第七話
教会の前を通りかかったとき、ちょうど中から出てきた少女とばったり出くわした。驚いた。妙な偶然もあるものだ。思わず足を止め、すると少女もこちらに気付いて足を止め、顔を見合わせる。
こうなってしまうと、ものも言わずスルーというわけにもいくまい。それはさすがに感じが悪すぎる。
「やあ。えーっと、元気かい?」
少女が吹き出した。いや、そりゃそうだ。元気かい? はない。絶対にない。まあ、笑ってくれたのなら、結果オーライか。
「貴方も、教会に?」と少女。
その通り。
「いや、たまたま通りかかっただけだけだよ。君は?」
「わたしですか? わたしは用も済んだので、ちょっと街をぶらついてみようかと」
とくに気負うことなく、彼女は答える。結局、彼女はどういう人間なのだろう。まさかこの年で独りで旅をしているとも思えないが、連れはどこにいるのだろうか。
考えているうちに、おそらく怪訝な顔になっていたのだろう、少女が首をかしげてこちらを見ていた。ふいに、誰かの面影が重なり、思いがけず心を揺さぶられる。通りがかりにジャブをもらったような気分。
「あのさ、ぼくで良かったら、案内しようか?」
言ってから後悔した。何を考えているのか。もちろん何かを考えて口から出た言葉ではなく、思いがけず揺さぶられた感情が逃げ場を求めて、よく分からない形で表に出てしまった結果だ。
「えっ、あの……」
唐突すぎる申し出に、さすがの少女も驚いた様子。……ヒかれたか。まあいい、断ってもらえるなら。今は一刻も早く、この場を立ち去りたい。なのに、
「その……ご迷惑でなければ、お願いします」
お願いされてしまった。
案内も何も、街はどこもかしこも浮かれた人々でごった返していて、どこに行ってもさして違いはなかった。だから、ぼくがやることと言えば、歩きながら彼女を人の波から庇うことと、彼女の話し相手になることだった。
むかし、あの子にこうしていたように。
「すごい人ですね」
「そうだね」
「普段から、こんなに人が沢山いるんでしょうか」
「いや、普段はここまでじゃないと思うよ。今回のお祭りって、この街だけじゃなくって、周りの土地からも協力を集めて盛大に行われるらしいんだ。だからだろうね。むしろ今は、外からの来客のほうが多いんじゃないかな」
「なるほど、よくご存じですね。この街には、前にも来たことが?」
「まあね」
二回目だ。そして、答えてから気づく。
「あれ、ぼくがこの街の人間じゃないって、話したっけ?」
「いえ。でも旅の人は、なんとなく分かるので」
話せば話すほど、聡い子だな、と思う。もしかしたら、年齢を偽っているのかもしれない。いや、そもそも彼女の年齢を直接聞いたわけじゃないけれど。
「ぼくは、旅の道化師なんだ」
正確には、そうだった、と過去形にするべきところなのだが。今のぼくは、何物でもない。
「道化師?」
「そうそう。お祭りなんかでみたことない? 曲芸師とコメディアンの中間、みたいな」
「ある……と思います、たぶん」
ぼくの雑な説明にも、少女はまじめな顔でうなずく。
「で、これが商売道具ってわけ」
肩にかけた鞄を軽くたたいてみせると、少女は感心したようにこちらに目を向ける。少女が想像しているであろうものは、本当は、このなかには入っていないのだけれど。
「じゃあ、明日もこの街でお仕事をするんですか?」
「まあ、そうだね。一仕事したら、適当に楽しんでくつもりだよ。……そういう君は? 話を聞いてると、お祭りが目当てできたわけじゃなさそうだけど」
「そうですね、明日は、わたしもお祭りを回ってみるつもりです」
「そっか」
もし良かったら、明日も一緒にどうかな? なんて言葉が喉元まで出かかった。さすがに怪しいか。いや、もちろん変な気は微塵もない。でもなぜか、彼女と話していると、昔の自分に戻れるような気がするのだった。
旅の道化師で、あの子の兄だった、昔の自分に。
そんなことを考えていると、少女はさらりと、聞き捨てならないことを言った。
「今夜は教会に泊めてもらえることになったので」
「……そっか」
それは、ぼくにとって、なかなかに都合の悪い偶然だった。
ぼくは今夜、教会を襲うつもりで、この街に来たのだ。