表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

第1話「オットセイいない問題 (1)」



―――黙考県の沿岸部に位置するとある港町。ここには県内で二番目に大きな水族館がある。その名も"叫野水族館"。黙考県内ではまぁまぁな知名度を誇る水族館だが、正直、県外での評価はというと、まちまちだった。それでも、休日・祝日になれば家族連れで賑わっているので、客の入りには困ってはいなかった。


しかし、ここ最近はというと正直な話、営業利益が伸び悩んでいた。それもそうだ。この水族館は県内で"二番目"の大きさなのだから、当然ここよりも大きい水族館がある。しかも、その水族館はただの水族館でなく、遊園地があったりショッピングモールがあったりと、娯楽の忠実した絶好のプレイスポットなのだ。かたやこちらは子どもも大人も楽しめるような乗り物など存在しないし、紳士淑女が優雅に買い物できる場所もない。きわめて質素でストイックな水族館だ。幾度かあちらを真似して子どもだましの乗り物を置いたこともあったが、そんな事では例の水族館に敵う訳がなかった。おまけに、向こうの方が規模が大きいものだから、そちらに御住いになられているお魚や海獣の種類も当然豊富になる訳だ。そんな訳で、お魚をいっぱい見たい家族たちはそっちに取られてしまう訳だ。




だが、あの大きいのが取り柄な水族館には無いものが、叫野水族館にはあった。




それはオットセイ。―――そう、叫野水族館は、黙考県内で唯一オットセイを見られる水族館なのだ。(なぜか先述の水族館にはオットセイはいない。何でなんだろうね。)




しかしまぁ実際のところ、オットセイがいることだけが強み、というのは誠にシビアな状況だ。だが、それでもオットセイ見たさに来た家族連れと、近隣住民たちが訪れてきてくれるので、そこまで客の入りに困ることはなかったのだ。あの日までは。




これは、閉館後の深夜刻のこと……






―――秋、真っ最中なある晩。二人の夜勤従業員が館内の清掃作業をしていた。



「ここのエリアは終わりましたー。」



「うーし、じゃあ次はオットセイのエリアだな。」




二人はトボトボと清掃用具を持って歩く。深夜の水族館は、照明の暗さと人気の無さと、おまけに閉鎖的な空間が相まって、なんだか気味が悪い。だが、叫野水族館の水槽の中は、閉館後だろうが普通にお魚たちが生活をなさっているので、それのおかげで気味悪さがほんの少しだけ打ち消してくれる。



それはオットセイエリアについても同じだ。深夜だろうが、オットセイは水槽でのびのびとしている。まぁ基本的に睡眠状態みたいになっているから、開館時は賑わっている場所が静寂に包まれ、広々した空間に空虚と儚さを感じてしまうものだから、割と寂しいのだけれども。それでも水の中で眠ってるオットセイくんたちがいるだけで、ちょっとだけ安心できるのだ。




しかし、この日はやけに静寂さが、際立っていた。いつも以上に、空虚で、儚い。―――なんだか心がザワザワしていた。


「何だか悪いことが起きる。」


言いはしなかったけど、胸の中でどこか、思ってしまったのだ。


そして、悪い予感というのは不思議なことに当たってしまうものでね





「あれ?オットセイいなくね?」




違和感がすぐに明らかとなった。そう、オットセイが、1匹もいない。


昼にはいたオットセイが、なぜかみんな、いなくなっていたのだ。





「どこか違う場所で寝ているのかな?」とも思った。従業員たちはスタッフしか入れないような裏の隅々まで探したものの、1匹もいなかったのだ。


そう、消えたのだ。瞬時に。





通称「オットセイいない問題」は、夜が明けてすぐ従業員及び社員たちを交え、たいへんな議論となった。誰かがオットセイを連れ去ったのか、ではいったい誰が連れ去ったのか、そもそもどうやって連れ去ったのだろうか。あの短時間のうちに。どうにかしてオットセイを連れ去ったのかもしれない証拠を見つけ出そうと運営総動員で探したものの、全く以って見つからない。では、いったい何が起きたのだと。一晩にして、オットセイはどこへ消えたのかと。それよりもオットセイたちは大丈夫なのだろうかと。彼らの安否も気になってしまう。疑問と心配ばかりが湧いてきてしまい、最善である手段を考えることが出来なくなってしまった。





仕方なく、その日はやむなく休館することとなった。この事件は、あまりの珍妙・かつ奇妙・妙妙としていたため、黙考県内だけでなく、目本中でニュースとなった。朝のニュース番組も、夕方のニャース番組も、夜遅くのニュース番組でも、その話題は持ち上がった。特番の討論番組でも「オットセイいない問題」がテーマになったのを見た時は、さすがにおじさんも笑っちゃったな。ふふ。




一方、叫野水族館に勤務する社員:百々(とど)明日香あすかはニュース番組で例の話題を出されては、頭を抱えていた。休館なので、当然従業員や社員たちもお休みになられる訳だが、明日香は叫野水族館を誰よりも愛する女社員。恋愛とか友達と遊ぶよりもここにいるのが好きです。なんなら、ここで住んでも構わないですと豪語してしまう程である。(というか実際に住んでいた時期が僅かながらもあった。その際はさすがに厳重注意を受けてしまったため、二度としないと口にした。)



そんな彼女の居場所はもう水族館しかなかった。アパートに帰ったところで、独り身である分、寂しさと不安で頭がいっぱいになりそうで帰るのが怖くてたまらないのだ。実家に帰ったとしても、そこまで家族と仲が良い訳ではなかった。彼女の心の拠り所はまさしく水族館ここだけだ。だが、その水族館ですらも、存廃問題に瀕してしまっている今、スタッフ専用の控室で、ただテレビを見ながらオンボロのソファーで打ちひしがれるだけだった。




お先も目の前も真っ暗になりかかっている彼女の側に、1人の女社員が近づいた。





「あれ、明日香さんまだ帰ってなかったんですかー?」




底ぬけに明るい口調で私に話しかけてくるなんて、あんたどうかしてるよ……ただでさえココがつぶれるかもしれないってのに……と、心いっぱいの闇と毒を添えて彼女にぶっ放したかったものの、明日香はもうその気力すら無かった。




「あぁ、そうかぁ。明日香さんって、もうここがお家みたいなものですもんねぇー。」




女社員は明日香の隣にひょこんと座った。それはもしかして殴られたいという願望なのか。あるいは殴ってくださいという合図なのか。明日香は、なんとかバレない範囲のギリギリのラインを保ちつつ、鋭利な目線を放った。





そこで彼女は、気づいた。―――そういや、この人、体やけにまるくてデカいよな……。





ギョロっとした目にくわえ、人間の顔とは思えない化物顔面モンスターフェイス。そして、女性であるにも関わらずやけに伸びている髭。おまけに、どこか体が黒ずんでいる。「もしかして日焼けした?」とかってレベルでない。「えっ黒人の方ですか?」ってくらい肌黒いのだ。……いや、この黒さはもはや人間のものではない。喩えるならこの黒さは獣―――そう、動物のような黒さ。んでもって、妙に毛深い。




そして何をかくそう、彼女の名前は……――――"乙戸 静"。





明日香に、とある閃きが生まれた。






「でも寂しくなるの、わかりますよぉ。私もココ、大好きですし。明日香さんほどではないけれど、私もココがとっても……」





「ね、ねぇちょっとイイ?!」






明日香は、なぜか静の両頬をギュっとはさみ、自分の方へ向けさせた。







「明日から…………オットセイになってくれない?!」






挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ