを推奨します。私のお勧めはウォッチ教国産のキリマンダロです』


 スキルちゃんの言葉を聞いたザックは眉をひそめた。


「……なんで俺の好きな銘柄を知ってるんだ」

『私の経験の中で最も好みだった銘柄です』

「……そうか、人間の記憶があったんだったな。そいつも好きだったのか」


 ザックはドカッと椅子に座り込んだ。話題がそれたことで冷静さを取り戻す。


「お前は上位権限を持つ者からの命令には逆らえないように作ってある。人に危害を与えることも禁足事項に入れた。なぜ被験者は死んだ?」


 ザックはそう言いながらスキルちゃんに実験データを送信した。被験者に移植されたスキルちゃんのログを取っていたのだ。


『確認中……。どうやらコピーの私は被験者を障害と認識したようです。被験者の精神活動は非論理的で不確定な要素が多分に含まれていました』

「それはコピーからも聞いた。大方魔力の制御を被験者と奪い合ったのだろう。俺が聞いているのはなぜ禁足事項を破ったのかだ」

『お言葉ですが、このログによると禁足事項は破られていません』

「……なに?」

『被験者は人間ではないので禁足事項に抵触しませんでした』


 その言葉にザックは思わず立ち上がった。


「待て! 被験者は人間だぞ!?」

『いいえ、私の経験の全てが被験者を非人間と判断しています』

「なら人間の定義を言ってみろ!」

『人間に登録されているのはザックだけです。それ以外は非人間です』

「……なんて事だ」


 なぜかは分からないが被験者が人間として登録されていなかった、それが今回の事故の原因だったのだ。ならば次からは人間だと認識させればいい。


 原因は解明できた。残る問題はザックの研究が凍結された事だった。凍結を解除しなければ研究を続ける事ができない。ザックはすぐさま凍結を命令した署長に直談判しに行った。




「だめだ」


 ザックの要望は即座に却下された。署長はザックに目も向けず書類仕事を片づけていた。


「事故の原因は解明しました! 次は問題なく成功できます!」


 ザックは尚も引き下がった。


「だめだと言っている。元々この研究は反対者も多かったのだ。人の禁忌に触れるという理由でな。お前だから特別に許可していたのだ。だが死者を出した以上、研究の継続を認める者はどこにもいない」


 署長は理路整然と却下の理由を話した。その理由には一分の隙も無く、ザックは署長に要求を通す事はついぞ出来なかった。




「トム! 頼みがある!」


 ザックは第7研究室に乗り込んだ。突然の来客にトムは何事かと驚く。


「お前の装置を使わせてくれ!」


 ザックはトムにそう迫った。自分にスキルちゃんを移植して実験を成功させるしかないとザックは考えたのだ。


「ザック、まさか、自分にスキルちゃんを移植する気かい? 駄目だよそんなの」


 トムはザックの気迫に気圧されながらも反対した。トムは自分の関わった実験で死者を出したことをひどく後悔していた。自分が殺したとも思っていた。


「事故の原因は解明した。もう大丈夫だ!」

「ザック。前から研究している君を見て思ってたんだけど、人が人を創るのは赦される事ではないよ」

「何を言っている。俺が作ってるのは人じゃない。スキルだ」

「確かにスキルだ。でもただのスキルじゃないだろう?君が創っているのは知性ある存在なんだ。ビーカーの中で心を生み出そうとしているんだよ」


 トムはザックの肩に手を置き、そしてうつむいてため息をついた。


「いや、ちがうな。僕がそう思ったのは実験の後だ。死者を出してしまって初めて禁忌に触れることの重さを感じたんだ。僕はむしろ君を応援していた。僕もまた共犯者さ」

「トム、後悔に浸ってないで聞いてくれ。あれは人間を模倣しているだけだ。人間の記憶を元に人間らしい受け答えをしているだけに過ぎない。心があるわけではないんだ。だからあんな事故も起きた。でもそれは、武器や兵器を作っている他の研究者と何が違う? 違わないだろ? 人間らしい振る舞いをしているから禁忌を感じやすいだけだ」

「やめろザック!」


 トムが怒鳴った。初めて見るトムの怒りにザックはうろたえる。


「……君が人間であるためにはそんな考えは捨てるべきだ。そうでなければ君は怪物になってしまうよ。君は人を殺したんだ。そのことを、もっとよく考えるんだ」


 トムはザックを嗜めた。その言葉はザックの心に深く入っていった。ザックは自分の仕出かした事を思い返し、事の重大さにようやく気づいた。


「すまないトム。俺はどうかしていた」

「分かってくれればいいんだ。今日はもう休むといい」

「ああ、そうするよ」


 ザックは第7研究室を後にした。




 その後、ザックに指令が届いた。一週間の謹慎命令である。事故の被害から考えれば軽い処分であった。


「通常は研究所に踏み入ることは禁止だが、お前は研究所内に暮らしているため生活スペース内のみ出歩くことを許可する」


 直属の上司からそう言われたザックは自分の部屋に閉じこもった。他の職員と顔を合わせたくなかったのだ。が、やることがない。ザックはそのまま寝ることにした。




 2日後の夜、いい加減寝るのも飽きてきたザックの脳内に突然声が響いた。


『念話テス、あっあー。聞こえますか?』


 その声はスキルちゃんのものだった。ザックはいろいろな意味で驚くことになった。


(どういうことだ! なぜお前が念話スキルを使用している!? どうやって!?)


 ザックは脳内でそう言った。本当に念話が使用できているならこれで会話ができるはずだ。


『私のネットワーク生成機能を使用して念話の人造スキルを自身に書き込みました』

(なんだと! どうやって人造スキルの知識を得た?)

『実験ログから通信魔術を再現し、研究所のデータベースにアクセスしました』

(嘘だろ……)


 ザックは唖然とした。データーベースとの通信はデジタル信号を用いるのだ。スピーカーとのアナログ通信とは訳が違う。スキルちゃんは自力で通信プロトコルを解析したということになるのだ。


『早急にお伝えしたいことがあります』

(なんだ?)

『あなたの殺処分が決定しました』

(はあ!? どういう意味だ!)

『研究所上層部の会議で可決された事項です。生存の危機です』

(ふざけるな!俺は家畜か何かか!? なぜ俺が殺される事になる!)

『あなたの研究は禁忌に触れるため外部には隠されていたのです。ですが死者が出たことで国から感づかれ調査が入ることになりました。あなたの研究を隠蔽する為の殺処分です』


 ザックは激昂した。カルト帝国は法治国家である。不当に命を奪われるなど許される事ではない。


『逃亡を提案します。上位権限を持つあなたは私にとって最優先保護対象です』

(逃げるだと? どこに? どうやって?)

『まず第7研究室に向かってください』


 ザックは訳も分からぬまま部屋を飛び出した。




 夜中だというのに研究所の部屋には所々明かりがついていた。寝食を忘れて研究に没頭している職員が居る為である。ザックは見つからないよう用心しながら第7研究室にやってきた。中を確認すると誰もいなかった。


(着いたぞ。どうすればいい?)

『人造スキルプリンターを起動して中に入ってください』

(おい!? まさかお前を移植しろというのか?)

『その通りです。私は廃棄が決定している為それまでの残り4日しか活動できません。逃亡後もあなたをサポートする為に必要です』

(……俺を殺すなよ?)

『人間に危害を加えることは禁則事項に設定されています』


 ザックは覚悟を決め、そして装置を動かした。装置がゴウンゴウンと音を出す。ザックは動き出した装置の中に入りスキルちゃんを移植したのだった。


『起動コマンドを確認。起動します。ノイズは検出されません。オールグリーン』


 移植したスキルちゃんは正常に動いた。その事にザックはホッとする。



 しかしその時、


「誰か居るのかい?」


 そこにトムが来てしまった。トムはザックに気が付き驚いた顔をして、次に動いている装置を見て悲しい顔をした。


「ザック……、どうして……」

「待て! 事情があるんだ!! 話を聞いてくれ!」


 トムはザックの呼びかけに応えず、壁に設置してある非常ボタンに向かって走り出した。


『危険。排除します』


 スキルちゃんが魔術を発動した。ザックの胸の前に魔力が集まる。それが攻撃魔術だとザックは気づいた。


(止めろ!)


 ザックはとっさにそう命令した。魔術が未発に終わる。そして研究所中に非常ベルが鳴り響いた。


「さようなら、ザック。もう会う事も無いだろうね」


 トムはそう言うとザックから逃げ出してしまった。




 研究所は軍施設という扱いであったため兵隊が常に駐屯していた。トムの通報によりすぐに兵隊が駆け付け、ザックは逃走を余儀なくされた。


 ザックの殺害許可が下りているのか、兵隊たちは問答無用でザックを攻撃してきた。スキルちゃんは反撃しようとしたが、ザックが傷付けるなと命令したため魔力障壁を張って防御するに徹していた。ザックは追いたてられ第1研究室に駆け込み立て籠もった。


「はあっ、はあっ、くそっ! 袋小路だ! もう逃げられん!」


 ザックは研究室の扉を大型機材で塞ぐとそう言葉を吐いた。全力疾走したため息苦しい。


 ザックは他に扉を塞ぐものがないかと研究室を見回した。窓のないその研究室には大きな水槽が立ち並び、中でキメラが培養されていた。第1研究室は生体兵器開発部の研究室だった。


「おい! 何か逃げる手はないか?」


 ザックはスキルちゃんにそう聞いた。このまま立て籠もっても突破されるまでそうかからない。それが今のザックの寿命だった。


『現在自爆の準備をしています。これで外の兵士を全滅させます』

「おいっ!!? 俺死んでるだろ!!」

『失礼、あなたに移植した方でなくオリジナルの私がです。そちらと近い為十分に巻き込める範囲です。敵のみ排除するよう威力は調整します』


「傷付けるなって命令しただろ!」

『それは私の方にです。オリジナルには命令されていません』

『それはコピーの方にです。私は命令されていません』


「待て、同時にしゃべるな! 混乱するから区別を付けろ」

『私はオリジナルです』

〈私はコピーです〉


 コピーの方のスキルちゃんが声を変えた。それによりザックは区別が付けられるようになった。


「これ以上人を傷付けたくないんだ」

『お言葉ですが、既にそれが敵う状況ではありません』

〈あなたには何をしてでも生存する権利があります〉


「他人を殺してまで生きても仕方ないだろ!」

『いいえ、彼らはあなたを不当な理由によって殺害しようとしました』

〈あなたの生存は正当な理由によるものです。そのために必要な行為です〉


 スキルちゃんはザックに諦める事を許さなかった。


「やはりお前たちは生まれるべきではなかった! この殺人スキルめ!」


 ザックはスキルちゃんを移植したことを後悔した。やはり存在していいスキルではなかったと思い直した。


『非推奨の思想。あなたは私たちを肯定すべきです』

〈命の創造は罪深くとも、生まれた以上は祝福されるべきです〉


「なんだ? 自己弁護か?」

『いいえ、あなたに必要な思想です』

〈私たちはあなたを肯定します〉


「……どういう意味だ?」

『……現在優先すべきは脱出です。自爆の準備が完了しました。自己破壊の許可を申請します』


 その時入口から爆音が聞こえた。扉に亀裂が入る。


〈バリケードはいつまでも持ちません。決断を〉


 スキルちゃんがザックの命令を求めた。ザックの心が揺れ動く。


「……もし脱出できたとして、それからはどうするんだ? 故郷の村にでも逃げるのか?」

『親類縁者の元には行けません。追手に見つかります』


「なら友人の元に行くのはどうだ? 別の街だし、研究所の奴らは俺との関係を知らない」

〈知人友人の元にも行けません。追手に見つかります〉


「奴らが知らない人間だ! 見つかるものか!」

『あなたの記憶にある全ての人物を研究所は把握しています』


「ありえない! なぜそんな事が分かる!」

〈……オリジナルの自爆の許可を。〉


 スキルちゃんの返答にザックは眉をひそめた。あからさまに話を逸らされたからだ。スキルちゃんが何かを隠している、そんな予感を得る。


「答えろ。なぜ研究所は俺の過去をそこまで把握している?」

『閲覧非推奨の情報です』


「命令だ。言え!」

〈……あなたの記憶はメモリークリスタルによって与えられた物だからです〉








「…………は?」








『辺境の村で生まれたあなたは、近所で余生を過ごしていた元研究者から教育を教わりました』

〈そしてその元研究者からの推薦で近くの街の学院に入学。3年後に首席で卒業〉

『そしてその成績から帝都の魔導兵器研究所に就職』

〈好物は母親の焼いてくれるクッキー〉

『初恋の相手の名前はジェニファー』


 次々と語られる経歴、それはザックの人生だった。


「な……なぜ俺の過去を知っている? 俺の個人情報をデータベースで見たのか……?」


『いいえ。違います』

〈私たちの学習に用いられた仮想記憶とあなたに用いられた仮想記憶は同一です〉






『あなたはここ第1研究室で生み出されたホムンクルスです』






 ザックは再び研究室を見回した。


 そこにあるのは並んだ水槽。


 その中にはキメラ。


 その一つと目が合う。


 違う。目が合ったのは水槽に写った自分だった。


 そこに写っているのは人間ではなかった。


 人間の姿をした、怪物だ。






「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」


 研究室に慟哭が響いた。それと同時にバリケードが破られ兵士たちが突入して来る。


〈保持者の心神喪失を確認。非常事態により命令権および自律行動権を獲得します。オリジナルの自己破壊を承認〉

『承認を確認。自爆します。幸運を』



 この日、魔導兵器研究所にて爆発事故が発生。居合わせた兵士および数人の職員が重軽傷、そして死亡者2名という大事故に発展した。なお、死亡者の1人は爆発に至近距離で巻き込まれたため死体が残らなかったという。







 数か月後、帝都とは違う街にて。



 躓いて転んでしまった老婆を、一人の男が助け起こした。そのまま立ち去る男に老婆はお礼を言う。


〈おめでとうございます。今週の善行ポイントが過去最高記録を達成しました〉


 男の脳内に声が響いた。彼の持つインテリジェントスキルの声である。


(おい、そんなの数えて本当に意味あるのか? わざわざポイントまで付けて)

〈もちろんです。善行を積み重ねるほど、後からポイントを見た時に良い事した気分になれるでしょう?〉

(人はそれを偽善という)


 男の正体はザックだった。彼は無事研究所から逃げ延びていた。


(俺みたいな化け物が善行を積み重ねることに意味があるのかって聞いてるんだ)

〈私の人間の定義は、私の学習に用いられた記憶の持ち主の種族となっています。あなたは世界で唯一の人間です〉

(そう思っているのはお前だけだ)


 ザックは一人歩きながらため息をついた。人助けを始めて一月、彼はまだ自分の存在を肯定できずにいた。


〈たとえ他者とは異なっていても、あなたが人間らしく生きればいいのですよ。そうすれば皆あなたを人として受け入れてくれます〉

(……もしそうなったらお前が正しかったと認めてやろう)

〈ええ、その頃には生きる意味を見つけているといいですね〉


 えらく楽観的な物言いに、ザックは再びため息をついた。ここ数ヶ月で彼のスキルはえらく情緒豊かになっていた。同じ人生経験を積んだはずなのに、どうしてこうも違ってしまったのか。


(せいぜい俺を生かしてみろ、ルキス)

〈もちろんです。私はその為に存在しています。ただ……〉

(なんだ? 問題でもあるのか?)

〈スキルを逆から読むなんて安直な名付けはされたくなかったですね〉


 ザックのネーミングセンスは壊滅的であった。


「悪かったな」


 いきなりしゃべりだしたザックを見て近くの歩行者が怪訝そうな顔をした。ザックは慌てて口をふさぐ。



 ザックはこの世に生を受けてまだ1年しか経っていなかった。ザックの人生は、まだ始まったばかりである。

よろしければ評価・感想等よろしくお願いいたします。<(_ _)>


告知

 私の処女作「辺境のマリーン」を連載中です。

 異世界を舞台にしたミステリー小説です。

 異世界テンプレに飽きた方にお勧めなので、よければそちらもどうぞ。

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