プロローグ2
語られる、尚紀となつきの物語。二人の過去は壮絶なものだった。
彼の名前は西岡尚紀。京都府立西ヶ丘中学に通う中学3年だ。冒頭でも話した通り、恋人は未だできたためしがない。今まで顔がいいだの、運動してる姿がかっこいいだの言って告白してくる連中は幾度となく、フッてきたのだから仕方ないのだけど。ここからはそんな彼の恋話だ。
初恋の相手の名は沢城なつき。彼女とは小学校入学当初から親がなじみだったことから、異性にしては親しくしていた。彼女は天真爛漫で一緒にいて楽しくなる、そんな少女だった。
二人は小1でクラスが一緒になっただけで、それからの三年間話す機会がなかった。尚紀はグラウンドでサッカーをしている傍ら、彼女はずっと教室で過ごしてしまう、そんな日々が約三年続いた。異性とは完全に無縁になったおかげで尚紀はすっかり男の輪から出なくなった。
しかし、小5になり、数年ぶりに同じクラスになると、少しずつ幼いころみたく話すようになり、尚紀は次第に異性と関わることも増えたような気がする。異性と壁をつくってしまう彼も彼女と過ごす時間は苦ではなかったこともあり、自然と昔の姿に戻りつつあった。
だが、彼女は尚紀と違って、幼さがすっかり消えてクラスのみんなからも人気を集める、そんな女の子になっていた。女からも男からも慕われ、終始会話を続けるその姿を見ていると、尚紀はどうにも不満が溜まっていった。
そんな中、クリスマスの夜、彼に転機が訪れた。その日は気温が零度を下回り、大雪警報まで発令されていた。彼女はそんな深々と降り続ける雪の下を潜り抜けて青い手袋を届けに向かった。彼女は毛玉のついた帽子を白く濡らし、顔は寒さのせいか真っ赤になっていた。その様子は痛々しくも見えたが、それと同じくらい美しくもあった。彼はそのとき、お礼を告げるだけで家に帰してしまったことを今でも後悔している。
その次の日だった。尚紀は彼女にいつものように声をかけようとしたが、うまく言葉が出てこなかった。それは決して悲しみや苦しみによるものではない。明らかな喜びの感情による想いそのものだった。自分の中に渦巻く何かが言葉を遮っているだけなのだ。彼女は尚紀の存在に気づくと優しく笑顔を浮かべる。そのときだった。彼女の身の回りのものからあの長い髪や大きな瞳まで何もかもが美しいと思い、彼はようやく自分の心の内を理解した。尚紀はその日の帰り、雪が積もった帰り道だったんだが、手から感じる温もりが寒さを感じさせなかった。
彼はそれからというもの学校にいる時間一秒一秒が明るく感じた。彼女の仕草をちらりと眺めたり、体育の着替えの時間に卑猥な妄想を思い浮かべてみたりするうちにどんどん彼の心は彼女に侵食されていった。だが、決してそのことは他人に話そうとはしなかった。
しかし、その幸せな時間は雪のように消えてなくなることとなる。
尚紀がいつものように教室に入ったときだった。朝は大体一番に来る傾向だったことから、教室に入るや否や一人愕然とした。彼はあまりの静けさに教室の時計の音までもはっきりと聞こえ、自分の心臓が動いているのかすら不安になった。自分の机には無数の落書き、そこには彼の気持ちそのものを踏みにじる言葉が綴られていた。もう涙が止まらなかった。どれほど一人で泣いたかわからない。だが、悪夢はこの程度で許してはくれなかった。
彼女の、なつきの机までも、同じ目にあっていたのだ。
ーー誰も来る前に何もなかったことにしなくちゃ。
小学生の男の子にできることはその程度だった。だが、その儚い決意すら報われることなく、最悪の来訪者がその惨状を目の当たりにした。
「え...」
たった一言だったが、深い悲しみを感じさせるには十分な力があった。呆然とその様子を眺める彼女のいたいけな姿を見て、尚紀は余計に自分の無力さを呪った。
何も言わずにただ机を濡れた雑巾で拭き続けていると、向こうも感じ取ってくれたのか、同じように机を拭き始めた。
朝礼が終わり、こっそりと教師に朝のことを伝えると、
「なんとかしてやる」
と力強く答えてくれた。その背中は告白の手伝いを引き受けてくれたときのやっさんのものとよく似ていた。
教師は言葉通りすぐに犯人を割り出し、それからはいじめを受けることはなくなった。やっさんも少なからず協力してくれたらしい。だが、それからというもの、二人の小学校生活は終わったようなものだった。
尚紀は今もこの過去引きずっているのだ。おそらく二人の中からこの記憶が消えることはないだろう。今、ようやく前に進みだそうとする少年の心は神のみぞ知る。
どうも、NPC PROデス!今回でプロローグはおしまいです。みなさん、いかがでしたか?ところで、投稿頻度に関してなんですが、週一、二回程度の更新で手掛けていこうと思います。今後とも「ことくり」をよろしくお願いします。