138.覚悟
どこか、この状況を楽しんでいた私がいる。
突然いなくなった大好きなお兄ちゃんと再会出来て、お兄ちゃんの教え子だっていうみんなとお友達になれて、日本にはなかった魔法なんていう不思議な力もあって。
受ける授業は全てが新鮮だったし、みんな優しかったし、この世界がとても好きになった。
そんな私はどうしようもなく、浮かれていたんだと思う。
だから、今、目の前で行われている本当の戦いというものを見て、肌で感じて、恐怖してしまった。何かしないとと、出来ることをと、頭では考えられるのに、身体が動かなかった。
最優先で守るべきってお兄ちゃんに言われてた、ハナさんに逆に守ってもらう始末。情けない。でも、どうしようもなく、怖くて、震えて、動けない。
魔族って呼ばれてる人をお兄ちゃんは1人で相手をしていた。何回も、危ないって思う場面があった。死んじゃうんじゃないかって思っちゃう場面があった。
そんな、お兄ちゃんの危機が私をさらに恐怖させた。
お兄ちゃんから、危険な戦いだっていうのは事前に何回も聞いた。その時は、お兄ちゃんならなんでも出来ると思って、最強なんだって思って、軽く見ていた。
それが、甘かった。甘すぎた。お兄ちゃんと一緒に各地を転々として邪神教団っていうのを倒す時も、私は足手まといだった。お兄ちゃんに迷惑をかけた。
そこで、覚悟を決めていれば。しっかり現実を見ていれば、多分、今、動けたんじゃないかって、そう思ってしまう。
お兄ちゃんについて行くって決めたのに、なにも出来ていないどころか迷惑しかかけていない。
自分が今、何をしたらいいのかすらも分からなくなってくる。
お兄ちゃんは、1人でも勇敢に立ち向かっている。体から血が流れている。私には、絶対に、真似出来ない。
「怖い……怖いよ……」
お兄ちゃんの役に立ちたかった。みんながお兄ちゃんを褒めるから、私も頑張りたいと思った。でも、出来なかった。私には、資格がなかった。覚悟がなかった。勇気が、なかった。
潰れそうになる。そんな時に。
「五和、俺は大丈夫だ。後は任せたぞ。頼りにしてる。お前なら、出来るさ」
声が聞こえた。お兄ちゃんの声が。お兄ちゃんが相手にしていた魔族の人は、声を上げて苦しんでいるように見えた。
お兄ちゃんが、私の目の前にいた。
「お兄ちゃん!?お兄ちゃん!」
倒れてくるお兄ちゃんを受け止めると、お兄ちゃんは気を失っていた。
「お兄ちゃん……」
お兄ちゃんは、私を頼りにしてくれるらしい。信じて、後を任せてくれたらしい。私なら出来るって、励ましてくれたらしい。
私に、出来るだろうか?
「今、やれなくて、いつ、やるの」
自分を鼓舞するようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お兄ちゃんは、頑張った。なら、次は、妹の私がやらないと」
覚悟を、固める。
「お兄ちゃんの想いに、応えるために!」
身体が動くようになっていた。目には見えない重厚な鎖から解き放たれたような感覚。
「お兄ちゃん、私、やるよ。ちょっとだけ待っててね」
"物質生成"で枕などを生成してお兄ちゃんを寝かせる。お兄ちゃんが相手をしていた方は気を失ったみたいだから、やるならみんなが相手をしている方だね。