1-5
お爺さんのエコーが掛かりそうな勢いの
命名発表に対し。
「それじゃあご飯にしましょう。」
え!
「そうじゃな。」
ええ!?
え?それだけですか!?
もっとあるでしょ!?
名前についての感想とか!
二人とも私の名前が決まった以上のやり取りなく
すたすたと移動し始める。
色々と突っ込みたいが喋れない上に
依然両手をつままれたままなので成す術がない。
そのまま私の手をつまんだまま器用に扉を開けると、
扉の先からあふれ出た匂いに嗅覚が反応する。
嗅いだことのない香辛料の香りが私の意識を
名前への不満から食事への興味へと切り替える。
これほどまでに私を引き付けて止まないのは
何も食事自体の出来や好奇心だけではない。
この姿になってから心身をすり減らし、
気絶していた時間を考えるなら結構な時間
私は食事をとっていない事に気が付く。
そういえばお腹減ったな・・・。
その事に気が付くと堰を切ったかの様に
空腹感が私に襲い掛かってくる。
ご飯・・・。
そう何はともあれご飯を食べてからにしよう!!!
私の思考が食事一色に染まったところで、
食卓の下に置かれた木製の皿の前におろされる。
削って作ったのであろう木製のお皿には
いびつながらも犬の絵が彫られている。
なんだかちょっと微笑ましい出来だ。
私がお皿を眺めているうちにお爺さんが現れ席に付き
美少女が鍋からスープをお皿によそっていく。
おたまがお鍋をかき回すとともにあふれ出るその香りは
この部屋を満たしているそれに違いない。
一体どんな味がするのだろう。
想像に身をゆだねると自然と口からカニ汁が・・・。
そうして眺めているうちに美少女の配膳が済み、
お爺さんの。
「精霊の恵みに「感謝を」」
その言葉と共に食事が始まる。
スプーンと食器が接し、口に運ばれるまでの
繰り返し動作が一定のリズム作り出す。
何て幸せなハーモニーなのだろうか。
ただ、残念ながらこの場においてそのリズムを
作り出せていない可哀そうな人がいます。
そう!私です。
依然お皿の底に描かれたワンちゃんがみえている。
何?
嫌がらせかな?
犬に上下関係を教えるためにそういうことするって
聞いたことはあるけども。
あるけども!
何もこんな空腹時にやらなくても!
期待が大きかったせいなのか、
それとも喉元過ぎれば熱さ忘れるということなのか、
目の前で繰り広げられる食事風景が
紐なしバンジーより堪える気がしてならない。
一刻一秒の体感時間がじわじわと間延びし、
私を精神を縛り上げてくる。
っくっそう!!!
苛立ちから床を叩く私。
なぁ、床!
私が何をしたっていうんですか!?床!!!
力任せに叩きつけたハサミは、
年季が入り傷だらけになっている床に新しい傷を
一つ。
また、一つ。
刻んでゆく。
まさか、異世界で初めて戦う相手が床になるなんて
まったくもって思わなかった。
半狂乱でのたうち回る私に気が付いたのか。
「もう!うるさいわね!!!」
声を荒げる美少女に対して。
「まぁまぁ、リサや。
カニ太郎も今日は大変じゃったんじゃ。
察してあげなさい。」
美少女をなだめるお爺さん。
美少女もそこまで外道というわけではないらしく、
私を見下して軽い舌打ちをすると、
部屋の隅のバケツを持って私の前へと立つ。
「確かに塔から落としたのは悪かったわ、
だから今日だけは特別よ?」
私を真剣に見つめて言い聞かせる美少女。
はい!ありがとうございます!!!
ご主人様!ありがとうございます!!!
既に理性もプライドも機能してない私は
心から言葉を口にする。
まぁ、喋れないから伝わってないんだけどね。
それでも私のうなづくボディーランゲージに
溜息をつくとバケツの中身をスコップで
私のお皿によそっていく。
お皿に盛り付けられたそれは
特に特徴的な匂いはない。
ハサミでつかんだ感じものすっごいぱさぱさ。
ってかこの感触って・・・。
もう九分九厘わかってしまっている。
わかってしまっているが、私を見下ろす二人の視線が
この手を止めることを許してくれない。
意を決して手につかんだそれを口に含むと。
(ジャリ)
その音と口触りが全身を支配する。
「おいしい?」
ははっ。そんなわけないでしょ?
心からの言葉が口から洩れてしまう。
まぁ、喋れないから伝わらないんだけどね。