サクラ舞い散る出逢い
中学に上がると同時に祖父母の居るこの町にやってきた僕。
部屋の片付けも終わり晴天の中散歩を始めたが、右も左も分からないうえ、来たばかりのこの町に知り合いなど居るはずがなく、行く宛もなく歩き回る。
程なくして桜が咲き誇る大きな公園が見えたので、休憩がてらベンチに座り一息着く。
目を瞑ると遠くから子供の笑い声や風の囀る音がして。 暖かい誰でも包み込んでくれるそんな抱擁感を感じて。
そんな事を思いながら居ると徐々に徐々にと眠りの世界へと誘われる。
「あれ?なんで…」
僕の寝ぼけた視覚が捉えたモノは蒼い空に漂うピンクの葉っぱと、笑顔で僕を見下ろす君だった。
君は月のように鋭く冷たく近寄り難い雰囲気を持ちながらそれでも人を引き寄せる何かを持っていた。
「…キレイ」
「ありがと、君も可愛いよ」
可愛いの一言に複雑な気分になりながらぼんやりと答える。
「何で僕って君と空を見てるの?」
「君が寝っころがって私に膝枕を強要してるからよ?」
その言葉の意味をぼんやりと考えていると僕の顔は火照り、君の顔はますます笑顔になっていく。
突然起き上がる僕を見て撫でていた猫に逃げられた顔をする君。
「あっあの君が隣に居るなんて知らなくて、それにあんまりにも君の膝が気持ちよくてぐっすり眠っちゃって、あっいやその変な意味じゃなくてそのあの…」
「そんなの言われなくても分かってるよ。それともそう思った弁明かな?」
違う違うと言って首を振る僕を見て君はクスクス笑う。僕はそれが嬉しいような悲しいような複雑な気分だった。
「ところで君はいつこっちに?」
「つい最近なんだ。だからこっちの事何にも知らなくて」
そう…と呟くと悲しそうな目で前を見る。
君の悲しそうな表情に不思議に思いながらも僕は前を向いた。
「知ってる?夢の中って世界中のみんなと繋がってるんだって」
「えっ?」
「だからね?人が寝てる時に見る夢ってね世界中の人と繋がってるの」
君は晴天を眺めながらまだ悲しい目をする。
「どうして君はそんなに悲しそうにするの?」
「君は私以上に失礼だね?」
苦笑気味になったもののまだ気になってしまう。
「ごめん。気になったから…」
軽く落ち込みながら地面を見てしまう……僕の悪い癖だ。怒られるとすぐ下を向いてしまう。
「しょうがないな……私が言ったら君も言ってよ?」
「うん」
僕は君の顔を、瞳を真っ正面から見て向かい合う。
君の目は深く、輝き、綺麗で、でも暗かった、悲しそうだった。
「そんなまじまじと見られちゃうと困っちゃうんだけどな……」
苦笑しながら前を向いてしまい、今度は僕が猫に逃げられてしまった。
「私の親ってさどこかおかしくてさ……父親は見たことなくて、母親は私が小学生の時にアル中に成っちゃってさ、私お爺ちゃんに育てられたんだ……そのお爺ちゃんがさお母さんを親の敵みたいに見ててさ、でもお母さんアル中だから施設に入れられてさ、自然と怒りの矛先は私に向くんだよね〜」
そこまで言ってから君は空を見ながら…笑っていた。
目尻や口元は笑っていて、でも横から見た瞳は変わらず暗く悲しそうだった。
「まぁそんな事があって生きてるのが嫌になっちゃってさ何回かやっちゃったよ」
照れ笑いしながら手首をさする君。
僕は何も言えなかった。手首をさすりながら遠くを見る君を僕はただただ見てるしか出来なかった。近くに居るはずなのにとても遠くに感じ、なにか無性に悲しくなって。
「君は本当に可笑しいな。何故私の話しで君が泣くんだい?」
気付くと僕は何故か目尻に涙を浮かべ泣いていた。
「分からない。知らなかったよ泣いてただなんて。」
言い終えた後、君の手が僕の目尻を拭ってくれた。
「ありがとう…泣いてくれて。どうやら私は泣くことを忘れたみたいだ?」
「えっ?」
「久しぶりだよ…人が泣くのを見たのは…それに涙はしょっぱいという事もね?」
君は拭った涙をいつの間にか口に含み、笑っていた…楽しそうに。
「男の僕としては泣かれた所を見られた事を悔しがるべきなのかな?それとも笑うべきなのかな?」
君の笑顔を見れて少し機嫌の良くなった僕は意地悪な質問はしてみた。
「そうだな…私としては可愛い君の泣き顔を見れて幸せだがね?」
拗ねた僕は謝る君をしばし困らせる為、イジケてみるのであった。
「さぁ次は君だよ?聞かせてね?」
イジケるのをやめた僕を見て君は急に質問してきた。
「僕の家族は至って普通だよ?呑気な両親によく笑う妹。『幸せな家庭』なんだろうね…」
そこまで言って伸ばしていた足を曲げ、膝を抱えて座り直す。
「そんなある日ね、幸せな家庭に悲劇が起こった…知ってるかな?雪山に家族四人が遭難した事故。」
横目で見た君は首を縦に頷いて真剣な目をしている。
「遭難って恐いもんだね…どんどん体温が下がっていって、体が震えだして止まらないんだ。最初は元気のあった父さんや母さんの声は小さくなってきて、隣にいた妹はついに喋りも震えもしないんだ、ただただ冷たいだけなんだ…」
膝を抱えてるはずなのに、膝が勝手に小刻みに動き出し止まらない。
止まれと思っても止まらない。
「そしたら今度は母さんが……父さんが……自分自身が分からなくなるんだ…腕は動くのか、体は動くのか、意識は在るのか、生きているのか…」
遂に震えが体全体に行き渡り寒そうにカチカチと歯が音をたてて止まらなくなり、暖かい筈なのにじんわりと汗が滲み出る。
「どうしてだろうね…家族全員が死んで自分一人しか生きていなくて辛いはずなのに笑えてくるんだ。このまま終わるのかもしれない。自分も周りと同じように死んでいく。そう思ったら笑いが止まらないんだ」
言い終えると同時に僕は誰かに抱かれた。
冷え切った僕の体を優しく抱きしめて暖めてくれる。
少しのままそのままでいると頭が濡れている事に気づく。
「僕のこと可笑しいって言うけど君だって十分可笑しいじゃないか」
すんなり出た言葉にもビックリしたがそれと同時に少し安堵した彼女だって泣けれるんだと。
「そうかもな。私も可笑しいのかもしれない。でも私が泣いた理由は私が泣きたかったからだ。君みたいに突然泣いたわけじやない」
言い訳がましい君の口調に可笑しくなってクスクスと笑ってしまう。
「何が可笑しいんだい?」
君がそう聞いてもまだ笑うので今度は君が拗ねる番になってしまった。
「でも何で僕に膝枕してくれたの?」
君を宥め終えてふと気づいた質問をする。
「だから言ってるだろ?「僕が強要したって君なら簡単に抜け出せるんじゃない?」
君の言葉を遮ってまで言った言葉はきいたらしく珍しくたじろく君。
違う?といった感じで小首を傾ける僕は追求してみた。
そうするとしぶしぶといった感じで言葉を紡ぐ。
「 」
「えっ?」
上手く聞こえなかったので聞き直そうとしたら君は先に行ってしまう。
「明日も此処で待ってるから…」
大声でそれだけ言うと君は振り返り返してくれた。
「またね」
大きいわけでないのに澄んだ綺麗な声でそれだけ言う。
それだけ聞くと僕も祖父母の家に向かう。
明日を楽しみに待ちながら。
そこまで来て目が覚める。今のが夢だったのかと少し残念に思いながらも目の前の光景を確認する。
蒼い空に漂うピンクの葉っぱと、笑顔で僕を見下ろす君だった。
「どうしたんだい?寝ながら泣いたり笑ったり果ては起きた瞬間驚くなんて可笑しな行動して」
大人になった君を見て驚き、本物かと頬に手を当て確認する。
「君と初めて出会ったときの夢を見ててね?」
「ぁあ!あの君が初対面の私に今みたいな膝枕を強要したあれか!」
「いらない事まで言わなくて良いの」
今度は起きあがろうとする僕を制して膝枕を続けさせる。
「そういえばさどうしてあの時僕に膝枕をしてくれたの?」
「あの時言ったと思うが?」
「君が照れて早口で言ったから分からなかったよ」
そこまで言って成る程と勝手に納得して一人ごちる。
「分かった今度はしっかり聞いてくれよ?私だって恥ずかしいんだ」
頷く僕を見て一呼吸したあと言ってくれた。
「 」
それを聞いた僕は珍しく大声で笑った。
「じゃあ僕ら出逢った時から両想いだったんだね?」
真っ赤な顔の君が頷き成る程だからあの時君は変な顔をしたのかと納得した。
「ありがとう。これからもよろしくね?僕の奥さん!」
改めて頷く君を愛おしく想うのは自然な事なのだろう。
FIN