86.妹
「けほっけほっ、ちょっと、なにこれ?」
「ん………?んん?」
白煙がどんどん晴れていく。人の影が咳き込み、言葉を発する。その声に、ひどく聞き覚えがあった。何年も一緒に暮らしていた者の声。しかし、それはあり得ないのではないか、と聞き間違えではないか、と頭では思っている。
「もー!いい加減晴れてよ、これ!私、お兄ちゃん探さないといけないんだから!」
「…………」
俺は閉口してしまう。今の、今の声は確かにそうだった。聞き間違えなどでは無かった。確実にそうであると確信出来てしまった。だが、だが、何故だ。
「あ、やっと晴れていく。ふぅ……。さーて、お兄ちゃん探しの再開……って、え?何処ここ?」
たった今召喚された彼女はキョロキョロと周囲を見回す。そして、俺を見つける。
「あっ………。あっ、お、おにい、ちゃん?」
「……ああ」
目に涙を溜め、たどたどしく確認してくる彼女に、俺は頷く。そして、周りは全員驚く。
「お兄ちゃん!」
「ぐっ……。痛いっての……。大丈夫だ、安心しろ。ほら、泣くなって。五和、顔上げろ」
「なに?」
「俺はこの通りちゃんと生きてる。お前の目の前にな。だから泣き止め。な?」
「うん……わかった」
はぁ……。マジでか……。エリの方を睨むとビクッとしてそっと目を逸らしている。
「お兄ちゃん、やっと見つけたよ!早く帰ろ?お父さんは、ちょっと微妙だし、お母さんは、うん、いなくてもいいんじゃない?って感じだった気もするけど、とりあえず、家に帰ろ?」
家族の俺への扱いにちょっと悲しみを覚えつつ、状況確認を行う。
「あー、その、な。五和。今の状況が理解出来てるか?」
「え?私がお兄ちゃんを探してたら急に足下が光って、いきなり煙が上がって、収まったら知らない場所にいたけど、お兄ちゃんがいた、これであってるよね?」
「うん、多分、合ってる。でもな?よく考えようか。いきなり知らない場所にいたってどうやってだと思う?」
「え?」
あー、五和はその手のやつを読んだりしてなかったっけ?
「もしかして、転移、みたいな?でもでも、お兄ちゃん!これ現実だよ?」
「あ、ちゃんとわかってるみたいで良かったよ。これは現実。現実で、実際に起こってること。転移もな。いいな?」
「まあお兄ちゃんが言うならそうなんだよね!うん、信じるよ!」
「ならいいんだ。で、転移してきた訳だけど、どうやって家に帰る?」
「あ……。そっか、帰るにしてももう一回転移しないといけないんだね」
うんうん、ちゃんと分かってるようでなによりだ。
「えっと……その、そろそろいいかしら?」
と、ここでアカネが口を開いた。五和はここで初めて他の人がこの場にいるとわかり、俺にさらに抱き着いてくる。感触がヤバイのでぜひ離れて欲しいところだ。
「な、なんだ?」
「知り合い、のようだけど、どちら様?お兄ちゃん、とか呼ばれていたみたいだけど……」
みんながうんうんと頭を縦に揺らし、問い詰めてくる。特にヘレンが怖い。目が凄い。
「えっと、こいつは五和。俺の妹だ。俺に対してかなりの謎の親愛を持っているみたいだが、どうも離れてからそれが深まったみたいだ。以上、説明終了」
「妹がお兄ちゃんを好きになるのは普通じゃない?」
「世間一般では妹は兄の事をそこまで好きじゃないみたいだぞ。妹なんかいらないって兄が思うくらいだそうだ」
「多分、それは接し方が悪いんだよ〜。私とお兄ちゃんはそんな事ないもんっ!」
……。俺、特に五和に何かしてあげた事なかった気がするんだよなぁ。接し方って言われてもよく分かんないんだが。
「そ、それでは家族、ということでいいんですか?」
ヘレンが五和の事を凝視しながら確認を取ってくる。怖いから。
「あ、ああ。なんて、偶然だ、奇跡だって思うんだが、まず、言わないといけない事がある」
この時点で誰に何を言うのか分かったのかビクッとしたのが1名。
「おい、エリ。これはどういう事だ?」
あの紙に描かれた魔法陣は確かに対象に人は無しと書かれていた。それなのに、今、ここに五和がいる。それはおかしい。
「そ、その……魔力、込める時に失敗しまして……」
「それで?」
「ど、どうも、描いたのとは反対の結果をもたらすようになっちゃったみたいで……」
反対の結果、つまり対象に人は無しだったのが、対象に人有り、になったと?
「アカネ、あり得るのか?」
「……魔力を逆に込めれば可能よ。まさか、そんな初歩的なミスをするとは思わなかったけど……」
やっぱりミスじゃねぇか……。
「おい、どうしてくれるんだ?」
「そ、その……あの、えっと……」
エリが何とか言葉を探しているようだが、俺はそう簡単に許すつもりはない。
「お兄ちゃん、その人を責めないであげてほしいな?」
「は?」
「え?」
五和がいきなりエリの事を庇い始めた。これには俺とエリも困惑して情けない声を出す。
「だって、話の流れ的にそこ人が私をここに転移させてくれた人なんでしょ?」
「あ、ああ。そうだけど」
「なら私にとってはその人は恩人なの!私とお兄ちゃんを再び会わせてくれた恩人!そんな人を責めないであげてほしいな?」
「………。はぁ……。分かったよ……。この件は不問にしてやる。エリ、お前もう二度と召喚術やるなよ。それで許してやる」
「いいん、ですか?」
「……本当なら、こんな事じゃ許さない。けど、当事者の五和が責めるなって言うんだ。今回だけは許す」
「ありがとう、ございます、五和さん。すみませんでした、シン先生」
「はいよ」
はぁ……。どうすんだ、これ。五和、どうしよう……。責任は確か、全部アカネが取るんだったか。どうなんだろ………。