9.拙い交渉
あれからぴったり5日。ヘレンが言っていた通り、王都から人がやって来た。
「私は王都騎士団、騎士団長のヘンリだ」
「私は勇者をやってるアカネだよ〜」
ヘンリと名乗った騎士団長は白銀の鎧を身に纏い、腰に白銀の剣を携えている。
アカネと名乗った勇者の方はとてもラフな格好だ。日本で見るようなTシャツにスカートという格好だ。武器の類は一切持っていない。
「俺はシンだ。よろしくな。それじゃ、立ち話もなんだからこっち来てくれ。家に案内する」
「家?この荒野に家があるのか?それにこの結界、かなりのものだ。いったいだれが……」
「それ全部やったの俺だから。そこら辺も全部話す。いいからついてきてくれ」
ぶつぶつと呟く騎士団長さんに返答して、家まで案内する。
「よし。んじゃ、さっきも名乗ったけど俺はシンだ。あんたらが探しに来たのは召喚された人間と召喚したやつでいいんだろ?」
「そうだ。召喚術は王とアカネ様が使用を制限したもの。こちらには管理する権利があるのでな」
「私は人の命を雑に扱ってほしくなかったからそういう風に決めたんだけどね〜」
ふーん。話す限りいい人っぽそうだな。
「それじゃ、片方は見つかってるぞ。俺だからな。俺は召喚された方だ」
「黒髪黒目だからそうだと思ってたけど、そっか。よかった〜。たまにいるんだよねぇ、こっちの監視を潜り抜けて人を召喚、奴隷にするって輩が」
げっ。マジかよ……。そんな事にならなくてよかったぞマジで……。
「んで、この家から見えてるあの木とか水溜め、この家、あと結界もだな。それら全部俺が作った。さ、何か質問は?」
「では、私から。シン殿の能力を教えてもらいたい」
初めて殿付けで呼ばれたぞ。
「それ、言わないといけないのか?黙秘とかって出来ない?」
勇者が召喚されたやつを守るって聞いてるからな。勇者は俺に良い方に回答してくれるはず!
「んー、無理かなぁ。一応能力は全員に教えてもらうことになってるし。だって何の能力かわからない人を野ばらしにして何か起きたらマズイでしょ?」
不良とか殺人鬼が召喚されて、能力が危ないやつだったらって事ね。そりゃ怖いわ。そんな問題がある以上は言うしかないか。
「ほいほい。俺の能力は変身能力だ。以上。それだけ」
「それは本当か!?もし本当なら勇者になって貰いたい!」
「ん!私の最強っていう地位も危なくなるから嘘であってほしいところだけど………。どうやら本当みたいだね〜」
アカネってやつ、今なんかしたな。嘘かどうか見たか、能力を盗み見したかのどっちかか。
「これは早速王にお伝えしなくては!シン殿には王都に同行して頂けますか?」
「え?やだよ。俺勇者なんてしたくないし。のんびり食って寝てたまに冒険みたいなのんびり異世界ライフを満喫したいだけだし」
俺の返答で騎士団長が露骨にがっくりとした。
「異世界人の意見を尊重する。それが王と私の約束だよね?ヘンリさん?」
「ああ……。シン殿がそういうならば諦めましょう……。しかし、シン殿を召喚したのはいったい誰だ?異世界人を召喚するなどそこらの者には出来ないぞ。シン殿は何か心当たりは?」
「俺は知らないな。気付いたらこんな荒野に投げ出されてて、見るからに夢に見た異世界って感じだったから色々試したら能力がわかっただけだし」
嘘と本当の事を混ぜてみたがどうだ?
「ん!今、一部だけ嘘を言ったね?召喚者知ってるんだ?」
ちっ。一部だけでも嘘を言ったらバレるか。てかやっぱ嘘かどうかを調べてたか。
「はぁ……。知ってるさ。知ってるが、言う前に聞かせてくれ。そいつはどうなる?」
「国令を破ったのだから当然死刑、と言いたいところですが、異世界人を召喚出来るような腕前なら王都で謹慎でしょう」
殺しはしないってわけか。だが……。
「その謹慎ってのも無しで刑罰も無しって訳にはいかないか?」
「それは………。私には決める事は出来ないかと。アカネ殿、どうです?」
「んー、難しいかな〜。一応私と王が決めた約束事みたいなものだし」
ちっ……。これじゃあ考えてたやつをやるしかないか……。脅しは最終手段にしておきたいし。
「じゃあ何か条件付きならどうだ?」
「条件付きね。君には何が出来るのかな?」
真剣に、俺の目を真っ直ぐに見て問いかけてくる。
「能力を使っていいなら基本何でもだ。それこそさっき断った勇者ってのになってもいい」
だからこそ、俺も真剣に答えた。
「そっか……。わかった。いいよ。王には言っておく。他の人が反発しても私が止めてあげる。その代わり、勇者になって私の近くで働いてもらおうかな」
つまりここを離れて暮らすってことか……。