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道場主と道場破りの試合はすぐに行われる。
戻ってきた姿の、着流しのまま、道場主は道場破りに立ち向かう。
半身に構え、隻腕の部分を相手から隠す。正面に向けた木刀で道場破りを分かつように、顔の正面を隠す。
「真剣を使ってもいいぞ」
「お前にはこれで充分だ」
挑発したはずなのに、帰ってきた言葉は冷静だ。
道場主にしては年若い男だ。だが、経験も少ないような人間が師匠と呼ばれる位についているのだから、相当な手練なのだろう。
着流しの上からでも、その膂力が手に取る用に感じられる。
だが、手負いとは言え、負けるわけには行かなかった。
女に手痛い一発を見舞われているとしてもだ。
再び、刀を構え、威圧する道場破り。
一度戦いの中に身を投じれば、痛みなど忘れる。
ピンと張り詰めたような感覚が場を支配する。
***
無闇に放つわけでもなく、ただ相手に向かって一直線にとんでいく、威圧感。
鍛錬と集中力の賜物でもあるそれが、今にも飛びかかりそうな雰囲気を制しているような、そんな印象を持つ。
「片腕を失ってから、死にものぐるいで鍛錬を続けてきたのだもの」
フーは平然とひとり言をつぶやく。
「負けるはずがない」
***
力強く踏み込んだ足さばきは一足飛びに道場破りに迫っていく。そんな、感覚を覚えた。
一太刀目に、身体で反応をして合わせていた。
(片手、なのにっ)
道場破り歯を食いしばる。
(なんで振り下ろしだっ!)
あまりの圧力に後ずさっていく。
両手を使って受けているのに、木刀を押し返せない。
がっちり噛み合ったような木刀と刀。
刃先を食い込ませているというのに、木刀に切れ筋すらついていない。むしろ、ひびがつきそうなのは、真剣。
打たれた胸が痛むから、ではなく単純に力が、隻腕の青年よりも劣っていた。手動権を握ったまま、離さない道場主の右腕に血管が筋となって浮かぶ。
顔と顔が近づくが、表情は対照的だった。
リェンの顔はずっと、涼しいままだ。
噛み合っていた2つの力の均衡がふっと和らぐ。
その瞬間に、鞭のようにしなった木刀が太腿を狙う。
咄嗟にだした刀が不格好な形でしのぐ。
想像できないほどの硬い音が道場に鳴り響く。
リェンは執拗に攻めはじめる。咎めるような鋭い連撃を道場破りは間一髪で防いでいく。
あまりの厳しさに、声すら発することができない。
やがて。
宙をきらりと光るものが舞い、床に突き刺さる。
男の刀が砕け、先端が突き刺さったのだった。
気張っていたものが切れた。
その時、腰を砕けたように尻もちをついた。
「参ったよ、俺の負け、だ」
汗が額を伝う。やっと、胸がばくばくと音を立てていたことを道場破りは知る。
リェンは、そんな男を一瞥する。
つぶやいた言葉を男は最初聞き取れなかった。
「はっ?」
「まだ、勝負は終わっていないのだろう?」
ためらいなく振り上げた木刀を振り下ろす。
振り下ろしたそれが、道場破りの肩甲骨を叩く。
悲鳴とともに、一つの生命が終わった音が聞こえた。