乙女ゲームの魔王になった私は
ふと思い出したのは前世でやっていた乙女ゲームのこと。あぁ、あんなに好きだったのにどうして今の今まで忘れていたのだろうか。
前世の記憶自体は当の昔から持っていたというのに、自分がかつて乙女ゲームに出ていた悪役だと気付いたのが今だなんて。ふらりと目眩を起こしかけたが何とか踏ん張って目の前に立つ少年を見下ろした。
薄汚れた格好をしているが、まるで月光の如く美しい銀髪に深い青の瞳。幼さを差し引いても、その体は細く頼りなさを伺わせるが、整った顔立ちは逆に庇護欲を誘うことだろう。そして止めとばかりに青い瞳を潤ませて、頭を下げる。
「これから魔王さまに誠心誠意お仕えさせていただきます」
知ってるか?
こいつ私を殺すんだぜ。
「………………………………そうか」
何とか声を絞り出した私を誰か誉めて欲しい。
事の始まりは、私がうっかり前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまったことだ。どうしてそんなことになったのかは分からないので深くは考えない。正直記憶云々はどうでもいい。問題は私が魔王として産まれたことである。魔王ってあれなのな。お母さんのお腹から産まれないんだね。びっくりした。
死んだーと思ったら魔王城の大広間の玉座の上に浮かぶ赤ん坊な私。階下にはずらりと並ぶ魔物達。ちびるかと思ったわ。嘘、ちびったわ。そして赤ん坊だから大泣きしたわ。結果、魔力暴走して半分ほど滅した。魔王怖ぇ。その強さに大歓声あげる魔族怖ぇ。弱肉強食にもほどがあるわ。
前世の記憶は、異世界では大半が役に立たない。
特に魔王として産まれたのなら人間だったときの常識など捨て去らなければならなかった。だって人間じゃないもの。むしろ人間の敵だもの。奴ら隙あらば攻撃してきやがる。かつて人間だったからなんだ。そんなの相手には関係ない。
何よりもまず最初に力を制御することを覚えた。
じゃないと城は壊れるし配下は死ぬ。時折、無謀にも魔王━━見た目は赤ん坊である━━に刃向かう魔族も居たが反射的に滅していた。無意識にでも魔族を殺しまくっている私に既に人としての倫理観なんてものはない。刃向かう者は容赦なく、それは人間だって同じだ。魔王が赤ん坊だからって酷くない?というのが当時の私の印象。幼児虐待反対。過剰防衛上等だ。流石にそう簡単に人間が魔王城に辿り着くことはなかったけれど。
力を制御したら、漸く言葉を喋り━━驚くことに念話が出来る赤ん坊である━━タッチを覚えて━━空中を飛べる赤ん坊以下略━━ハイハイを始め━━空中を以下略━━、なんとか自分の足でしっかり歩けるようになったところで漸く魔王としての勉強が始まった。魔王とはいえ、赤ん坊とはいえ、王様なのだ。配下がいる限り、やらなければならないことは多くある。とはいえ、弱肉強食な魔族達はてんでバラバラで纏まりなんて殆どない。庇護を求める弱いものもいれば、私を倒して魔王に成り代わろうとする奴もいる。長く生きている分、やけにズル賢いものも。魔王として産まれたからには力はあっても知恵では到底叶わない相手とのやりとりに幼女な魔王はとても心が磨り減った。それでもやらなければならない。諦めるような魔王は魔族に認められず、反乱を招けばまだ幼い私はあっという間に死んでしまう。
だから、馬車馬の如く働いてきた。
そうすると不思議と愛着というものも生まれる。まぁ、半分ぐらいはこれだけ働いているんだから自分はこの国を愛しているはずだという悲しき思い込みのような気がしなくもないが認めると心が折れかねないので私は何も気付いていない。おや、私は今何を考えていたかな…?
話を戻そう。
誠心誠意魔王業に励んでいたところ、ある日国境付近でとある奴隷商を捕縛した。商人とやらは本当に金儲けに目がなく、魔族だろうが人間だろうが相手はどうでもよく金になりさえすればいいという魔王もびっくりなど畜生が多いわけだが、今回捕縛した奴隷商は人間を魔族に売り付けに来ていた奴らだった。これが魔族を浚って人間に売り付けているのなら問答無用で地獄に落とすところだが、今回は商品が人間だったので息の根止めるのは止めておいた。代わりに首輪して奴隷として売っ払ってやったがな。取引してた魔族については4分の3ちょんぱで許してやった。私は心の広い魔王である。余計な仕事増やしやがってこの野郎とか思っていない。
さて、問題は残った人間の奴隷である。
浚われた人間も居るが、大半は金に困って売られた連中だ。開放したところで行く宛などないかもしれないが、進んで魔族と関わりたがる物好きも早々居らず、一応希望を聞いた上であちらの国にぽいっとしておいた。が、約一名物好きが居たんだよなぁ…。
冒頭のあれである。
さらっと正体をばらせば、彼は隣国の秘された王子である。身分の低い側室が産んでしまった第1王子。勿論そんなものを正妃が許すわけもなく、側室は暗殺。本命の王子は命からがら逃げ出したが、奴隷商人に捕まってしまう。商人も馬鹿ではない、子どもの正体に気付いた上で正妃に取引を持ちかけ、処分すると嘘をついて金を貰い、ついでとばかりにどこぞの魔王に売って更に金をせしめるというがめつさだった。ちなみに魔王も子どもの身元を知った上でやがて利用する気満々のお買い上げである。扱いも最悪だ。
勿論、全てを理解している聡い王子は魔王に仕えながら虎視眈々と機を狙い、やがて魔王を殺すのだ。乙女ゲームのヒロインと協力して殺せばトゥルーエンド。逆に騙して利用して魔王に成り代わればノーマルエンド。魔王に成り代わるどころか祖国に復讐すればバッドエンドの実にやんちゃな隠し攻略キャラである。何故そんな爆弾お買い上げしたんだ魔王この野郎。
が、残念なことにその肝心な魔王こと私はそもそもそんなやがて反乱起きそうな奴隷なんて当の昔に廃止して禁止していた。そんなわけで私の代わりに買った(未遂)魔族が居るんだろうが。これが噂にきく公式の修正力というやつか。
ともかく、やがて私を殺す王子は助けられた恩に報いるとか言って魔王城に残ってしまうらしい。いや、今国に帰ったら多分正妃に殺されるんだろうからこっちに残りたいんだろうけどね。誠心誠意とか嘘臭ぁい。帰って欲しいなぁ。親切心とか出さずに全員問答無用で送り返せば良かった。後々振り返って魔王さま意外と親切?とか微々たる心理操作狙うんじゃなかった。素人が思い付きでやってはいけない。
確か、乙女ゲームでは魔王である私は人間のふりをしてあちらの学園に通うはず。そこで悪役令嬢の如く活躍して、ヒロインと対立し、負けたところで正体現して一度は逃げ帰るが、聖女と発覚したヒロインと本格的に戦うことになるわけだったが、そもそも学園に通う余裕があるなら寝るな。ブラック企業もびっくりな私の(魔王)勤務状況だ。むしろなんで原作魔王は学園に通えていたのか……あれ、もしかして私真面目に働きすぎ?根が真面目な日本人出てた?嘘だろオイ。
とにかく、学園に行く暇すらないのだからそちらは問題ない。問題は現在進行形ですぐそばに居る困った隠しキャラだ。一生隠れてろよ本当にもう……。まぁ、常時人手が足りない魔王城なのでとりあえず下働きからスタートさせた。本家魔王は反抗できないように首輪つけていつも後ろに従えさせていたが、そんな後ろからさくっと刺されそうな仕事させるわけがない。例え何にもしなくても背後が気になってばかりでは心安らげないし━━突然、刺客が来る毎日なのでそもそも心安らげる時はないが━━
まぁ、私が特別気にかけなければ人間が早々この城で出世出来るわけもないしとりあえず今日も頑張って働こう。
━━なんて呑気に考えていた私はまさか数年後奴が見事に出世して側仕えになった挙げ句に何をとち狂ったか毎日毎日口説かれることになるとはこのとき毛ほども知る由がなかった。はー、有給取って旅行したい。………ん、学園?
っていうお話を連載したかったけど既に二つ書いてるのでとりあえず無理矢理短編にしたらただの説明文になりました。あれ。