第五話
わたしは昔から、大きな街が好きだ。
大きな道は大きな街へつながっていて、たくさんの人がその上を歩いている。たくさんの、いろいろな人が。大きな道は、安心感があっていい。他にも誰かがいるという安心感。その方向へ向かっているのが自分だけではない、という安心感。
それは、名も知れぬ地の、道ともいえない道を独り行く旅とは、比べようもない楽な旅だ。
でも、どうしてだろう。いつからか、わたしには後者のほうが、より大切に思えるのだ。
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広場の隅でぼうっとしていたら、見知らぬ女の子に声をかけられた。
こんな日に広場の隅で立ち尽くしている男にわざわざ好き好んで話しかけるという根性もさることながら、見た目からして、とても不思議な少女だった。
まず、若い。年は、少なくとも僕より10は下に見える。12、3かそこいらといったところだろう。それでいながら、一目で旅をしている者だとわかる、独特の擦れた雰囲気があった。それが、旅の生活で身についたものなのか、あるいは、彼女生来のものなのかは分からないけれど。
容姿は整っていたが、身なりはお世辞にも良いとは言えなかった。当たり前かもしれないが。旅の修道女かなにかかもしれない。なんにせよ、何か深い事情を抱えていそうな女の子で、しかしながら、どこか人を惹きつけるものをもった女の子だった。
「こんにちは」と彼女は言った。その声に、また驚く。年相応の幼さを感じさせない、しっかりとした口調。それに、初対面の、それも自分より大分年上の男に話しかけるのに、少しもひるむことのない、堂々と落ち着いた表情。ますますもって、彼女の素性が気になる。
「えーと、なにか、僕に用かな」
言ってから、何を言ってるんだ、と思う。用がなければ、わざわざ話しかけたりはしまい。しかし、どうしたものか。恵んでやるような金は持っていないし、その日暮らしの僕には宿を提供することすらできない。もっといえば、僕はこの街の人間ではないので、道案内をすることすらできないのだが。さて困った。
しかしながら、少女の口から出たのは、全く別の言葉だった。
「なにか、お力になれますか」
一瞬、ぽかんとしてしまった。言われたことがよくできず、
「え?」と間抜けのように聞き返す僕に、少女は生真面目な顔でいう。
「何かお困りのようでしたので」
そんなことを言われたのは初めてだった。ぼくは、何か困っているように見えたのだろうか。いや、確かに悩んでいるといえば悩んでいるが、それは他人にどうこう言われる問題ではない。ましてや、見ず知らずの、それも年下の女の子に。
「……いや、特には」
やはり旅の修道女かなにかなのだろうか。そうすると、背に背負ったバカでかい本は聖書か何かか。あるいは、そうでなくとも、困っている人を見捨てられない性分なのだろう。いずれにしろ、僕には想像もできない生き方をしている少女なのだろう、と思う。彼女が、僕の生き方を想像もできないように。
「その、なんていうか、ありがとう。いい旅を」
先ほどの返事だけでは愛想がなさ過ぎたかと思い、付け加えた。彼女の素性も何もかもわからないので、それがこの場にふさわしい言葉だったのかは全く分からなかったが、彼女はにっこりと笑って、
「それは、よかったです」
そしてちょこんと僕に向けて頭を下げると、悠遊と去っていった。
取り残された僕は、困惑するばかり。いったい、なんだったのだろう。
けれども、それは決して、嫌な気分ではなかった。