56.チケットを取るために
「それにしても凄いな。この人集りは」
「武闘大会ですからね。人気があって当然だと思います」
今は武闘大会が開かれる闘技場にチケットを買いに来ていた。だが、まだ朝早いというのにそこにはチケットを求める大量のお客がひしめき合っていたのだ。
「これはチケット取れるのか……?」
「取れるとしても最低1時間は並ぶと思います」
「だよなぁ……」
流石にデートで1時間並んで待機という選択肢は選べない。事前に情報でも掴んでればよかったと後悔する。
「これはしょうがありませんね。武闘大会は諦めましょう」
せっかくのデートなのだからヘレンを最大限喜ばせたい。喜ばせるにはこの武闘大会のチケットはどうしても取りたいものだ。しかし、ここに別の人を呼んで取ってもらうのもありえない。
「ん……?お、あれだ!よっし、ヘレンちょっとこっち来い!」
「え!?あ、あのっ……」
ヘレンの手を握ってチケット売り場の横にある受付へと走る。何かヘレンが慌ててるけど、大丈夫だろう。
「出させてくれ!」
「武闘大会参加ですか?そちらのお連れ様は?」
「ああ、こっちにはチケットを頼む。連れが出ればチケット1枚買えるんだろ?」
「はい。少々お待ちください」
そう。俺が見つけたのは大会に出場なさる場合、お連れ様のチケットを確保致しますの横断幕だ。しっかりと武闘大会運営委員会と書かれているのも確認したので、この手だろうと思った。
「し、シンさん!出るんですか!?武闘大会に!?」
「おう。これでヘレンの分のチケット確保だ。俺の姿、しっかり観ててくれ」
「は、はい!」
観戦中は一人にしてしまうだろうが、しっかりと俺の事を観ててもらえれば喜んでもらえるだろう。そして、喜ばせるなら優勝を狙うのがいいだろう。となると、枷は無しだ。本気でいく。
「お待たせしました。冒険者プレートはお持ちですか?」
「ああ。これだ。頼む」
出すのは当然黒のプレートだ。すると、当然の如く受付員の人は固まる。そして、少しずつ顔を上に上げて俺の顔を見て問いかけてくる。
「あの、これは、本物、で?」
「ああ。門番の人にもちゃんとチェックはしてもらったぞ。ここでもチェックしてくれて構わないから。なるべく早くな?」
この手の作業で時間を使いたくない。使うならヘレンと楽しく使いたいのだ。
「あ、はい。ただいま!」
サッと奥に受付員が下がっていき、直ぐに戻って来た。
「確認出来ました!勇者シン様で御座いますね!これが参加証と見学のチケットとなっております!勇者様のお連れという事もございまして、特等席をご用意させていただきました!大会は12時に開始予定ですので、30分前には到着の程をお願い致します!」
全力で頭を下げながら用件を伝えてくれる受付員にちょっと引きながらも参加証とチケットを受け取ってその場を後にする。その時に後ろからいいなぁと声がしたのは果たして俺に対してかヘレンに対してか。
「はいよ、チケット。特等席だってよ。優勝を狙うつもりだからしっかり観ててくれよ?」
「はい!勿論です!」
とびっきりの笑顔を見せてくれたので、参加を選んでよかったと思う。
「今は6時半か。12時までまだまだ時間はあるし、どこにでも行けるがどこに行く?」
「そうですね。私も王都には来た事が無いので、とりあえず色々見て回りたいです。それで、気になったお店に入るのはどうですか?」
「ん、それでいいぞ。ま、最初は」
そこで2人のお腹が同時に音を立てる。
「朝食だな」
「は、はい」
お腹が鳴った時の恥じらいで赤くなった顔がとても可愛かったです。