第一章 第三話 受験生
尚紀は少しずつ近づく高校入試に必死になる日々が続いていた。彼は自分の周りにいたライバルの多さを思い知らされる。一人を除いて...
ーーはぁ、学校だりぃな、本当に。…
今日は珍しく、7時ちょうど目を覚ました尚紀だったが、覚醒までには時間がかかるらしい。どこかの第二の母親がいなかったら今日も遅刻だったかもしれないが。
ようやく、菜月との距離感や付き合い方などには慣れてきたころだが、まだいまいち馴れ馴れしく接するのには抵抗がある。やはり、「好き」ではないからだろうか、顔を見ても愛情や親近感は湧いてこないようだ。
「やっぱ本当のこと言うべきなのかな」
尚紀は太陽の光が差し込む部屋でリア充にしては変わった悩みに頭を抱えていた。だが、女の子とイチャついてばかりもいられない。
ーーいよいよ残り2カ月で入試か。
尚紀は迫り来る壁を乗り越えるべく、徹夜での勉強が続いている。遅刻癖はこの寝不足が原因である。ふと、さぼろうかとも思ったりするが、周りの頑張りを前期末テストで見せつけられた以上、そういうわけにもいかないのが辛い。中高一貫でない中学3年生は皆、お互いにいい刺激を与えあっているのだ。
とりあえず、朝は英単語帳を眺めることから始まる。自分でも英語数学に関しては受かるラインに十分達していることはわかっていても努力を怠って後悔することを思うと否が応でも机に座る。
「blossom:花、bowl:鉢、Brazil:ブラジル...」
何度読み返したかわからない単語帳をひたすら口にしながら、学校への道を歩いていると、ふと近くに自分と同じように勉強に勤しんでいる少女の存在に気がついた。菜月だ。どうやら彼女もこちらのことがわかったようだ。
「尚紀くんも頑張ってるんだね。メールで言ってたもんね。上井高校行きたいって」
「あぁ、まさか、そっちも目指してるとまでは思わなかったけどな」
彼女もまた同じく、上井高を目指すライバルの一人なのだ。一見、明るい彼女も勉強しているときは何かにとりつかれたように無言でペンを動かし続ける。そのときは彼女を可愛い可愛いと褒めちぎる野郎共もペンを握るのだ。我が彼女ながら恐ろしい。
「いよいよ、近づいてきたな。高校入試」
「うん、そっちは受かるビジョン見えてる?こっちは数学勝負の賭けになりそう」
尚紀は彼女から出た不安に満ちた言葉に疑問を浮かべた。確かに彼女の持つ数学力は並大抵のものではないが、英語を始めとする文系科目も、試験が終わるごとに張り出される順位表の上の方にいつも名前が載るほどのものだったはずだ。
「菜月って文系得意じゃなかったか?」
「最近不調でいまいちいい点数とれないんだ。この前の全国模試も英語と古文のせいでC判定だったよ」
ーー一見完璧な子にも弱点はあるんだな。
尚紀は彼女の意外な一面をまたひとつ知ったのだった。
授業は基本的に全く聞かない尚紀も、苦手の科学だけはノートを用意する。老いぼれの解説は聞いていても微塵も楽しくないが、サボるわけにもいかず、必死に頭に詰め込む。
「ふあぁ。ん?あ、授業終わっちまった...」
始めは聞いていた科学の授業をすっかり寝入ってしまった尚紀は一階の食堂にパンを買いに行く途中、ある男に出くわした。
「お前、上井目指してんだってな。俺もなんだ。こりゃ、高校まで一緒かもな」
尚紀は古きからの友人からの一言に驚きを隠せないでいた。
何度も言うが、上井高校は年間幾人もの生徒を旧帝国大学に排出する名門高校なこともあり、入学でさえ、困難とされる。それなのに、今までは勉強もろくにせず、アニメやラノベなどに夢中だったやっさんがいきなり、尚紀や二人の「なつき」と同じくあそこに行こうというのだ。なつきでさえ、残り数か月では厳しいだろうと思ったが、この男の実力でははっきり言って不可能だ。だが、彼はなつき以上に自信満々な様子だった。
「どうしたんだよ、ライバルが増えるのが不安なのか」
ケラケラと笑ういつものやっさんだったが、今回ばかりは同じようには感じられない。
「お前、本気で言ってんのか?毎年、あそこの合格発表の時、一体何人が泣いていると思ってんだよ。多分この四百人以上いる西ヶ丘の三年全員が挑んでも受かるのはせいぜい十人ちょっとだろうさ。言っちゃ悪いが、お前の成績じゃほぼ可能性ゼロだぞ」
少し言い過ぎたかもと思ったが、やっさんはそんな言葉をもろともせずに返した。
「確かに前回の期末テストの成績では不可能だろうさ。まあ、今度の中間試験で俺の名前を探してくれや」
彼はそれだけ言い残してパンを片手に教室へと帰ってしまった。幼なじみの柔道部で鍛えた筋肉質な背中を見て一切嘘をついているようには感じなかったが、さすがの尚紀も半信半疑だった。
時は流れ、今日は年四回ある試験のうち三回目にあたる、今回後期中間試験初日。とはいえ、今回の試験は最後のが二月末に行われるため、入試前最後の力試しとなる。皆、顔が真剣で、いよいよ迫る入試に緊張の色が窺える。
尚紀は今回の試験ではトップ五位入賞を目標としているが、なかなか高い壁である。だが、自分以上に成績が気になるのはあの二人。なつきに関しては自頭がいいため、本気になれば上位入賞の可能性はあるだろうと思うが、問題はあの男だ。あいつは確かに中間試験で結果を出すと言っていた。まあ、どちらにせよ、今回で妄言かどうかわかるだろう。
ーー今はあの二人より自分に集中しろ。
いよいよ試験用紙が配布されたのだった。
「試験の結果及び通知表は後日各生徒の家に郵送します。本日はこれにて解散です」
終礼が済み、各々カバンをもって教室を後にする。
尚紀の出来栄えはまずまずといったところ。五位入賞は夢ではないくらいだ。
一人で帰り道を歩いていると
「尚紀くん、試験どうだった?」
と、背後から絶賛お付き合い中の女の子である、菜月に声をかけられた。
「まずまずかな?古文をちょっとしくじったかもだけど」
もう彼女に対してすっかり抵抗がなくなっている自分に今さらながら気づいた。これも彼女の力なのだろうか。
「やっぱり尚紀くんはすごいね、私なんて二十番入れたらいいほうだよぉ」
傍から見ればとんでもない成績なのだろうが、名門高校を目指す彼女にとっては不満なのだ。
「あと二か月切ったね。一緒に合格できたらなぁ」
この一言に尚紀は異様なまでの罪悪感に襲われた。彼女は心の底から自分を愛してくれているのだ。にじみ出る脂っぽい手汗が余計と彼を追い詰めていく。
ーーもうこれ以上この子を裏切るわけにはいかない。
「菜月、実は俺...」
言いかけた直後に思わぬ乱入者がやってきた。
「しょーきー」
いきなり後ろから抱き着かれ、よろけてしまう。
「なにすんだよ」
「まあまあ、そういわず」
全く悪びれないやっさん。むしろそのほうが落ち着くが。
「どうも、岩本さん。お久しぶりです。尚紀くんからいろいろとお話は伺っております」
「こちらこそしょーきからいいうわさはかねがねきいておりますです」
やけに打ち解けるのが早い二人。話は次第に盛り上がっていったが、尚紀はまだ自分の罪深さに心を締め付けられていた。
「俺、道こっちだから。じゃあな」
本当はこっちの道ではないくせに、二人に見送られるままその場を去った。
その日は乾燥する冬場には似合わない大雨が次の日の朝まで降り続けた。
どうも、「連続投稿お疲れ様」を聞きたい男、NPC PROです。入試前に来る今作のビックイベント、クリスマスをどう盛り上げるかを必死に模索中です。なつきか菜月、どっちとくっつけようか悩みます(笑)これからも「ことくり」をよろしくお願いします。