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暗がりの中でフーは膝を落とす。
膝に載せたお盆から離した右手で扉にさわる。扉の向こう側のさわさわした雰囲気を思うと、お腹の中がくすぐったくなりそうなる。
両膝の上に乗せられた盆から、お茶をこぼさなくなって、もうしばらくがたつけれど、このときがいつも緊張する。扉を開く前に、ゆっくりと深く呼吸をする。大丈夫、大丈夫と、自分自身を落ち着かせる所作をするだけでだいぶ、落ち着くものだ。
彼女の役割は、お客さんをもてなすこと。恥ずかしい真似なんて、できない。ゆっくり、手と足の指の先まで感覚を行き渡らなければならない。
だけど、それもまた一興。
もてなそうとする度に、ぴりぴりと張り詰めていく感覚は、慣れてくればそれもまた微笑ましくなってしまう。
そういうものだってわかってる。
***
扉を開くと、いつもは騒がしいはずの道場の中が静まりかえっていた。
さざ波がたつことすら、目立ってしまうような静けさ。
フーは、それに出くわす度に、おなかの中からくすぐったくなるような感じになる。
板張りの床の、その真ん中に座っている男に、壁に張り付くように座っている子供たちの視線が集まっている。
見知らぬ男がただ座っているだけだというのに、広々とした道場の中は緊張の糸が張り詰めている。
男が道場破りを名乗っているのだから、なおさら。
道場破り。
剣を取る者ならば、他の誰よりも強くなりたい。誰もが、とりわけ男の子なら、必ず強く願うものだ。
そんな強さを示す方法なんて簡単。
ずっと戦い続けること、勝ち続けて、強いと自称する相手を倒し続けること。
勝ち続けることが証を示し続ける、唯一つの方法。
今も、昔もそれだけはかわらない。
時代が、時代なら。
フーが持つ盆に載せた湯飲みが、波紋を広げる。
彼もまた、そんなことに躍起になっていたのかなあと。
道場破りを自称するような人たちがやってくる度にそれを考える。
やっぱり、やるんだろうなあ。
いつも、そんな結論になる。
いつも思う度に、彼女はくすりと笑いたくなる。