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一話集  作者: A
2/5

オタサーの姫の話


 パシャ…… パシャ……。


 山奥の滝で幾度となくカメラのシャッター音が鳴り響いていた。

 その滝の前では、胸をさらしで巻き、黒い長ランを羽織った黒髪ロングな女が薙刀を構え、ポーズを決めていた。

 その女を囲む三人の男は、一人はカメラを、レフ板と呼ばれる白い板を、そしてもう一人の男は車の中で何らかの作業をしている。


 そんな中で女は男の声に合わせてポーズを変える。そのたびにシャッター音が鳴り響いた。


 そんな風景が何度か続くと、少女は構えていた薙刀を手ごろな岩に立てかけて自身も用意されていたキャンプチェアに座り、カメラを持った男に声をかけた。


「疲れた。水」


 慇懃無礼なその頼み方に、男は嫌がるどころかうれしそうな顔で答える。


「かしこまりましたぁ! 河童かわらべ氏、姫が水をご所望でござる!」


 河童と呼ばれた男は、車での作業をやめ、カメラを持つ太った豚のような男にペットボトルを放った。


「ささ、姫。水でございますぞ」


 放られたペットボトルを少し危うげに受け取った豚男は、姉御と呼ばれた少女にかしずくように差し出す。


「あぁ、豚田ぶただ。それに河童も。ありがとな」


 二人に礼を言って少女は渡されたペットボトルを乱暴に呷あおる。

 その後ろでレフ板を片付けていた男は、その作業を終えてこちらへと歩いてきていた。


「いやぁ、姉御。今日はかなりいい写真が撮れたんじゃないです?

 いつにも増して楽しそうでしたもの」


 その男の背は低く、姿勢も悪い。その上、大きな耳という特徴も相まって猿ような雰囲気を醸し出していた。


「そりゃそうだぜ、猿谷。お前も知ってんだろ? 睦月薫むつきかおるはアタシが一番好きなキャラだって」


 そう答えた少女の顔は、不敵に口角を上げた凶暴な笑みの形をしていた。

 しかし、その口調はうれしくてたまらないと言った雰囲気を含んでいる。


「そりゃ知ってやしたけど、ここまでやる気だとはねぇ」


「そうですぞ! 今日の姫はいつも以上輝いておりました」


 追随するように豚田が褒めちぎる。


「そうかい、ありがとね」


 その言葉に少女は照れたように短く返す。


「おーい。くっちゃべってるのもいいですけど、早めに帰らないと遅くなってしまいますよー!」


 そう声を上げたのは先ほどまで車で作業をしていた河童だった。


 その声に反応して三人は上を見上げるが、お天道様はまだまだ高い。


「河童氏。そこまで急がなくてもいいではありませぬか。まだ三時前ですぞ?」


 豚田は時代錯誤が過ぎる口調で呆れたように返す。

 しかし、その答えに河童は断言するように答えた。


「豚田さん。もう忘れたんですか? ここまで来るのに五時間かかるんですよ?

 さらに帰りの高速が混んでることも考えると、これでも遅いくらいです」


「それはわかっておりますぞ? ですがなぁ、我々ももう二十を超える歳ですぞ。

 帰りが遅いくらいなんだっていうのですか」


「三蔵みくらさんが私達のようなものと遅くまで出かけるなんてあってはいけません」


「おいおいそんなこた……」


 女、三蔵はその言い分に異議を申そうとするが、その言葉は豚田によって阻まれた。


「確かにそれもそうですな。そうとなったらすぐに帰る準備をしましょうぞ」


 言うが早いか立ち上がって帰る準備を始めようとする豚田。

 しかし、辺りに置いておいたはずの機材はあらかた片されており、豚田に残された仕事はなかった。


「おいおい豚田、片付けならもう俺と河童でやっちまったぜ」


 猿谷は皮肉気にそう言った。


「むむ、そうであるか。申し訳ないでござる、なんの手伝いもできずに」


 それに申し訳なさそうに豚田は答える。


「かまわないんで早く車に乗っちゃってください」


 河童に急かされ豚田は焦って車のほうへ足を向けた。

 河童たち二人はすでに車に乗り込んでいるようだ。唯一乗り込んでいない三蔵も、もう車の前までは近づいている。


「すぐ行くでござ……!?」


 その時、豚田の目に映っていたのは、少し離れた木の下でかさかさと動く巨大な蜘蛛だった。


「あん? どうしたってんだい、豚田」


「ひ、姫! あれは……」


 驚き指さす豚田にいぶかしむように三蔵達はその方向を向く。


「あ゛ぁ!? なんだい、あのでっかい蜘蛛は!?」


「な、なんですかい、ありゃあ!」


「い、田舎の方にはあんなに大きな蜘蛛が生息していたんですねぇ」


 巨大な蜘蛛を発見した三人は三者三様の反応を見せる。


「そ、そんなわけあるかい! 豚田! 早く車に乗りな! 行くよ!」


 能天気な反応をした河童に三蔵は突っ込み、豚田をせかした。


「承知したでござる!」


 どすどすとたるんだ体を揺らして車に向かう豚田。

 そんな豚田に反応して無作為に動き回っていた蜘蛛が一直線にこちらに走ってきた。


「姉御! あいつこっち来てやすぜ!」


「何! クソ、これじゃ間に合わねえぞ!?」


 必死に走っているとはいえ、豚田は名前の通りのたるんだ肉体だ。走る速さは牛歩のごとく。対して蜘蛛は八つの足をかさかさと動かし、馬のような速さでこちらに向ってくる。


「猿谷! 薙刀です、薙刀を取ってください!」


 運転席に座る河童は、後部座席に座った猿谷にそう指示する。


「な、あれと戦うってのかよ!?」


「じゃなけりゃ、豚田を見捨てることになりますよ!?」


 いきなり薙刀をとれと言われ、驚く猿谷に河童はまくし立てるように返した。


 豚田が車に到着する速さと、蜘蛛の速さ。どちらが早いかなんて考えるまでもなかった。


 あれほどの大きさの蜘蛛だ。人を食べることだって可能だろう。逃げられないなら殺すしかない。

 瞬時にそう判断し、河童は最善であろう行動を猿谷に指示したのだ。


「ちっ、しゃあねぇ」


 それを理解した猿谷は薙刀を取り、車外に飛び出そうとする。


「猿谷、それを渡しな。アタシが出る!」


 それを押しとどめ、薙刀をつかんだのは三蔵だ。


「姉御、流石にそんなことをさせられやせんぜ!」 


 その申し出を拒否し、車の外に出ようとする猿谷を切れ長の瞳を更に細めて睨む。


「いいから貸しな! あんたらよりよっぽどこういうのには慣れてんだよ!」


「っ! わかりやしたよ」


 三蔵の怒号に一瞬怯みすぐに槍から手はなす。薙刀を手にした三蔵は一直線に走ってくる蜘蛛めがけて薙刀を振り下ろした。


 しかし、蜘蛛は素早い動きで横に跳びそれを躱す。三蔵はそれを追うように薙刀を横に薙ぎ払い蜘蛛を吹っ飛ばした。

 しかし、所詮これはコスプレ用の薙刀。アルミ棒の芯にプラ板で成型しただけの軟弱な刃は切ることはよもや、衝撃で折れてまともにダメージを与えられていない。


「三蔵さん! 柄です! 柄で殴ってください!」


「わかった!」


 河童の助言に従い、ふっ飛ばされた蜘蛛に柄で追い打ちをかける三蔵。コスプレ用にしてはやたらと硬い棒に殴られた蜘蛛は緑の体液をまき散らしながら打ち据えられている。


 何度も叩かれ息も絶え絶えな蜘蛛は、鼬の最後っ屁と言わんばかりに尻から糸を吐き出した。一メートルほどもあるその体躯から吐き出された糸は、それに見合うだけの量で三蔵を襲う。


「うおっ! 何だいこりゃあ!?」


 糸に巻き付かれ腕の動きを阻害された三蔵は、折角のとどめのチャンスをふいにしてしまう。それを蜘蛛は見逃さなかった。発達した顎をもって三蔵の腕にかみつこうとする。


「姫―!」


 しかし、蜘蛛のその攻撃は豚田に阻まれた。豚田は車に向っていた足を反転させ、蜘蛛へとタックルをかましたのだ。百キロにもなる体重から繰り出されたタックルに、蜘蛛は押しつぶされ絶命した。


「豚田! 助かったぜ!」


 三蔵は絡まった糸を解きながら礼を言った。


「三蔵さん! 大丈夫ですか!? 怪我とか……」


「あぁ。大丈夫だ。怪我も…… 多分してねぇな」


 勢いよく音を立てて河童が車から飛び出る。それに三蔵は自分の体を見ながら答えた。


「あぁ、それはよかっ…… た?」


「ん?」


 河童はほころばせた顔を次の瞬間には困惑の表情に変える。


 河童の視界に映る三蔵は発光し、光の粒子をまとっていた―――


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