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道場破りといえど、客人には違いない。だから、お茶の一杯でもってもてなすのだった。


真ん中で座る男に近づくと、彼女の足音がひたひたと聞こえた。


いつもなら、子供達が、元気を超えて、稽古に励む声が聞こえるばかりなのに。


耳が痛くなるほどの静けさは逆に違和感を覚える。


そわそわとした気配が段々と、強まっていく。


毎日、子供たちが雑巾がけをして磨いた床の、その真ん中で足を崩して座る浪人風の男。


四方八方に乱れた髪も整えることをせず、立てかけた鞘を抱くように、待っている。


ぎらぎらと脂ぎったような気配が男から漂う。


それが道場破り。そんな、気配。


子どもたちは、皆、壁に背中をくっつけるように、座っている。


ふざけあうこともなく、背筋もしゃんとしているのは珍しい。


近づくにつれて、強まっていく気配。フーはその感覚に心当たりがある。


人斬りの気配。


まざまざと見せつけるように醸し出すような人間に、子供たちは見たこともないはずだ。


それに、そんな人間に彼らを向き合わせたくない。


***


道場破りの男は座ってからずっと、微動だにしなかった。


たったそれだけなのに、苛立ちのように殺気を振りまいていた。


無造作に座っているようでいて、立てかけた鞘を今にも抜いてしまうような気配。


それは、血と脂を浴び続けてやっと、研ぎ澄まされていくようなもの。


気配に聡い子供達がまったく近づこうとしないのが、その証拠だ。


生半可な道場破りならば、こんなことにはならない。


「長旅、ご苦労様です」


男の目の前に回った彼女。男は固く目をつむり、刀を腕に抱いていた。声をかける彼女にも反応しない。


フーは気にせずに、腰を下ろした。お盆に載せたお茶を目の前に差し出しながら。


「粗茶ですが、一杯いかがですか」


その言葉を聞いて、初めて、男はつむっていた瞳を蛇のようにゆっくり開く。


たてた肘を支えに顎をのせた掌。


目の前に出された湯飲みに目を落とさず。


彼女を見初めた男は、ニヤついた顔を隠さない。


不気味な気配に、フーは盆を胸の前に抱くようにしようとして。


拒まれた。


「どうかされましたか?」


不気味な程に折れ曲がった節くれた指が彼女の手首を掴む。


「あんた、俺と同じ臭いがするよ」


かっと見開いた瞳が、脂を塗りたくったように照り光る。


「洗っても、洗っても落ちない、血の臭いが」


「あら、気を悪くしてごめんなさい。私も女性なので」


「冗談もなにも」


男の所作に気がついたのは、かろうじて目にすることができたのは、師範代を任された少年のみだった。


フーの首筋にたてられた刃。


男の鞘から抜かれた刀が瞬く間に、襟足にたてられたのだ。


「ほら、あんたは腰を抜かしてもいない」


確信したような、男の笑い方は赤ん坊のようにくしゃくしゃとしたものだった。


男を静かに見つめるフーの瞳はひどく冷め切ったものだった。


「修羅場を何度もくぐり抜けた、顔かたちだ」


「………」


「何が道場主はしばらく戻ってこない、だ。目の前に格好の人間がいる癖に」


首にあてた刃を離し、ゆっくりと、柄を引き、刃を鞘にしまう。


「あんた、俺と戦え」


「いや、といったらどうしますか?」


囁くような彼女の声が硬さをみせる。


「あんたをやる気にしてやんよ。どうだ、3人くらい」にやりと、含み笑う男。「肩慣らしに切り刻めばいいか」


壁によった子どもたちを顎で示す男は表情を崩さない。


二人の目線が重なった様はまるで火花が散ったよう。


フーは大きくため息をついた。


視線を切った。顔を隠すようにうつむかせ、息を細く、長く吸った。


「一人でも多い、ですよ」


男は、眉根を寄せる。


元の調子を、彼女は取り戻していたのだから。


「主人が戻ってくるまでの余興なら、私もつきあいますよ。お手柔らかにお願いしますね」

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